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研究情報 No.8 (May 1988)

巻頭言

「広葉樹林研究」の必要性とその取組み

造林研究室長 河原輝彦

広葉樹林は、一般に木材生産の立場からすれば、針葉樹林にくらべて経済性が劣るといわれているが、最近、広葉樹林が見直されてきている。その理由として、

  1. 建築構造や生活様式などの変化に伴う内装用材や家具材としての需要の増大
  2. 林地保全・水資源かん養・地力維持など環境保全機能が優れていることの再認識
  3. スギ・ヒノキなどの価格の低迷、広葉樹林地業による保育経費の軽減
  4. シイタケ原木の不足などがあげられる。

関西支場管内には、北陸地方を中心にブナやミズナラなどの純林に近い落葉広葉樹林、紀伊半島にはカシなどの常緑広葉樹林がみられ、さらに面積が広く蓄積量の多い広葉樹林として、数種から十数種の有用広葉樹が混生する天然生二次林(混生広葉樹林)と、里山や都市近郊林にみられる旧薪炭材すなわちクヌギ、コナラを主要樹種とした落葉広葉樹林がある。しかし、これらの多くの林は量・質とも低下している。そのためにこれらの林を有用あるいは健全な広葉樹林へと誘導することが強く望まれている。しかし、広葉樹林に関する研究は、針葉樹林にくらべて非常に遅れているのが現実であり、早急に広葉樹林に関する基礎的な知識を蓄積する必要がある。

関西支場では、混生広葉樹林の中のミズメを対象に構成樹種、生長特性、立地条件などを調べ、有利な広葉樹林への誘導・更新技術を確立するための基礎資料の収集、また、マツ枯損跡地あるいは薪炭材跡の放置された広葉樹林について、風致・景観を考慮したシイタケ原木林への誘導に関する研究を進めている。 一方、関西地区林業試験連絡協議会の育林・立地合同部会においても、共同研究「広葉樹林地業技術に関する研究」として、優良広葉樹林事例調査が、63年度から積極的に取り組まれているところである。また、63年度から情報活動システム化事業においても、「広葉樹林の育成技術」に関する研究が始まることになっている。

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研究紹介

マツ枯損跡地の低位生産性土壌

西田豊昭

マツ枯損跡地の再生利用が研究問題として取り上げられ、農林水産技術会議による「低位生産地帯のマツ枯損跡地におけるヒノキ人工林育成技術の確立」という特別研究が進行中である。マツ枯損跡地には生産性の低い土壌が広く分布している。この低位生産性土壌の中には各種の土壌群が認められており、黄色味あるいは赤色味の強い土壌もその一つである。林野土壌の分類(1975)で、黄色系褐色森林土あるいは赤色系褐色森林土に分類されるこれらの土壌は、近畿・中国地域の低山地帯に普通に認められるものである。それでは、これらの土壌の生産力がなぜ低いのか、土壌の化学的性質に重点をおいて考えてみたい。

母岩の風化にともなって一次的に供給される化学的成分は、林木の生長に使われ、林木が健全に生育するために必要なものである。そこでまず、黄色味あるいは赤色味の強い土壌の風化生成過程において、化学的成分がどのように動いているかをみてみよう。

図-1は母岩が風化して土壌になった場合に、化学的成分がどの程度残留しているかを示したものである。風化は表層ほど進んでいるので、残留率はA層やAB層などの最表層が最も小さい。黄味色の強い土壌では70%強、赤色味の強い土壌の方は60%弱である。つまり、これらの土壌の最表層では、母岩の化学的成分の30~40%が流亡しており、赤色味の強い土壌の方がより成分の流亡が進んでいる。また、黄色味の強い土壌に比べて、赤色味の強い土壌では成分の流亡が土層深くまで進んでいる。

