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研究情報 No.34 (Nov. 1994)

巻頭言

乾燥地・半乾燥地における水環境研究のすすめ

防災研究室 服部重昭

1990年から5ヶ年計画で始まった黄土高原治山技術訓練計画(国際協力事業団)の終了年に当たる今年、森林水文分野の短期専門家として再度黄土高原を訪れる機会を得ました。そこで、黄土高原の印象から、今後の森林水文研究の一つの方向を探ってみました。

研究サイトの山西省吉県は黄土高原の南東部で、黄河流域の中流部に位置し、年降水量がおよそ500mmの半乾燥地です(写真)。500mmという数値が与えるイメージとは裏腹に、現地の風景には緑が多く混じります。道路の両側の並木が緑のトンネルを作り、黄土高原の頂部の平坦地には小麦が実ります。しかし、実際には大気も大地も乾いており、その生産性は一般に低く、水管理による生産量の増強は最優先課題といえます。また、生活用水の確保のためにも、適切な土地利用計画と合理的な水管理技術の開発が求められています。

これらの問題に取り組むためには、流域における水循環の実態を把握し、森林や土地利用がそれに及ぼす影響を定量化する必要があります。しかし、通常、河道には流水がなく、降雨時にのみ表面流が発生するため、本邦のような湿潤流域で流出量を柱に組み上げられた水文解析手法を、そのまま移転することは難しいといえます。しかも、我々が得意とする小流域ではなく、スケールアップした大流域を場とする取り組みが不可欠です。そのため、大気-植生-土壌系での相互作用を取り込んだ水循環モデルの構築と、マクロスケールでのデータ収集技術の開発が望まれます。

中国の乾燥・半乾燥地域は国土の約53%にも達し、それらの地域における緑や生産力の回復・維持は、経済のみならず環境にも大きな影響を及ぼします。それに留まらず、その効果が地球規模での環境問題にまで波及することは間違いないでしょう。1995年から開始予定の国際共同研究GAME(アジアモンスーン・エネルギー・水循環研究観測計画)においても、黄河流域が拠点の一つに選定され、集中観測が計画されています。地球上の陸地の1/3を占めるといわれる乾燥・半乾燥地域は、水環境研究のもう一つの最前線であり、もっと研究エネルギーを注ぐ必要があると思います

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黄土高原の半乾燥地

研究紹介

国産材需給の新しい動きと方向

経営研究室 野田英志

近年の国産財供給の動きで注目されるものに、スギ材供給の拡大があります。スギの素材生産量(年間)は、昭和59年の769万m3を底に、62年以降は8百万m3台に増え、平成5年には901万m3と、実に20年振りに9百万m3台に乗りました。近年のこうした増加傾向を踏まえて、ここ10年間のデータをもとに一次回帰式で今後を推計すると、平成13(2001)年に1千万m3の大台に乗る計算になります。ところでこのスギ材生産を地域別に見るとどうでしょうか。表-1によると、まず九州と東北が2大生産地となっていることがわかります。また昭和60年からの生産量の伸びに注目すると、生産が「増えている地方」と「停滞している地方」に分かれてきたことが認められます。前者は、九州・四国や東北地方です。これらの地方は戦後にスギの拡大造林が急速に広まった地帯で、そうした戦後造林木の生産が実際に拡大してきたわけです。並材や若木が多いものの、資源基盤の大きな新興林業地帯を形成しつつあるといえます。一方、後者のうち、減少傾向にあるのは東海・近畿地方です。この地方は先進林業地を多く抱え、優良材生産技術をもち、長い間わが国の林業をリードしてきた地帯ですが、スギ材生産は低迷を続けています(ヒノキも同様)。こうした地域間の違いをもたらす1つの背景として、実は最近の木材需要構造の変化があると考えられます。そこで川下(住宅建築)の動きに目を転じてみましよう。

近年、大工が高齢化し減少する中で、従来のプレハブやツーバイフォー住宅に限らず、木造在来工法住宅の分野においても、大手・中堅ハウスメーカーの著しい台頭が見られます。技術的側面からこうしたハウスメーカーの進出を促している要因を探ると、その1つに、住宅を構成する部材の複雑な継手・仕口加工等を、旧来の大工の手加工によらず、プレカット工場において、コンピュータ制御による機械加工で行う生産(量産)システムが急速に広まっていることがあります。その結果、そこで使用される木材の質や流通の仕組みが変わりつつあります。例えば、高い規格精度や狂いの少ない安定した品質が強く求められるようになり、流通についても、従来の国産材の多段階の流通(製材工場→製品市場/木材問屋→材木小売店→大工・工務店→施工現場)から、「製材工場→プレカット工場→住宅施工現場」といった短絡化された流れ(物流)に変わりつつあります。

