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年報第43号 関西支所研究成果発表会記録

ナラ枯れの病原菌を運ぶカシノナガキクイムシ

上田明良(生物多様性研究グループ)

1. はじめに

近年、山形県以南の本州の日本海側のナラ類、紀伊半周および南九州のシイ・カシ類の集団枯損が報告され、その被害が拡大している。枯死木にはカシノナガキクイムシ(Platypus quercivorus (Murayama)) (以下カシナガ)によって穿たれた多数の穴がある。この虫が媒介する菌(Raffaelea quercivora: 通称「ナラ菌」)が定着した部分では通水阻害が生じることから、水が樹冠まで上がらなくなり、急速に萎凋すると考えられている。また、菌を用いて人為で木を枯らすには、広範囲に樹皮をはぎ取り、菌を接種することが必要であることが知られている。このことから、枯死はカシナガの穿入密度が高いほど生じやすいと考えられる。したがって、カシナガの生態の解明、特に集中攻撃のプロセスの解明が被害防除法の確立に重要である。カシナガは雄が先に穿入することから、集中攻撃木ではカシナガ雄の集中飛来が観察されると考えられる。そこで、カシナガの集中飛来が生じる時間・期間を観察するとともに、集中飛来が生じる原因を丸太を用いた実験で明らかにした。

2. 集中飛来が生じる時間・時期

事前にいくつかの候補木の樹幹へ粘着面が外側になるように粘着紙(アースバイオケミカル製「カミキリホイホイ」)を取り付け、粘着捕獲されたカシナガの数から集中飛来木を選定しておいて、観察当日の夜明け前からその木の横で捕虫網を振ることで、単位時間あたりの捕獲数を得、データロガーの気温・日照データと照らし合わせてみた。すると、集中飛来は決まった時間に生じるのではなく、午前中に20℃以上の気温と日差しの両方がそろった時点から生じ、2時間以内で終了することが判明した。また、雌雄ともに集中飛来するが、雌の方がわずかに早くピークに達し、気象条件悪い曇天時にもある程度飛来した。これは、雌は前日以前に穿たれた穴に住む未交尾雄をいち早く見つける方が有利であるため、気象にかかわらずなるべく早く飛翔する傾向にあるのに対し、雄は穴を穿つのに時間がかかり、その間に低温や雨にさらされるのをさけるために、晴天にならないと飛翔しない傾向にあると考えられた。

集中飛来が生じる期間については、当年の穿人前または穿入が始まったばかりの生立木を時期別に選定し、その樹幹へ粘着紙を取り付け、捕獲数の変化をみた。いずれの調査木でも最初の穿入の直後に雌雄の捕獲数が急上昇し、1~2週間後に減少した。その後、枯死または下枝の葉を残して全葉が枯れて衰弱した木ではほとんど捕獲されなかったが、生残した木では再び捕獲数が増え、1ケ月以上持続した。これらのことから、最初の穿入が集中飛来の引き金になっていると考えられた。また、枯死・衰弱木には誘引されないことが判明した。

3. 丸太を用いた野外実験

まず、樹木自体の臭いにカシナガが反応するかをみるために、逆さにした鉄製丸椅子にナイロン網を覆っただけの簡易な網室内に、様々な処理を施した長さ50cmのコナラとミズナラの丸太を入れ、網室に取り付けた粘着紙でカシナガを捕獲した。用いたのは伐倒直後の丸太、これを剥皮したもの、5cm幅に輪切りしたもの、4つに縦割りしたもの、冷凍処理したもの、20日後に縦割りしたもの、オートクレーブ処理あるいはナラ菌接種後20日目に縦割りしたもの、前年被害木からの丸太等であった。いずれも、丸太を入れない空の網室での捕獲数と差はなく、樹木自体の臭いへの反応はあるとしても極めて弱いものと考えられた。すなわち、樹木自体の臭いは集中飛来の引き金となる最初に穿入する雄を誘引している可能性はあるが、その後の集中飛来の主要因ではないと考えられた。

次に、コナラとミズナラの丸太を簡易網室に入れ、その中にカシナガの雄成虫を放して穿入させ、これに誘引された雌雄を粘着紙で捕獲した。雄穿入丸太では多数の雌雄が捕獲され、多くの場合、穿入させない丸太での捕獲数と有意差があった。また、雌雄の捕獲数は穿入孔数に対して有意に正相関した。この結果から丸太に穿入した雄に雌雄が集合することが明らかになった。すなわち、集中飛来の主要因は雄の穿入孔から発せられる集合信号であることが判明した。

4. 結果から予測される被害発生経過

これまでの結果から集団枯損被害の発生経過を予測すると以下のようになる。最初に羽化脱出した雄あるいは最初に無被害林に侵入した雄はランダムにあるいは樹木からの臭いにわずかに反応して寄主木に着地し、穿入する。やがてそこから何らかの集合信号が発せられ、これに反応した雌雄が次々と飛来する。このとき飛来した雄が高率で穿入すれば集中飛来と集中攻撃が生じる。1~2週間で飛来は終了するが、それまでに多数飛来した雄のうちいくつかは周りの木に誤って着地して穿入し、そのうちのいくつか(すなわち着地した雄が高率で穿入する木)が新たな集中飛来木となり、感受性の高い木が枯れる。これをくりかえすように被害が広がっていくと考えられる。

