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研究情報 No.37 (Aug. 1995)

巻頭言

樹病研究から森林病理研究へ

樹病研究室 池田 武文

関西支所に赴任して約3カ月が経過しました。いろいろと不慣れなところ、諸先輩方のご指導により、徐々に支所における研究の方向が見えつつあるところです。そこで、これから、研究に着手するにあたり、その姿勢をやや抽象的ではありますが示したいと思います。

樹病研究、当然のことながらこの文字から多くの方は、樹木に発生する病気の研究をメイージされるでしょう。もちろん、一本一本の樹木の葉や枝、幹、根の病気が、どのような病原によって、どのようなメカニズムでおこるのかを研究することが樹病研究の大きな柱です。しかし、森林を研究対象とする我々にとっての究極の目的は、森林をいかに健全に保つかということに尽きるのではないでしょうか。この関西地域には、スギやヒノキの人工林、常緑あるいは落葉の天然生広葉樹林、そして都市近郊林があります。それぞれが重要な研究対象なのですが、これらの森林は様々な要因によって病むことがあります。その要因としては、環境条件、たとえば数年に一度襲ってくる異常な気象条件、土壌条件、林内環境等の非生物要因や、病気、昆虫、鳥獣等の生物要因、さらに、人間活動によってもたらされる各種のマイナス要因があげられます。これらの要因が、森林にストレスを与えているのです。このような、様々な要因によって森林が陥っている病理的状態を科学的に評価し、健全な方向に導く手だてを探ることが樹病研究の果たすべき役割なのです。そこで、このような研究のあり様をふまえて森林病理研究と称してはどうでしょう。

樹木が病気になるとき、病気の主因となる病原だけで病気になってしまうことは少なく、多くの場合、病原性の強さ、環境条件、病気に対する樹木(宿主)の抵抗性や生理的な状態、という三者関係から、発病するかしないかが決まると考えられています。しかし、これまでの研究の主流は病原に関するもので、病気の誘因となる環境条件や樹木の異常な生理現象についての研究は、いまだ十分に行われているとは言えません。一方、同じ植物の病気を研究する植物病理学の分野では、分子生物学的アプローチによって病気の発生機構や抵抗性機構が明らかにされ、新たな防除法が開発されるとともに、基礎的な生物科学の場面でも重要な役割をはたしています。だからといって、直ちに、我々の森林病理研究を、植物病理学の分野で行われているような方向に全面転換しなければいけないということではありません。森林という非常に複雑な生態系の中でくりひろげられる問題を前にして、我々の力はあまりにも微力かもしれません。しかし、植物病理学で展開さている最新の情報を取り入れながらも、上述した三者の関係、特に環境条件と樹木の生理状態を定量的に把握することで森林の病理的状態を科学的に見きわめ、対処することが肝要であると考えます。

研究紹介

落葉広葉樹林における「蒸発効率」の特性

防災研究室 玉井 幸治

俗に「洗濯日和」という言葉があります。「洗濯物がよく乾くような天気のこと」を言うわけですが、どのような天気だと洗濯物の乾きが早いのでしょうか?。雲がなく、太陽がよく照っているとき。風の強いとき。空気が乾燥していて、湿度が低いときでしょう。それは洗濯物から蒸発する水の量が、「空気と、洗濯物の表面における空気とに含まれる水蒸気量の差」と「風速」に比例するからです。太陽がよく照っていると洗濯物の温度が上がり、洗濯物の表面における空気に含まれる水蒸気量が増加します。すると「水蒸気量の差」が大きくなるので、蒸発量が増えて洗濯物が早く乾くのです。したがって洗濯物からの蒸発量は、水蒸気量の差と風速から計算することができます。

洗濯物が乾いてくると、洗濯物に含まれる水分が少なくなってきます。すると蒸発量も減少してきて、計算結果と合わなくなってきます。そこで水蒸気量の差と風速に「蒸発効率」という係数を掛けることによって、洗濯物が乾いた場合にも蒸発量が計算できるようにします。蒸発効率は、0~1の範囲で変化する係数です。洗濯物がまだ濡れている場合には、蒸発効率は1です。洗濯物が完全に乾いた場合には、蒸発効率は0です。蒸発量も0と計算されます。

