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研究情報No.45 (Aug. 1997)

巻頭言

緊急事態と共同研究

関西支所長 高田長武

阪神淡路大震災から早くも2年半経過しました。旧聞になりますが当該地震の概要は、発生日時;平成7年1月17日午前5時46分、震源;淡路島北部、深さ14km、マグニチュード; 7.2でした。人口350万人余が居住するこの都市直下型地震は、比較的地下の浅い部分で発生し、断層が横にズレたことにより起こったもので、振幅は最大18cmと強い揺れを観測しました。平成7年9月まで余震が断続的に発生しましたが、その後大きな余震は発生していません。公表された主な被害は、災害救助法指定市町村数;10市10町、死者;6,280人、負傷者;34,900人、全壊家屋;99,996棟、半壊家屋;100,166棟でした

当該地域を管内としている関西支所としては、これまでの研究蓄積と研究資源を活用し、地域社会に早急に成果を還元できる調査・研究を行うよう活動を開始しました。とはいえ、発生時期の関係もあり、また支所単独で緊急に大規模な調査研究を展開するだけの予算とスタッフも持ち合わせていないことから、結果的には本所、地方自治体、他省庁の試験研究機関などとの緊急共同研究が主体となりました

成果の事例を2、3紹介しますと、全・半壊家屋の大部分が木造建物であったことから、伝統的軸組構法、現代軸組構法(在来構法)、枠組壁構法、工業化木質系建物、大断面構造用集成材による大規模集成材建物別に、2階建てと3階建て別に被害状況を把握し、今後の耐震性能向上のための基礎的な知見を得ました。そのほか調査にもとづき、耐力壁、筋交い、間口の開口率の重要性を指摘しました

埋め立て地の臨海部(人工島)においては、地盤の液状化により海水を含んだ土砂や地下水の噴出・堆積、地盤の亀裂などにより緑地帯自体も大きな被害を受けました。噴出し、堆積した土砂は多量の塩分を含んでいましたが、累積降水量の増加とともに希釈・流出されていくこと、水分ストレスなどの被害を少なく押さえるためには耐塩性、耐乾燥性に比較的強い樹種を中心に、葉の展開時期、休眠時期など生物季節が様々に異なる多様な樹種を取り入れるとともに、樹体の大きい高木、亜高木の樹種も多く植栽することが有効であり、換言すれば当該緑地こそ生物多様性に配慮する必要があること、また地盤工学的見地からは、液状化現象に対し樹林地・樹木への影響をできるだけ少なくする工法についての検討と提案も行うことができました。

さらに、六甲山系における山地崩壊、地滑り、落石発生地とそれらの発生危険地の分布特性を地形的に解明するとともに、土砂崩壊発生メカニズムについても調査研究を行いました。これらの調査研究のほとんどは、平成8年度末までに成果としてとりまとめ、「受け渡し」を終了しました。試験研究機関の技術・知見が関係行政部局や民間企業、一般住民に寄与した格好の機会でもあり、また、いわゆる異業種との研究交流も行われたことから、支所の活性化に些かでも役立ったものと自負しています。しかしながら、これらは被災地を緊急に調査して得られたデータを基にした調査結果であり、まだまだ不明な点もあります。したがって今後、更なる試験研究を進め、必要なデータの蓄積と分析を行っていく必要があると考えています。

研究紹介

街路樹の衰退とその水分生理

樹病研究室 池田武文

市街地の道路沿いの緑化には様々な樹木が用いられていますが、南日本ではその樹形の美しさから、ホルトノキが多く植栽されています。このホルトノキが近頃、衰弱さらには枯死するとの報告が多く寄せられています。それらの多くは植栽後10年を経過して、街路樹としてちょうど良い樹形になっている木であるため、事態は深刻です。そこで、このような現象がどうしておこるのか明らかにするため、木の生理状態を調べてみました。生理状態といっても様々な要因があります。このホルトノキの場合は、全身的な萎凋症状を示すことから、木の水分生理状態とガス交換作用を調べました。