つぎに、土壌の層位別に主要な無機成分の移動を検討してみたのが図-2である。黄色味あるいは赤色味の強い土壌は、カルシウム(CaO)やマグネシウム(MgO)など塩基類の流亡が極めて進んでいるという特徴を持つ。とくにカルシウムは、どの土層においても母岩の成分量の80%前後が失われている。また、赤色味の強い土壌では珪酸(SiO2)もかなり流亡している。そのために、下層では鉄(Fe2O3)やアルミニウム(Al2O3)が相対的に富化された形になっている。このように、黄色味あるいは赤色味の強い土壌は、程度の差異はあるが、その生成過程において塩基の流亡が非常に進んで化学的性質が不良化し、供給される塩基の量が少なくなっている。そのうえ、これらの土壌は重粘埴質で透水性が悪く、理学性も不良であることが多い。このため、これらの土壌の分布する地域では低位生産性林地が形成されやすい。

以上のように、黄色味あるいは赤色味の強い土壌の生産性は極めて低いので、その維持増進は林業技術の大きな課題の一つである。そのための方策として、自然植生を繁茂させることによって、長い時間をかけて土壌の化学性・理学性の改善を図る、あるいは、積極的に施肥を行って土壌の生産性を高めてやるなどのことが考えられよう。

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図-1 風化残留率の層断面分布

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図-2 主要無機成分の土層からの移動

樹木の肥大生長測定法
―傷害組織を利用して―

黒田慶子

樹木の木部肥大生長の経時的追跡は伸長生長と比べて困難である。ある時点で年輪内のどの部分が形成されていたのかを知るには、ノミや生長錐で試料を取るほか無かった。ところがその方法では、測定部に大きな傷を与えることになり、通年の追跡が難しくなる。そこで威力を発揮するのが、刺針法と呼ばれる微少な傷害組織を利用する測定法である(WoodResearch1985)。

まず、樹木における傷害組織の形成について簡単に述べる。樹幹木部に達する傷がつくと、生きた細胞を含む内樹皮から形成層、辺材にかけて細胞が壊死したり代謝異常を起こし、材内に傷害組織が残る。昆虫による傷害にピスフレックがある。傷害を受けた木部では放射柔細胞の増殖、着色物質の蓄積などがあり、師部(内樹皮)では傷害周皮の形成(細胞増殖の一種)がある。傷害部位の修復に貢献するのは主に放射柔細胞の増殖である。傷害組織はカルスとも表現されるが、大半は柔細胞起源であり、形成層の細胞が増殖するのではない。大きな傷で形成層が広範囲にわたって壊死した場合には、形成層の修復が何年も継続し、巻き込みが起こるが、これはカルス形成とは区別される。

刺針法は、傷害組織の位置と形から、傷害時に形成中であった細胞の位置を推定する方法で(図-1)、針・広葉樹どちらにも適用できる。図-2にスギの例をあげ、傷害を与えた6月4日現在の形成層の位置(図中①)と仮道管の壁肥厚開始の位置(図中②)を示した。当日①と②の間では仮道管が拡大中であったことになる。これらの位置は、刺針直後から数日単位で、定期的に試料採取を行い推定した。刺針のような微小な傷の場合は、形成層の細胞は弾力があるため破壊されにくいこと、成熟途中の木部細胞の破壊が大きく、その空隙に柔細胞が増殖して充満することが明らかになった。従って、傷害時の形成層は傷害組織の外側の端に相当するわけであるが、柔細胞が詰まっている部分(図-1、2参照)、つまり肥厚中の仮道管のあった位置を形成層と見誤りやすい。

この方法の適用は簡単で、外樹皮を少し剥いだ樹幹に柄付き針(径400μm)を十分に刺し、その後すぐに抜いて油性ペンで印をつけるだけである。秋に材片をノミで収穫し、刺針部の傷害組織の中央から木口切片を作製する。上下方向にずれないように注意を要する。応用例としては、位置を横にずらせながら定期的に刺針を行えば、年間の肥大生長量(仮道管や繊維の分裂頻度)の推移が追跡できる。また気象などの環境の変化、病虫害などの生長に対する影響を調べる目的にも適用できる。

上記のように傷害組織そのものを生長の目印にするほか、針葉樹のモミ、ツガ属、広葉樹のラワン類では、傷害樹脂道を目印にすることもできる(図-1)。傷害を受けた時に形成層から木部母細胞付近に傷害樹脂道が接線方向に連なって形成されることを利用する。

