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研究情報 No.47 (Feb. 1998)

巻頭言

支所創立50周年を顧みて
― 試験研究の変遷 ―

関西支所長 高田長武

森林総合研究所関西支所(林業試験場関西支場)は平成9年度をもって創立50周年の節目を迎えました。これを記念して平成9年10月、「地球温暖化と森林」をテーマとしたシンポジウムの開催、記念式典の挙行、構内の一般公開、及び同年12月に記念誌を刊行しました。そこで記念誌に整理された資料により、関西支所における試験研究の変遷を再掲して以下に総括しました。

昭和20・30年代は衣・食・住・外貨が不足し、頼れる国内資源は少なく、森林資源は重要視されました。時代の要請に加えて地域の背景もあり、支場独自の課題として低位生産林地の改善や地力維持・増進、外国産樹種による短期育成試験、ミツマタ、クリ、ヤマモモ等の特用樹やマメ科等の根粒樹木の育種と繁殖技術、瀬戸内沿岸地帯に多いハゲ山の早期緑化技術の確立などに鋭意取り組みました。

昭和40年代に入ると戦後の影も払拭され、当面緊急に解決を必要とする主な試験研究問題と今後5年間に期待する目標達成の見通し・進度を明かにした「試験研究の段階目標」が制定されました。この時期日本各地で「松くい虫被害」が激増したため、当支場でも昆虫・樹病・造林・土壌の4研究室が共同研究に参画し、松枯れの原因の究明とそれに基づく防除技術の開発に取り組みました。

昭和50年代以降になると高度経済成長の歪みが森林・林業にも波及することとなり、森林の持つ環境保全機能の解明を盛り込んだ「試験研究の推進目標」が策定され、基礎的研究へのシフトが打ち出されました。また地域林業に関しては、「地域研究問題」という項目が初めて設けられ、当支場については(1)都市近郊林の環境保全的機能の増進、(2)高価値材生産技術の確立、の2つの目標が掲げられました。しかし毎年度の試験研究成果のとりまとめは現在のような本所専門部や支所の組織ごとに行われず、試験場全体をまとめた形で研究の進捗度を把握する形で行われていました。すなわち、当時にあっては支場を「地域センター」としての自立的機能を重視する側面よりも、あくまでも分野ごとの専門性に基づく「課題ごとの組織縦割り型」を重視する本来の意味での本支体制の堅持を色濃く示しつつ、「基礎から応用開発まで、かつ中央から地方まで」の全方位型研究が行われていました。

昭和60・平成年代に入り、臨時行政改革推進審議会答申、行政監察、科学技術会議13号答申などをうけて、試験場の組織体制は基礎的・基盤的・先導的研究に一層シフトした森林総合研究所へ衣替えされました。林政の課題として地域林業の形成が重要視され、地域における組織存立の根拠をより明確に示すため、地域において果たす支所の主体的な機能と、公立試験研究機関のセンター的機能を重視する考え方が打ち出されました。そのため「研究基本計画」も改訂され農林水産省特別研究「都市近郊林」・「松跡ヒノキ」、環境庁公害防止「緑資源」など地域特性を活かし、かつ支所が最前線となる研究が展開されました。その後、森林原則声明、気候変動条約、生物多様性条約などの国際的な環境問題への関心の高まり、流域管理システムの確立など国内林政の動向を踏まえ、支所では現在、風致林等森林の機能の解明、水保全機能の解明、人間と野生鳥獣の共生、持続可能な森林経営などに関わる研究課題が強化されています。

研究紹介

モミジの色を決めるもう一つの環境要因
― 土の中の養分 ―

土壌研究室 西本哲昭

去年の秋、ここ京都ではモミジの色づきが例年になく悪かったのですが、皆様の地方ではいかがだったでしょうか。10月の寡雨、11月の高温・多雨などの影響と思われます。このように気象条件でモミジの色づきが変わることは、よく知られています。

ところで、気象条件の他に葉の色づきを変える環境条件はないでしょうか。一般に植物、特に農作物に窒素肥料をたくさんやると葉の緑が濃くなることはご存じでしょう。このように葉の色などの特徴で農作物の養分が不足しているのか過剰であるのかということが診断されています。樹木でもスギやアカマツなどの苗木で調べられています。カエデではまだ調べられていませんが、カエデの紅葉を考えるとき、これらのことが参考になります。そこで、カエデの中でも最も一般的なイロハモミジを例にして、葉の色が栄養状態でどのように変わるか、実験してみました。イロハモミジにも園芸品種がたくさんあって、それぞれ特徴ある色づきをしますが、実験には、最も一般的に見られる野性のものを使いました。また、実験がやりやすいように苗木を対象にして、一定の養分を欠除して水耕栽培をしました