1.衰弱・枯死の経過

ホルトノキの外観的な観察の結果、衰弱・枯死の経過は、葉の状態と幹の形態から判断して、大きく二つのタイプに分かれることがわかりました。タイプ1は1年以内に葉がしおれて枯死し、幹の表面は滑らかなままで樹皮が裂ける(写真-b)タイプ。タイプ2は1年以上の年月にわたって徐々に衰弱して行くタイプで、葉の色が退色して葉量が徐々に少なくなって枯死します。通常、ホルトノキの幹の表面は平滑(写真-a)ですが、タイプ2では幹の表面の皮目が盛り上がるように発達して粗面となり、徐々に樹皮が裂けて木部から離れた状態になります(写真-c)。皮目は樹体内外のガス交換(二酸化炭素や水)が行える組織です。徐々に衰弱していくタイプの被害木では、ゆるやかに生じる水不足を感知することで皮目組織を幹の外側に盛り上げて、皮目を通しての蒸発を少しでも抑制しようとしたのであろうと考えられます。タイプ1の被害木では水不足の進展が急激だったため、皮目の肥大化反応が十分でなかったと思われます。

写真ホルトノキの樹皮の形態

2.被害木の生理状態

健全木と被害木について環境ストレスがもっとも厳しくなる7月下旬から9月上旬にかけて、葉の蒸散速度や光合成速度、気孔が開いている程度を表わす気孔拡散伝導度を測定すると、被害木の値は健全木に比べて低く、かなり衰弱が進んでいることがわかりました。つまり、被害木の葉は気孔を十分には開かないようにして、葉からの蒸散を抑制していることがわかりました。しかし、被害木の葉の水ポテンシャル(葉の水不足の程度を表わす)は、健全木とあまり差がありません。つまりこれは、気孔を閉じ気味にしても葉からの蒸散による水の損失を補うだけの十分な水が根から供給されていないことを示しています。

さらに、ホルトノキを衰弱・枯死させるような病虫害の可能性も検討しましたが、地上部・地下部ともに顕著な病虫害の被害は観察されませんでした。

以上より、このホルトノキ街路樹の場合、地下部の根の量と地上部の葉量のアンバランスや夏期の乾燥によって被害木は強い水ストレスにおちいったために、衰弱・枯死をおこしたものと考えられます。さらに、ゆるやかに衰弱が進む場合には、皮目の肥大化がおこりますが、この現象はホルトノキが水不足に陥っていることの目安となります。このような木に適切な灌水を施すことは、枯損回避の一つの手だてとなるでしょう。

摂餌嗜好性と運搬・貯蔵嗜好性
― 野ネズミによるドングリの利用 ―

鳥獣研究室 島田卓哉

秋に森へ行けば、林床に様々なドングリが落ちているのを目にすることができます。京都近郊の山々では、コナラ、クヌギ、アラカシ、マテバシイ、コジイなどのドングリを見つけることができるでしょう。今ではあまりドングリを食べることはしませんが、戦中・戦後の食糧難のときには、ドングリで飢えをしのいだこともあったそうです。マテバシイ、コジイ、スダジイなどのドングリはあく抜きをせずに食べることが可能ですが、コナラ、クヌギ、アラカシなどのドングリはあく抜きをしないと渋くて食べられた物ではありません。ドングリの「あく」の主成分はタンニンです。タンニンは、渋みを呈し、食物中のタンパク質と結合してタンパク質の消化を妨げる機能を持っています。

人間と同じように、野ネズミにも好みがあります。食物の好みを一般的には「嗜好性」といいます。シカがどの草を好んで食すかを表現するには、「嗜好性」という概念があれば十分でしょう。しかし、野ネズミのドングリに対する利用を適切に表現するためには、「嗜好性」という概念だけでは不十分であると私は考えています。なぜなら、野ネズミがドングリを利用するという行動は、次の3つの過程に分解されるためです

  • その1:ドングリを発見したとき、それを利用するかしないかを決定する。
  • その2:利用する場合、その場で利用(摂餌)するか、運搬して利用するかを決定する。
  • その3:運搬した場合、摂餌するか、貯蔵するかを決定する。

このように最大で3つの意思決定が関わってきます。例えば、コナラのドングリがその場で摂餌されクヌギのドングリが運搬され貯蔵された場合、どちらも利用されているわけですから、コナラの方が「嗜好性」が高いとは言えないでしょう。この場合、コナラは摂餌に関する嗜好性(以下、摂餌嗜好性)が高く、クヌギは運搬または貯蔵に関する嗜好性(以下、運搬・貯蔵嗜好性)が高いと表現するのが適当であろうと思います。そして、複数種のドングリが存在するときには、それぞれの摂餌嗜好性と運搬・貯蔵嗜好性とに応じてドングリの利用のされ方が異なってくるものと予想されます。

このことをコナラとコジイ、アカネズミとヒメネズミを材料として確かめました。本州中部ではこの2種はしばしば同所的に存在します。これらのドングリが同時に存在するとき、野ネズミはどのようにドングリを利用しているのでしょうか。

