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研究情報 No.50 (Nov. 1998)

巻頭言

インドネシアの森林火災

防災研究室 後藤義明

インドネシア共和国では、昨年各地で大規模な森林火災が発生しました。インドネシア林業省の発表によると、1997年12月末までに発生した森林火災は264千haに達しています。このような大規模な森林火災に伴って、多量の煙霧が国境を越え、近隣のマレーシアやシンガポール、フィリピン南部にまで及ぴ、人々の健康被害や産業活動への影響等、国際的な問題となりました。インドネシアでこのように森林火災が多発したのは、昨年に限ったことではありません。既に1982~1983年にはカリマンタン島だけで300万ha以上もの森林が焼失しており、その後も1987年、1991年、1994年と、ほぼ3~4年おきに大規模な森林火災が発生しています。その原因の一つとしてエルニーニョ現象が考えられています。通常ですとペルー沖では、湧昇流によって栄養分に富む冷たい海水が表面に運ばれてきています。これが赤道太平洋上を東から吹く貿易風によって西へ運ばれ、赤道上で日射によって暖められた海水は、世界で最も暖かい海水となってインドネシア沖に達します。このためインドネシア付近の上空では活発な対流活動が起こり、対流雲が発達して多くの雨を降らせます。逆に中部太平洋やペルー沖などではほとんど雨が降りません。しかしエルニーニョ現象が起こると事態は一変します。貿易風が弱まることによって、インドネシア沖にあった暖かい梅水はペルー沖に向けて逆流します。これに伴って大気中の対流活動の中心域も東へ移動します。中部太平洋や南米では異常な多雨に見舞われ、逆にインドネシアでは雨量が滅少し、時には旱魃になることもあります。雨季になっても雨が降らず、森林火災が多発することになるのです。

このような自然現象が、昨年の大規模な森林火災の一因であることは疑いありません。しかし、自然発生の火災がほとんど起きないインドネシアでは、人間活動の変化も重要な要因なのです。先にあげた264千haという数字は、あくまで保安林や生産林などの森林が火災によって焼失した面積を指しているのであって、実は産業造林や移住地開墾、農業プランテーションによる火入れ、あるいは焼畑などはこの数値には含まれていないのです。森林火災も含め、これらすべてをバイオマス燃焼という言葉で括るとすれば、その総面積の80%は産業造林と農業プランテーションの火入れであるともいわれています。これらは森林火災や焼畑とは異なり、政府の指導下にある企業の経済行為なのです。既に1960年代の初期には、東南アジアにおけるバイオマス燃焼はかなり顕著なものであると認められていました。すなわち、大規模なバイオマス燃焼は30年以上も前から周期的に発生していたのです。昨年のインドネシアにおけるバイオマス燃焼が、これほどまでに大規模化した背景には、1990年代から本格化した産業造林の急速な拡大と、農業プランテーション造成や移住地確保のための林地開墾が、かなりの規模で進んでいることがあげられます。焼畑についても、近年の人口増加や伐採道路の延長、あるいは政府による移住政策が原因となって奥地化しており、その規模も大きくなっていると考えられています。インドネシアにおける火災対策の難しさには、こうした社会間題もその背景にあるのです。

研究紹介

近親相姦はあたりまえ
―ドングリキクイムシのちょっとかわった生態―

昆虫研究室 上田明良

昆虫の雌雄は人間と同じように性染色体によって決まるものがほとんどですが、半数倍数性というちょっとかわった方法をとるものがあります。これは、雄はすべて1倍体 (ミツバチ等では完全ホモ接合の2倍体の雄が知られているが、これは例外)、すなわち未受精卵から発生し、雌は受精卵 (=2倍体) から発生するというものです。昆虫の雌は、受精嚢というところに精子をためておき、産卵ごとに精子を少しずつ出して受精させます。このことを利用して、半数倍数性昆虫の雌の多くは、産卵時に受精させるかさせないかで、雌雄を産み分けることができるのです。この方法をもちいているものの代表格はハチ (スズメバチ、アシナガバチ、ミツバチ) やアリです。彼らの巣には不妊のカスト、すなわち働き蜂や働き蟻が多数現れますが、これらは全て雌です。ハチやアリ以外にも半数倍数性はカイガラムシ、コナジラミ、アザミウマの一部、および昆虫ではありませんがダニ、線虫、ワムシの一部でみられます。ここに登場するドングリキクイムシが属するのはカブトムシやクワガタムシと同じ甲虫類です。甲虫類のなかで半数倍数性をもつのは1科1属l種の特殊な虫、チビナガヒラタムシ科のMicromalthus debilisとドングリキクイムシを含むキクイムシ科の一部だけです