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図イロハモミジの紅葉化

結果はのようでした。まず、養分が十分ある正常なときの様子を見てみましょう。イロハモミジの葉には光合成を担うクロロフィル(緑の色素)とカロチノイド(黄色い色素)がほぼ一定の割合で含まれており、初秋までは黄緑色をしています。秋が深まると次第に光合成をしなくなるので、これらの色素は要らなくなり、クロロフィルから先に壊れ始めます。また、光合成された糖が枝や幹へ還流しなくなり、葉に溜まった糖からアントシアニン(赤い色素)が作られてきます。そのためこの時期(中で彩度、明度が最も下がったころ)には、これら三つの色素が混在することになります。クロロフィルやアントシアニンが多いと色は暗くなり、また、両者が混在すると色はくすみますので、この時期の葉は暗く、くすんだ色になります。色彩計で測ると色み(色相)は「黄」と表示されますが、暗く、くすんでいますので人の目にはいわゆる黄(明るく、鮮やかな黄)には見えません。次いで、さらにクロロフィルが減ってくるとアントシアニンやカロチノイドが目立つようになり、明るく鮮やかな赤になっていきます。

それでは、窒素が足りないときはどうでしょう。このときはクロロフィルが少いうえ、早くから壊れ始めます。そのため早くからカロチノイドによる黄が目立つようになります。次いでアントシアニンも早くからたくさん作られ、赤くなっていきます。この場合クロロフィルが少ないので明るく鮮やかな色になります。したがってこの窒素欠乏のときは正常な苗とは違い、いわゆる黄の段階を経て、明るく、鮮やかな赤になります。なおこの場合、クロロフィルが少ないため落葉も早く、樹木の成長も良くありません。

リンが少ないときにも、比較的早くからたくさんアントシアニンが作られます。しかし、窒素欠乏のときと違ってクロロフィルはあまり影響を受けません。したがって、早くからクロロフィルとアントシアニンが混在することになるので、くすんで暗い一見紫がかった色(色相は「黄」)になります。次いでクロロフィルの減少に伴って赤くなっていきます。にはありませんが、マグネシウムが少ないときにも色づきが早くなります。しかし、彩度や明度にはあまり影響がありません。なお、カリウムが少ないときはこれまでに述べた他の養分の場合とは全く反対に、色づきが悪くなるようです。

今回の実験でとりあげた養分のうち、窒素、リン、マグネシウムは一般に土壌に不足がちです。これら(特に、窒素)が少ないとき、イロハモミジは色づきが良く、人の目には美しく見えます。しかし、養分不足ということは樹木の成長にはマイナス要因です。モミジの美しい場所が必ずしもモミジ自身にとって望ましい場所とは限らないようです。

庭のモミジに養分のダイエットをして色づきを良くするのもいいでしょうが、やり過ぎると樹勢をそこねることもお忘れなく。

木に積もる雪

防災研究室 小南裕志

雪の降った冬の朝に山々を見上げると森が真っ白になっているのを見ることがあります。これは降った雪が木の葉や枝にくっついているもので、我々水文学を研究しているものはこのように木の枝葉に水分が付着している状態を遮断と呼びます。遮断というのはずいぶんわかりにくい言葉ですが interception の日本語訳で、球技においてボールがインターセプトされてしまうのと同じく、雨や雪が地面に落ちる前に樹木に横取りされるという意味です。ここで木々に雨がインターセプトされることを降雨遮断、雪の場合を降雪遮断と呼びます。この降雪遮断は暖かい地方や雪があまり降らない地方では、雪がやんだり日が当たるとすぐになくなってしまいますが、北海道のような寒い地方や北陸の豪雪地帯などに行くとなかなかなくならず、森はいつまでも白い姿をしています。

さて、この枝葉に乗った雪はどのくらいの量になるのでしょうか?私たちが北陸や北海道で行った調査によると雪がたくさん降る地方では木の上に乗る雪の量は最大で50~100mmにもなります。雨の付着と比較すると10倍以上で、1m四方で50~100kgという大変な重さになり、大きな木になると1本の木に1トン以上のおもりが乗る計算になります。そのためたくさんの雪が降った後に森の中に行くと自分の頭の上に乗った雪の重さに耐えられずに、木の幹が割れる音を聞くことがあります。このような冠雪害は積雪地域の森林では大きな問題になっています。