ヒメネズミは、コナラしか存在しなければコナラを利用します。しかし、同時にコジイが存在すると、まったくコナラのドングリを利用しなくなってしまいます。一方、アカネズミの場合は、運搬・貯蔵されるドングリはコナラが多く、その場で摂餌されるドングリにはコジイが多いということが明らかになりました。つまり、アカネズミの場合、摂餌嗜好性はコジイが高いのですが、運搬・貯蔵嗜好性はコナラが高いのです。いずれにおいてもコジイの摂餌嗜好性が高かったのは、コジイのタンニン含有量が低いためであると思われます。運搬・貯蔵嗜好性が2種で異なっていた理由として、ネズミの体重の影響があるのではないかと考えています。ヒメネズミは体重12~15グラム程ですが、アカネズミはその約3倍の体重があります。一方、ドングリの重さは、100粒平均でコジイが0.4グラム、コナラが1.9グラムでした。運搬は移動のためのエネルギ-支出や捕食の危険といったコストを伴いますので、大型のアカネズミにとっては小さなコジイのドングリを1粒づつ運ぶのはわりにあわないことなのかも知れません。おいしいものが常に好まれるとは限らないということです。

また、この結果は野ネズミがドングリの運命にどのような影響を与え、種子散布にどの程度寄与するかについても情報を与えてくれます。コナラとコジイが同時に存在する環境下では、アカネズミによってコジイが散布される機会は限られており、逆にヒメネズミによってコナラが散布される可能性もほとんどないということが予測されます。


写真-1アカネズミ

写真-2アカネズミによって貯蔵されたコナラのドングリ(落葉を取り除いて撮影)

連載

風景の仕掛け(4)
雪月花― 折々のイベント ―

風致林管理研究室 奥 敬一

往時、嵐山の対岸には三軒屋と呼ばれる宿々があり、雪、月、花と、季節の風物を象徴する名が各々に与えられていました。嵐山の楽しみは春と秋だけではありません。一年を通して魅力を発揮する仕掛けがあることは、観光業の稼働率を上げるための条件でもあります。

春毎に思ひやられし三吉野の

花は今日こそ宿に咲きけれ

嵐山は吉野の地の写し、縮景です。ヤマザクラは吉野から移植されて嵐山の代名詞となりました。吉野に上・中・下の千本があるように嵐山にも千本桜があります。正しい花見の場所はこの千本桜を正面に見据えられるかつての亀山離宮、現亀山公園一帯なのです。

大井川かゞりさしゆく鵜飼船

いく瀬に夏の夜を明かすらむ

夏は夕刻から船を出して月見をするのもまた一興。船を使う行事が思いのほか多いのも嵐山の環境の特徴をよく現していると言えます。次の句もそうした舟遊びで読まれた銘歌の一つ。

朝まだき嵐の山の寒ければ

散る紅葉ばを着ぬ人ぞなき

十一月の後半から十二月初頭にかけては、その景観もクライマックスを見せます。斜面の大部は北向きのため、昼過ぎには翳ってしまいますが、早朝の暁光を浴びた嵐山は大堰川に倒景を伴い、美しいの一言です。斜面の多くが北面であり、東向きの斜面がわずかにあるにすぎない嵐山が鑑賞の対象として選ばれた理由には、光の陰翳を、そして雪を、より積極的に楽しむ意図も込められていたのではなかったでしょうか。

花をのみ待つらむ人に山里の

雪間の草の春を見せばや

そして、再び新しい季節がめぐってきます。この連載も、そろそろ次にゆずらなければならない季節となったようです。


吉野下千本

大堰川の春に遊ぶ

おしらせ

関西林試協第50回総会開催される

さる6月19・20日に関西地区林業試験研究機関連絡協議会の総会が大阪府のお世話により貝塚市にて開かれました。関西支所からは支所長と連絡調整室長が出席しました

会議では、最近の研究情勢や全国林試協の活動状況などが報告された後、協議に移り、各専門部会の活動経過と今後の計画についての報告などが行われ、いずれも承認されました。また役員の改選について、育林部会長を奈良県に、経営部会長を京都府に、木材部会長を島根県にそれぞれお願いすることになり、いずれも承認されました

<訂正とおわび>

前々号(No.43)におきまして、以下の誤りがありました。お詫びして訂正いたします。

4ページ上段「風景の仕掛け(2)」表題: 八景と十景 → 八景と十境

(注…web化にあたり、訂正済みです)