ところで、近年の住宅建築のもう1つの変化として、住宅の洋風化があります。それは木造在来工法住宅でも同様です。この点は国産財需給を見る上で、重要なポイントとなります。というのも洋風化は、要するに和室の減少であり、和室を構成する各種の化粧材(無節柱・鴨居・長押等々)需要の低迷となって、先進林業地等での優良材生産指向の林業や、それに連なる林産業へ影響を及ぼしていると考えられるからです。したがって長伐期化への再チェックも必要でしょう。ただし洋風化といっても、国産財需要の場がなくなるわけではありません。住宅の見え隠れ部材(例えば壁の後ろに隠れる柱)として、スギなどの並材の需要があるからです。実際に、先に見たプレカットによる住宅部材の量産システムには、品質の揃った並材の安定的調達システムが不可欠です。そして近年、一部の国産材製材工場では工場規模を拡大し、均質な国産並材の量産体制を整えて、こうしたプレカット用材需要に積極的に対応する動きがでてきました。その多くが、並材資源の豊富な九州・四国や東北などの新興林業地に見られるのです。

先に見たスギ材生産の地域差には、こうした川下における住宅様式の変化や住宅生産システムの変化も1つの背景要因として働いていると見られるのです。今後の国産材需給を見る際には、近年の住宅建築の変化が木材需要の質と量にどのような変化を与え、国産財供給体制にどう影響していくのか、といった点に注意を払う必要があり、この面での実証的研究の積み上げを行っていく予定です。

表-1. 地方別にみたスギ素材生産量の推移 (単位: 千m3)
  S.35 S.60 H.2 H.5 S.60 → H.5
1980 1985 1990 1993 伸び率 増減量
全国 13,797 7,812 8,594 9,006 115.3% 1,194
北海道 40 24 38 46 191.7% 22
東北 3,051 2,182 2,353 2,345 107.5% 163
北陸 969 365 350 376 103.0% 11
関東・東山 1,662 797 823 830 102.9% 23
東海 1,822 824 810 778 94.4% -46
近畿 1,721 631 389 592 93.8% -39
中国 913 384 408 404 105.2% 20
四国 1,109 613 746 817 133.3% 204
九州 2,429 1.992 2,477 2,828 142.0% 836

: S.35の全国には生産県不明を含む
資料: 「木材需給報告書」、H.5年は速報

哺乳動物の排卵様式について

鳥獣研究室 北原英治

繁殖が動物(生物)にとって最も重要なことは言うまでもありませんが、この繁殖と言う行為には様々な出来事が含まれています。その中でも、受精は有性生殖を営む生物にとっては最も重要な現象と言えます。この受精を確実に、かつ効果的に行うために、動物は様々な交配システムを適応させて来ました。哺乳動物におけるタイプの異なった発情や排卵もそれにあたります。

哺乳動物における排卵には、ホルモンの働きによって一定間隔で卵が排出される自発排卵と、交尾などの外部からの物理的刺激によってホルモンが賦活され、その結果排卵が誘発される誘発排卵があります。この2つのタイプの排卵様式は排卵後の黄体機能の発現状況によってさらに細かく区分される場合があります。しかし、排卵様式は基本的には2つに区分され、それぞれに関連して発情期間も決定されるのです。自発排卵では排卵時期近くの交尾のみが受精可能であるのに対して、誘発排卵では発情中の交尾はいつでも授精可能となります。この点で、誘発排卵はより効果的であると言えます。齧歯類では急激な個体数変動を示すハタネズミ亜科のネズミが誘発排卵動物として一般に知られています。また、同様に激しい個体数変動を示すウサギ類でも誘発排卵が知られています。これらの動物において誘発排卵は低密度になった時に繁殖効率を高め、すばやく個体群を回復させる手段と考えられます。農林業被害に深く関わる急激な個体数の増大も、受精を確実にするために適応したかれらの繁殖戦略の結果だとも言えます。さらに言えば、身体が小さく比較的寿命が短い、多産なr選択を受けている動物で誘発排卵は有利に働いています。しかし、同じく小型で多産なr選択者であるネズミ亜科のマウスやラットは自発排卵を行っており、排卵に対する適応には複雑な要因が関与していることも考えられます。一方、寿命が長い大型の有蹄類であるシカやカモシカは一般に自発排卵を行っていますが、雄はより確実に自身の子孫を残すべくそれぞれ種特有の配偶行動をとります。雄ジカにより形成される季節的な繁殖集団やより厳しく守られるカモシカのナワバリ形成がそれにあたります。哺乳動物における個体群の変動機構解明には、かれらの社会性や諸行動などの解析とともに、それらの要因ともなっている繁殖生理学的側面にも目を向ける必要があります。