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さらに、このような森林のある空間上に長時間、大量の水分が存在しているという状態は、気象学的に見てもなかなかおもしろい現象です。ここではこのような樹木の上に乗っている雪がその周囲の気象環境に対して何をしているのかを考えてみましょう。まずはじめに雪があるというのはどういうことなのかを考えてみると、積雪のある場所では「表面の温度が0℃以上にならない」のと「表面の色が白くなる」という2点が最も大きな特徴であるといえます。雪も氷の一種ですから、その温度は必ず0℃以下で、気温の上昇や日射によってエネルギーが与えられてもその熱は雪が融けるのに使われるだけで、存在する雪がすべて融けてなくなってしまうまで表面は0℃以上になることはありません。また、雪が付着したものの表面は色が白くなります。これは当たり前といえば当たり前のことですが、色が白いということは光のエネルギーをほとんど反射してしまうということを意味しています。降ったばかりの雪はこの割合が非常に高く、太陽光から供給されるエネルギーの90~95%のエネルギーを跳ね返してしまいます。したがっていったん雪が降ると、たとえ天気が良くても太陽からの光は反射されてしまい、表面の温度は上がらなくなり、周りの空気はなかなか0℃以上にならなくなってしまいます。このときに周辺の森林の枝葉に雪が乗っているとどうなるかというと、この雪は前述の二つの特徴に加えてもう一つ非常に蒸発しやすいという特徴を持っています。これは森林の上にある雪は(これは水の場合でも同じですが)、ほんの少しの風でもたくさんの空気とやりとりをすることができるからで、蒸発する雪の量は地面の上に積もっている雪からの蒸発と比較すると数十倍の量になります。このように森林から大量の水分が蒸発すると、そのときに蒸発熱としてエネルギーが奪われるために森林は周囲の温度を冷やす役割を果たして、気温はますます上がらないということになります。つぎに、この枝葉に乗っていた雪が融けたり、蒸発したり、あるいは落っこちたりしてなくなってしまうと、とたんに森林は元の色に戻り、蒸発するものがなくなるために日射のエネルギーをどんどん吸収して周りを暖め始めます。通常、積雪がある環境下で気温を0℃以上に上げる役割を担っているのはほとんどがこの「雪のない状態」の森林であると考えられています

このように雪のある場所では樹木の上に雪があるかないかによって森林が周りの温度環境に及ぼす影響が全く変わってしまうということが、最近の研究から少しずつわかってきています。しかし寒冷地や積雪地域の森林が気象環境へ及ぼす影響は観測自体が難しいということもあってなかなか簡単には進まないというのが現状で、これからの大きな研究課題の一つであると考えられます。

連載

大文字山の植物 (2)
フユイチゴ

造林研究室 伊東宏樹

紅葉も過ぎ、冬ともなると山にはめっきりといろどりが少なくなります。このような時期でも、山道のわきのちょっと湿ったようなところで赤い実をつけている低木に気がつくかも知れません。フユイチゴ (Rubus buergeri Miquel) です。

バラ科キイチゴ属に属し、本州中西部(新潟・茨城以西)・四国・九州から朝鮮半島南部・台湾を経て中国中南部にまで分布しています。高さは20~30cmほどで、茎には短い毛がたくさん生えていますが、とげはあまりありません。大文字山では、銀閣寺から火床に至る登山道の入り口などで多く見られます。

キイチゴの仲間は、春から夏にかけて花を咲かせ、実をつけるものが多いのですが、フユイチゴは秋に花を咲かせ、冬に実をつけます。この実は甘くて食べることができます。ちなみに、果物として市販されているオランダイチゴ (Fragaria ananassa Duchesne) では、主に食べるところは、植物学的には果実ではなくて花床という部分がふくらんだものですが、キイチゴの仲間では正真正銘の果実で、中に種が入っています。

似た種にミヤマフユイチゴ (R. hakonensis Fr. et Sav.) がありますが、実が冬に熟し、甘くて食べられるのはフユイチゴと同様です。ミヤマフユイチゴは葉の先がとがっているのに対し、フユイチゴの葉は先が丸いこと、またミヤマフユイチゴには茎にちいさなとげが多いことで区別できます。

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果実をつけたところ
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果実

おしらせ

DNAシーケンサが導入される

植物生理実験室に、新たにDNAシーケンサが導入されました。本機器はDNAの塩基配列を解読するもので、森林の遺伝子レベルでの多様性や更新過程を明らかにするために使用されます。関西地域では、森林に対して人為の影響が強く働いている場所が多く、森林は断片化、孤立化して分布しています。このような地域において、生物学的多様性の実態を明らかにし、その保全を考慮に入れた森林生態系の管理手法を確立することは、重要で緊急の課題になっています。本機器の導入により、DNAレベルでの遺伝情報の解読がきわめて迅速・確実に行えるようになり、断片化した生態系内で、生物群集の遺伝的多様性がどのように維持されているのかが明らかになります。また、孤立化した生態系間での遺伝子の流れを明らかにすることで、種の保全のための最適な生態系管理手法が確立されるものと期待されています。これらの成果は、従来の一般的な生態学的手法では得ることのできなかったものであり、この分野の研究に新たな知見を加えることになるでしょう。