森林などの植物群落から空気中へ水が蒸発する量も同じように計算することができます。但し森林と洗濯物とでは、蒸発効率の変化の様子が異なります。洗濯物の場合、洗濯物の湿り具合に応じて蒸発効率は変化します。それに対して森林の場合には、樹木の葉の気孔の開閉の具合などに応じて変化します。気孔とは、植物の葉や茎にあるフタ付きの孔のことです。水蒸気はこの気孔を通じて、植物の体から空気中へと蒸発します。(このことを蒸散といいます。)つまり気孔が大きく開いている時には、蒸発効率は大きくなります。狭くしか開いていないときには、蒸発効率は小さくなります。

いろいろな植物群落における蒸発効率の一例を、近藤(1994)の編集した文献から引用してみます。一年間の平均的な値ですが、水分補給が充分な水田では0.5~0.8。比較的乾燥する牧草地では0.2~0.4と、蒸発効率は小さくなります。常緑・落葉混交林については、夏は0.26、冬は0.1と牧草地よりもさらに小さな値が推定されています。つまり森林は、同じ気象条件下にある牧草地に比べて蒸発・蒸散量が少ないことが推測されます。

この場合、単に蒸発・蒸散量を比較しただけでは、気象条件の違いによる影響と植物群落の種類の違いによる影響を区別できません。そのためさまざまな植物群落における蒸発・蒸散量の特性の違いを明確に示すことは困難でした。しかし蒸発効率を比較することにより、気象条件の影響を取り除くことができるものと思われます。森林についてもより細かく、いろいろな林況・樹種の森林について蒸発効率を調べることにより、林況・樹種などの違いによる蒸散特性の多様性が明らかになると期待されます。しかし森林における蒸発効率の値を調べた例は、まだ数例しかありません。そこで、関西地域に広く分布する落葉広葉樹二次林における蒸発効率を推定しましたので、紹介します。

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図. 蒸発効率の変化

対象としたのは、京都営林署管内北谷国有林内に設置された山城森林水文試験地北谷流域の森林です。主要樹種はコナラ、ネジキなどの落葉樹ですが、ソヨゴなどの常緑樹も混在しています。土層は砂質で薄く、比較的乾燥した条件下で生成される土壌が分布しています。このことから、北谷流域の土壌は、乾燥傾向にあると推測されます。推定した期間は1992年3~8月です。蒸発効率の推定結果をに示します。日によって大きくなったり小さくなったりしますが、全体的な傾向として、落葉期である3~5月には値が小さく、着葉期である6~8月には値が大きい傾向にあります。つまり、蒸発効率は葉量ないしは気孔の数の影響も受けていると考えられます。蒸発効率の平均値は、落葉期では0.06、着葉期では0.14と、先に引用した近藤(1994)による常緑・落葉混交林における推定値よりも小さくなりました。その原因には、「土壌が比較的乾燥傾向にあり、気孔が閉じ気味であると推測されること」、「森林が貧弱で、一般の森林に比べて葉量が少ないと思われること」などが考えられます。

(注) 蒸発効率については、「水環境の気象学」(近藤純生著,朝倉書店, 1994年) を参照してください。

質的収穫予測に向けて

経営研究室 細田 和男

さまざまな立地条件・樹品種・保育形式のもとで、一定の期間にどれだけの木材が得られるか?森林の収穫予測は林業経営研究の永遠のテーマです。最近は、森林の環境形成機能やレクリエーション利用など、木材供給以外の機能への期待がより高まってきていますが、これら諸機能のゾーニングを適正に行うためにも、より正確な収穫予測技術が要求されているといえます。

森林生態学上の知見を援用したり、または林分・単木の成長を記述するのに都合のよい数式を工夫するなどして、これまで地位別に、上層間伐を含むいろいろな間伐方式をとった場合の予測手法が開発されてきました。さらに近年は、たんにヘクタールあたりの材積合計を予測するだけにとどまらず、直径分布や単木の幹曲線の推定を組み合わせることにより、径級別・材長別の本数を予測する方法も考案されています。これらは「システム収穫表」と呼ばれるコンピュータ上のソフトウエア群として整理され、将来実用に供されることが期待できると思います。加えてここでもし、材種別の市場価格を与えることができれば、主間伐時の収入を予測したり、あるいは造林利回りを計算して、投資に値する林地かどうかをあらかじめ評価することが可能です。

ところでご存じのように、丸太の取引の際に価格に影響をおよぼすのは径級・材長だけではありません。各地の原木市場を調査した例をみると、スギ・ヒノキ丸太の市売り価格を左右する要因として、径級と材長のほか、無節性・年輪幅の均一性・通直性・心材色など丸太の形質も重要であるようです。したがって、これら丸太の形質を含めて収穫予測ができればなお合理的なのですが、枝打ちとの関連が明らかな無節性はともかく、通直性・心材色などと立地・品種・保育形式との関係は、まだ不明な点も残されているようです。