下に掲げた図-1はヤチネズミにおいて交尾刺激により誘発排卵され、卵管で見つかった受精卵を示します。受精卵はそれぞれ第2極体(sp)、前核(Pn)および卵割に伴う紡錘糸(Sd)を持って卵管膨大部(1a~c; 交尾後15時間経過)で観察され、さらに2球期の受精卵(2; 交尾後20時間経過)が卵管峡部で見られます。なお、本ヤチネズミでの排卵は交尾後10時間から15時間の間に起こることが明らかになっています。

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図. ヤチネズミにおける卵分割から2球期までの受精卵

連載

ドングリを食べる虫達(2)
ゾウムシ類

昆虫研究室 上田明良

ゾウムシ科でドングリを加害するもののひとつはシギゾウムシ類で、著しく長い口吻(こうふん)を持つグループです。アラカシとシラカシともにクリシギゾウムシの加害が多くみられました。この虫はナラ・カシ類のドングリだけでなく、その名のとおりクリを加害する大害虫です。成虫は成熟間近のドングリの殻斗上端と果皮の境目から口吻を少し角度を変えつつ数回さし込みます。そのため被害痕は手のひら形になり、各指先に産卵します(写真-1)。幼虫は頭部がだいたい色で、子葉を食べ尽くしたのち(写真-2)、秋から春にかけてドングリに大きな穴を開けて脱出し、土中にもぐります。その後約3分の1の幼虫が蛹になり、9月から10月にかけて羽化しますが、残りは幼虫のまま土中で2回目の冬を越し、翌年秋に羽化します。またごく一部の幼虫は3回目の土中越冬をします。他に、クロシギゾウムシ、クヌギシギゾウムシ、コナラシギゾウムシ、シイシギゾウムシがドングリの加害者として知られています。

もうひとつのアカコブコブゾウムシは未熟なアラカシのドングリに多くみられました。他にシイとコナラで知られています。頭部が赤紫色のこの幼虫が入っているドングリには必ず殻斗柄付近に大きな穴が開いています。幼虫は土中やドングリ内で越冬し、6月に蛹化、7月に羽化します。

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写真-1 クリシギゾウムシの産卵痕
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写真-2 クリシギゾウムシの幼虫とその被害痕

おしらせ

IUFRO研究集会「森林昆虫の行動・個体群動態および防除」

2月6日から11日にかけて、IUFROの2つの研究グループ(S2.07-05およびS2.07-06)による合同研究集会が、ハワイ・マウイ島で開催されました。この集会の参加者は欧米・日本を中心に約70名と、こぢんまりとしたものでした。しかし全員がキクイムシ類など森林昆虫の研究者で、開催地がハワイということもあって家族連れの参加者も多く、大変和やかな雰囲気の中で会議が行われました。

筆者は「スギカミキリ寄生バチの丸太接種幼虫に対する寄生率」という題でポスターセッションを行いました。初日にセッティングのため会場を訪れたところ、縦長だと思いこんでいたポスター板が実は横長で、貼るのに苦労しました。しかも非常に堅い板が使われていたためピンが容易に刺さらず、中には画鋲を金づちで打ち込んでいる人も見られるほどでした。不慣れな英語には苦しみましたが、何とか発表を終えることができました。

比較的短い日程の中でもルアウ(ハワイ式の屋外での宴会)やハレアカラ山(標高3,000m)へのフィールド・トリップなどもあり、十分に楽しむことができました。

(浦野忠久)

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会場のマウイ・インターコンチネンタル