ドングリキクイムシは本州以南の常緑広葉樹林でごく普通にみられ、その名が示すとおり、林床に落下したドングリを主に食べています。その加害率は非常に高く、ここ関西支所の裏山では、落下した健全なドングリのほとんどが翌年の夏までにこの虫の穿孔を受けます。すなわちドングリキクイムシはシイ・カシ類の天然更新の大きな抑制因子のひとつなのですが、その生態は不明でした。そこで、越冬中の雌成虫をドリルで穴を開けたマテバシイのドングリに接種して25℃の恒温器内で飼育してみました。接種後3日目から産卵を始め、14日目まで続きました。この卵から幼虫・蛹を経て羽化した成虫 (子世代) が28日目から現れ、その数は平均20頭でした。そのほとんどは雌で、雄の割合はわずか6%でした。すなわち、平均雌19頭に対し、雄1頭しかみられなかったのです。雄は色白でやわらかく、かつ眼と飛ぶための羽が退化していました (写真-1)。さながら洞窟の中で一生を過ごす昆虫のようです。雄は自分の姉妹全てと交尾し、ドングリの外には出ないで短い一生を終えるので、眼も羽も必要ないのです。また雄は雌より小柄でした。“雄は姉妹との交尾に必要なもの以外はすべて削り落とした格好をしていて洗練されたポディをもつ”と表現すれば間こえは良いですが、多数の強靭な雌達にかこまれて、ひとりぼっちでよちよち動く姿は何となく惨めにみえ、同性として衰れも感じます。雄が何度も交尾でき、しかも兄弟姉妹問で交配する生物にとって、なるべく多くの子孫を残すには、雄への投資をできるだけ節約し、その分雌へまわすことが適応的と考えられます。雄の数が少なく小さいのは、長い進化の歴史の結果なのです。

雌は交尾後生まれたドングリ内で産卵したあと、徐々に生まれ青ったドングリから出ていきます。接種後50日を過ぎると接種雌からみると孫にあたる虫達が羽化を始めます。その数は平均60頭ですが、雄の割合はやはり6%でした。ここに至ってドングリの中身はほとんど食べ尽くされてしまいます。次に、雌を蛹の状態で取り出して羽化させ、交尾させないで処女の状態でドングリに接種してみました。処女雌も交尾雌と同じように接種後3日目から産卵を始めましたが、その数は少なく、21日目から雄だけが平均4頭羽化しました。処女雌は未受精卵しか産めないので、その子はすべて雄となったのです。ところが雄の羽化後、この雌は再び産卵を始め、これから育った成虫が42日目以降に平均12頭羽化しました。雄の割合は平均12%で、多くが雌でした。これは、処女であった接種雌が、自分の息子と交尾し、そのあと交尾雌として雌の割合が高い正常な産卵を行ったことを示します。人の世界ではタブーな親子間交配をこの虫はあたりまえのように行うのです。以上のように、ドングリキクイムシは雌だけが分散し、近親相姦で繁殖を繰り返す虫であることが判明しました

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写真-1 ドングリキクイムシ成虫 (左:雌 右:雄)

レクリエーションを科学する

風致林管理研究室 奥敬一

森林はレクリエーション (以下レクと記す) や観光にとって大事な役割を担っています、というありきたりな話から始めますが、事実最近のアウトドア・地場産品ブームに当て込んで、森林地域を利用した様々な施設が作られてきました。そして研究面でも、そうした施設や事業の経営・経済的な評価が盛んに行われるようになりました。

しかしながら、事業コンセプトや経済性と、実際に目に見える空間の計画や設計とは別もので、中には、なぜこんな所にこんなものが?!、という施設も少なからず見受けられます。現在でも森林レクサイトや農業観光施設はどんどん新たにオープンしていますが、余暇時間や余暇活動量自体は横ばい状態です。ですから、将来的に人を継続的によべるような評価の高いレクエリアを計画しようと思えば、より高い空間の質が求められることになります。そのためにはレク・観光を「事業」の面からだけではなく、「行動」や「心理」の側からもきちんと科学的に理解する必要があると考えられます

さて、レクや観光に来ている人は数時間、あるいは一日、数日という時間単位の中で、ある目的や到達地点を想定しながら行動しています。その行程は一人だけの時もあれば、好きな人と一緒の時もあれば、大勢のグループの時もあるでしょう。そしてその間には期待通りの体験や、思いがけない体験など、様々な体験を積み重ねながら移動します。その体験の中身も、美しい風景や動物との出会いだったり、あるいは仲間との親交や疲労感だったりします。

そのうち、風致林管理研究室では、レク・観光行動における体験のひとつの形態である「風景」に着目しながら、レクリエーション体験を科学的に理解しようと試みています。「風景」はレク・観光行動の動機付けとして、また活動時の満足度に深く関係していると考えられているためです。また、ここで扱いたい「風景」は実験室内のスクリーンに映写されているような静的なものではなくて、活動している人が実際に意識し、感じた、ナマの「風景」です。そこで、ある地域を訪れた人々の、実際のレク活動中の風景の見方を明らかにしようと、レク利用者が撮影した写真を調べるという研究を継続して行っています。