刺針法は、本来なら余計なものである傷害組織を逆に利用した例である。傷害組織の形は樹種、生長量、季節、針の太さなどにより差異があるので、正確に判定するためには予備試験が必要であるが、この方法は一度馴れると容易に応用できる。苗木の場合、太さ250μmの針灸用の針を用いることもあれば、熱帯材で樹皮の厚い場合には縫い針が細すぎるために、釘を用いた例もある。この例は極端であるが、先端が充分尖っていればやや太くてもうまくゆくようである。どの程度の精度が必要かによって、実用上の改良を行っていただきたい。

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図-1 刺針による傷害組織の形態(木口断面)から推定した傷害当時の状態

  1. 刺針時の形成層の位置
  2. 刺針時の壁肥厚開始の位置

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図-2 刺針法の適用例: スギ(木口切片)
刺針時(6月4日)には①付近に形成層があり、②の位置で仮導管の壁肥厚が開始していた。

海外派遣職員からの便り

海外派遣職員からの便り
タイ国林業の現状と日本の技術協力
―タイ造林研究技術訓練プロジェクト―

タイ国の森林は近年の著しい経済発展と人口増加に伴い急速に減少している。これは安定した木材生産の確保及び国土保全上の重大な問題であり、第4次国家経済社会発展計画(1977年)以降、大規模造林の推進が国家的緊急事項として取りあげられている。

森林の消失原因は主として焼畑移動耕作や開墾などによる森林の耕地化であるといわれ、この約25年間に全国土面積の24%にあたる1,245万haが失われ、1985年の森林面積は国土の29%、1,491万haにまで減少した。これに対して王室林野局、林業公社、民間による造林は年間約5万haであり、この程度では森林の減少を食いとめることはできず、依然として毎年数10万haが減少し続けている。1988年1月、政府は、官、民、軍一体となった年間60万haの大造林計画を公表したが、種子、苗木の生産供給の問題が未解決で、苗木生産について日本への協力要請の話が聞かれている。

大規模造林の対象地は全国にわたるが、特に東北タイに広がる中生代砂岩台地が最も広い。ここは、森林消失の著しい地域である。焼畑耕地は地力が低下すると放棄され、表土流亡、有機質の消失、土壌固結化により荒廃して低質の灌木草原や裸地となり、森林としてもはや自力では回復できない状態となる。さらにこの地方は約6ヵ月間のきびしい乾季と同季に多発する山火事のため造林は困難を極めている。

そこでタイ国政府は森林造成推進のため日本政府に対し林業技術協力と無償資金協力を要請し、1981年7月から造林プロジェクトを発足させた。第1段階の5年間はタイ東北部サケラート地区に適応した試験造林(844ha)を実行し、造林技術の開発、生態、土壌、保護の分野で研究手法の移転、研究体制の整備指導が行われた。林業機械を含む技術体系がほぼ定着し、現在はタイ国側によって造林が継続されている。

いま、プロジェクトは第2段階に入り、中央造林研究訓練センターを中心に研究の組織と機能の充実が図られ、主要4地方に地域研究センターの整備計画が進行している。中央センターには、造林、森林の生態、土壌、経営の長期専門家が、また森林保護、林木育種には随時短期専門家が派遣され研究手法移転のため活動している。

タイ国は東南アジア各国の中で林業試験場を有しない数少ない国であり、目下国立林試設立を目指して組織作り、人作りそして基礎データーの蓄積に努力を重ねている。日本に比べきびしい研究環境、自然条件下で働く研究者にご理解とご支援を切にお願いする次第である。

JICA 森林土壌専門家 吉岡二郎
(所属:関西支場育林部)

おしらせ

温室建替えされる

昭和31年と41年に建られた温室とガラス室は多くの研究に利用され、成果を生みたしてきたが、老朽化のため温度制御が困難になり、今般改築された(写真)。

できあがった温室は90m2、4室の隔離温室1棟、50m2のガラス室1棟から成る。今後、樹病、育林など多分野での利用が期待される。

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関西林試協総会の開催きまる

昭和63年度の関西地区林業試験研究機関連絡協議会の総会は兵庫県林業試験場のお世話により、6月1日(水曜日)に神戸市で開催されることになりました。

(長谷川)