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図. 篠谷山スギ収穫試験地における平均樹高と平均直径の推移
61年生までは66年生時点の現存立木のみについて計算

そのうちの1つ、通直性についての調査例を紹介します。なお、ここでは斜面の傾斜や積雪による根元曲りではなく、幹の上部の通直性に着目しています。さて、当研究室では、北陸・近畿・中国地方に現在14ヶ所の収穫試験地を設定し、長いものでは60年間にわたって成長量の継続調査を行ってきています。残念ながら、上に挙げたような形質にかかわる調査項目は過去ほとんど取りあげてきませんでしたが、昨年、鳥取県江府町にある篠谷山スギ人工林収穫試験地で、元玉3m直材の採材が可能であるかを基準にして材質区分を行ってみました。その結果、66年生の現存立木のうち13%は、元玉3m直材の採材が不可能であると判定されました。また、66年生時点で通直でない立木は、通直な立木に比べて、樹高・直径ともにやや成長が遅れており、それは31年生以降一貫した傾向であること、形状比が大きく繊弱な幹形であることがうかがえました(を参照)。一事例にすぎませんが、幹の通直性は単木の成長量とも関係していることだけは指摘できそうです。

スギやヒノキの幹の通直性についてはこれまでにも、いくつか研究された例があり、それらにおいては品種・地位・植栽密度などの影響が指摘されていますが、事例により異なることもあり、もう少し整理が必要です。どのような環境条件において通直性の低い立木が発生し易いか?初期保育や密度管理経路との関係はどうか?同一林分内で通直な個体とそうでない個体が分かたれる原因は何か?直径成長に伴って通直性は回復するのか?形質を考慮した収穫予測を将来可能にするため、このような観点から今後もっと多くのデータを収集し、検討していこうと考えています。

連載

土の中の万華鏡(1)
一次鉱物の七色変化

土壌研究室 鳥居 厚志

世間では、“土=汚いもの”というイメージが強いようです。「泥をぬる」「土がつく」など、あまり美しいイメージでは引用されないのですが、単純に汚いばかりではありません。土は、いろんな構成要素から成り立っていて、ミクロの世界を覗いてみると、実に様々な“顔”を見せてくれます。

まず紹介するのは一次鉱物、別名「造岩鉱物」です。土はもともと岩石や、河川の堆積物、火山の噴出物などに、植物遺体である腐植が混ざってできるのですが、でき上がった土には、もとの岩石や堆積物の性質が受け継がれています。逆に、土の中の鉱物を調べると、もとの岩石の種類や、土ができた環境を明らかにすることができます。

土に含まれる「砂粒」を偏光顕微鏡で拡大して観ると、カラフルな鉱物像を楽しむことができます。ここではカラー写真で紹介できないのが残念ですが、いろんな“顔”をご覧ください。

(注 … WWW化にあたり、写真はカラーにしました)

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(写真) ひとくちに“砂粒”といっても、いろんな顔がある…
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(写真) 約6,000年前の火山活動の名残りの火山ガラス
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(写真) 土の中にこんな立方体の金属結晶が…
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(写真) 宝石としても知られるジルコン

 

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(写真) 火山灰によく含まれる斜方輝石
 

おしらせ

関西林試協第48回総会ひらかれる

さる5月31日と6月1日の両日、関西地区林業試験研究機関連絡協議会の第48回総会が高知県のお世話により高知市において開催されました。北陸の一部・近畿・中国・四国の各機関から場所長および関係者が出席し、関西支所からは支所長と連絡調整室長が出席しました。

会議では、最近の研究情勢や全国林試協の動向などが報告された後、協議に移りました。育林部会と育苗部会とを、また森林環境部会と樹木保全部会とを統合する案件などが協議され、いずれも承認されました。

10月よりWWWで情報提供

新聞紙上などでもインターネットが話題となることの多い昨今です。関西支所でも、インターネットのWWW(World Wide Web)による情報提供をおこなうべく試験運用を現在おこなっており、10月をめどに一般公開される予定になっています。

URLは、"http://ss.fsm.affrc.go.jp/"です。公開後には多数のアクセスをお待ちいたします。

<訂正とおわび>

前号4ページの写真-1が上下が逆になっていました。おわびして訂正します。

(注 … HTML化にあたり、訂正済みです)