そのひとつの方法としてレンズ付きフィルム (便い切りカメラのことです) を使った調査があります。これはハイキングなどに訪れる人にカメラを配布して、「いいと思う風景を撮影してください」などとお願いして写真を撮ってきてもらう方法(写真投影法といいます)です。ただし、あくまで映像しか記録できませんから、その時の気持ちや疲労、音環境や温熱感などは他の補助的な手段を用いないとわかりません。ですが、普通の記入式アンケートと違って、調査する側・される側双方の言語表現・理解能力に制約されず、一般のレク利用者が現実に体験した風景の良さや楽しさを、「すぐさま、その場で」映像のかたちに記録でき、また行動をあまり制約せずに多くの記録を拾い上げられるといった、優れた点を持っています。そして、これまでの調査から写真投影法の可能性として次のようなことがわかってきました。まず、特徴のある景観資源や、風景としてより「図」になりやすい場所を抽出できます。このことは逆に、風景としては背景や「地」になっていて普段あまり意識されない部分がどういうところなのかという示唆も与えてくれます。それからグループの年代、人数、行動パターンといった属性によって、風景の見方がずいぶん変わってくるのだということもわかってきました。例えば同じように散策をする人でも、年配者は散策路全体の風景を中心的に撮影するのに対して、若い人たちには草花や特徴的な樹木など、よりモノ的な写真を撮る傾向が現れます。

写真投影法以外にも、地域を題材にした写真コンテストに応募された作品を使った調査なども行っています。「季節感」を切り口にした作品の解析では、季節を表現する様々な要素 (サクラの花や淡い新緑など) は、作品の中に全くランダムに出てくるわけではなく、距離的にも構図的にもある適当な位置に多く現れてくるということがわかりました。

このように写真を媒体とした調査からは、普通のアンケートからだけでは読み取れない様々な現象が現れてきます。今後はさらに、よいと感じられる森林空間の構造をより具体的に明らかにする作業を行っていく必要があると考えています。その際には単にその地点だけではなく、その前後やそこに至る空間の状況が、そしてもちろん見る人の属性や体験のシークエンスも大事になってくるでしょう。レクリエ一ション科学の、まだまだ未開拓なフィールドが、その先に広がっています。

連載

似た鳥くらべ (1)
ハシブトガラス・ハシボソガラス

鳥獣研究室 日野輝明

夕焼けの空をねぐらへと帰っていくカラスにはなぜかしら郷愁を誘われます。その一方で、ゴミ捨て場で残飯を食い散らかすカラスにはしばしば困らされますし、またカラス鳴きが悪いと不吉のまえぶれのようで気味が悪いものです。このようにカラスは、よかれあしかれ、私たちにとってなじみの深い鳥だといえるでしょう。ところで、私たちが日頃見なれているこれらの黒いカラスにはハシブトガラス (Corvus macrorhynchos) とハシボソガラス (C. corone) という2つの種類があるのをご存じでしょうか。名前の由来であるくちばしの太さと、おでこの出っ張りの有無が彼らを見分けるときの外見的特徴です(イラスト参照)。「カアカア」と鳴くのがハシブト、「ガアガア」と鳴くのがハシボソというふうにもいわれていますが、この識別方法はあまり当てになりません。ハシブトはサハリンを北限とする南方系の鳥であるのに対して、ハシボソは九州を南限とする北方系の鳥です。主な生息場所は両種でやや違っていて、ハシブトは市街地、ハシボソは農耕地でよくみられます。ハシブトはもともと熱帯林にすむ鳥ですが、日本ではコンクリート・ジャングルを自分たちのすみかと決め込んでいるようです。どちらのカラスもねぐらは一緒にとることが多く、タ方になると昼のあいだに居をかまえていたそれぞれの場所から社寺林などの大きな森に三々五々集まってきます。おなじみの童謡「ゆうやけこやけ」の情景は、彼らのこの習性が作りだしたものといえるでしょう。ちなみに、一回に育てることのできるヒナの数はどちらも3羽ないし5羽で、巣に「七つの子」があるカラスはめったにいません。

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イラスト (瀬川也寸子)

おしらせ

近畿・中国ブロック会議開催される

平成10年度林業研究開発推進近畿・中国ブロック会議が、10月15日京都市呉竹文化センターにおいて開催されました。会議には、林野庁・森林総研・大阪営林局・林木育種センター関西育種場およぴ14の府県関係者が出席しました。会議では、国側機関から試験研究・技術開発の動向が報告され、府県側からは最近の研究成果が紹介されました。引き続いて「緊急に解決を要する研究課題」の検討が行われ、以下の3課題が摘出されました。

  1. 里山に発生する病虫害の原因究明と防除
  2. 野生獣類の森林被害防除と人間との共生
  3. 急傾斜林業地域における機械化技術の開発

研究成果発表会開催される

平成10年度関西支所研究成果発表会が、10月16日京都市呉竹文化センターにおいて開催されました。今年度は、森林総研の西村勝美木材特性科長による特別講演「国産材の地域完結型加工利用システムについて」をはじめ、以下の2題の研究成果が発表されました。

  1. 多様性から見た里山ランドスケープの変化一里山における自然・人間生態系の変化 風致林管理研究室 深町加津枝
  2. 森林からの有機物の流出特性 土壌研究室 金子真司