鳥は虫を食べて木を育てる

日野輝明(野生鳥獣類管理チーム)

1. はじめに

春に樹木の新葉が展開し始めると、食葉性のガやハバチの幼虫(いわゆるイモムシ)が現れ、昆虫食の鳥たちにとっては春から夏にかけての最も重要な餌資源となる。それでは、鳥は虫を食べることで樹木の枝葉の成長や実生の生存にどのような影響をもたらしているであろうか。これは森林生態系の中で鳥が果たす役割を知る上で欠かすことのできない情報である。本研究の目的は、森林内の樹木の成木と実生に対して網掛けによる鳥除去区と対照区を設けて、イモムシの数、葉の被食量、葉とシュート(当年生枝)の成長量、実生の生存率を比較することで、鳥による虫の捕食が樹木にもたらす間接的な影響を明らかにすることである。

2.鳥による虫の捕食が樹木枝葉の成長に及ぼす効果

調査地は、奈良県大台ヶ原の針広混交林内である。1995年から2000年まで、広葉樹の優占種であるブナとオオイタヤメイゲツの低木に対して、4m3の網(4cmメッシュ)をかぶせた鳥除去区と対照区を5本ずつ設置した。

1997年と1998年にブナでハバチの幼虫の大発生がみられ、イモムシ全体の現存量は最小と最大の年で50倍もの差があった。それにもかかわらず、鳥の密度はほぼ一定に保たれたため、鳥のイモムシに対する捕食量は年によって5%から70%まで変動した。統計的検定の結果、除去区と対照区のイモムシ密度の違いは、大発生時には有意ではなかったが、それ以外の年には有意であった。この結果を反映して、樹木の枝葉の成長への効果もまた虫の密度によって影響を受けた。すなわち、イモムシ密度が通常の年の翌年には、新生してきた葉およびシュートのどちらもが、鳥除去区で有意に短かったが(このような成長量の減少は、イモムシの食害による葉の面積減少にともなって光合成による同化量が減少したためである)、ブナでハバチが大発生した年の翌年には対照区との差はなかった。しかしながら、ブナでのハバチの大発生頻度は10年に1回程度であるため、通常時の鳥による食葉性昆虫の捕食が樹木の枝葉の成長を促進する効果は十分に大きいと考えられる。

これ以外にも、いくつか興味深いことが明らかになった。一つは、ハバチ大発生にともなう鳥の捕食効果の消失が、ブナばかりでなくオオイタヤメイゲツで同じように起こったことである。これは、飽食状態の鳥がオオイタヤメイゲツでの採食頻度を滅らしたためである。つまり、ブナのハバチは、その個体数の変動によって、他の樹種につく虫の密度や枝葉の成長にも影響をもたらしたことになる。二つ目は、鳥による捕食の効果はブナよりもオオイタヤメイゲツで大きかったことである。これは鳥がブナよりもオオイタヤメイゲツを好んで利用していたためである。葉が水平方向に出て葉柄の短いブナよりも葉が垂直方向に出て葉柄の長いオオイタヤメイゲツのほうが、鳥にとって虫を探したり採ったりしやすいのだと考えられる。つまり、樹種間の枝葉の形状の違いが、鳥による選好性と、それにともなう捕食効果の違いをもたらしていた。

3. 烏による虫の捕食が樹木実生の生存に及ぼす効果

樹木実生に対する鳥のイモムシ捕食効果の調査は、大台ヶ原の森林内に1997年から設置してあるシカの除去とササの刈り取りの両方の処理を行った共同実験区で行った。5年間の調査から、葉食昆虫の密度と実生の葉の被食量との間には直線的な正の関係があり、プナの上層木でイモムシが大発生した年には、実生の死亡率も有意に減少していた。この理由もまた、他種への影響と同様に、飽食状態の鳥が実生でのイモムシの採食頻度を減らしたためだと考えられる。

鳥の除去の効果を調べるために、1999年に実生調査プロットの上に1m3の網(4cmメッシュ)をかぶせた。その結果、鳥を除去した区画では虫による葉の被食量が高いことが示されたが、生存率にまでは影響を与えていなかった。翌年までに生き残った個体と死んだ個体との間で、葉の被食量を調べると生死を分ける境界が平均値で30%から40%の範囲にあるようであった。この調査を行ったのはイモムシ密度の低い年で、除去区も対照区も葉の平均被食量がともに'30%以下だったために、生存率の差が出なかったのだと考えられる。しかし、イモムシ密度が高くて両区とも40%を越えた場合でもやはり生存率の差は出ない可能性がある。従って、実生の生存に対して、鳥による虫の捕食の効果が現れるのは、ある特定の範囲の虫密度でしか起こらない可能性がある。これについては、継続調査によって、確かめていく必要がある。

さらに、同じ実験区内のササを刈り取っていない区画でも、実生の葉に対するイモムシの被食量が大きくなる傾向が認められた。これは、シカの除去によって高茎・密生化してきたササの存在が鳥の侵入を妨げているためであると考えられた。