更新日:2017年8月29日

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貯蔵困難な樹木種子に対する長期保存への取組み

宮下智弘  
(元)森林総合研究所林木育種センター遺伝資源部、(現)山形県森林研究研修センター森林環境部

 

1.はじめに

森林総合研究所林木育種センターでは林木ジーンバンク事業を実施しています。構内の施設では、これまで収集した多くの樹種の種子や花粉を長期保存しています。マツやスギ、ヒノキなど主要な林業用針葉樹では、種子の含水率をある程度下げてから冷凍保存することによって、長期的な保存が可能となります。このため、このような保存技術が確立されている樹種では、大量の系統の種子や花粉の長期保存を事業的に行っています。
一方、広葉樹など一部の樹種では種子の長期保存が困難であり、種子を収集してもうまく保存できないものがあります。種子の保存が困難な樹種であっても毎年着果するのであれば、種子を保存するまでもなく新鮮な種子を現地から直接採取できる見込みもあります。ところが残念なことに、多くの樹種では種子の豊作が毎年訪れることは少なく、人為的に着花を促す技術も確立していません。また、ブナのように豊作年の周期が5年以上と長期になる樹種も珍しくありません。このため、このような樹種では次に豊作年が訪れるまでの長い間、種子を保存する技術が必要となります。
林木育種センター遺伝資源部では貯蔵困難樹種の長期保存の技術開発に向けた研究を平成23年度より開始しました。本報告ではその一部を紹介していきます。

 

2.ミズナラの保存

写真-1 ポリ瓶保存(左)と真空保存(右)

平成23年10月4日にミズナラ林より種子を拾い集め、10月5日より種子を水選しました。水選して沈んだ種子は10月5日夕方からバットに敷き詰め、10月17日にかけてエアコンの効いた部屋で風乾しました。その後、定期的にバットから種子を取り、真空にしたビニル袋と種子の呼吸のため蓋に穴をあけたポリ瓶による保存を行いました(写真-1)。両保存方法では、2度に設定した冷蔵庫を用いました。真空ビニルによる方法は林木育種センターで従来行っている保存方法です(山田、2002)。一方、ポリ瓶による方法はヨーロッパで行われているナラ類種子の保存方法(寺澤、1998)を参考にした方法です。

写真-1 ポリ瓶保存(左)と真空保存(右)

 

冷蔵庫に保存した種子は10月31日に一部取り出し、その含水率と活性を調査しました。活性はテトラゾリウム法(山田、2004)により調査しました(写真-2)。その結果、種子の含水率は風乾期間が9日目までなら45%程度を維持していましたが、12日目には40%を下回りました。逆に、種子の活性率は風乾期間が9日目までなら高い水準で維持していましたが、12日目には急激に低下しました(図-1)。ミズナラの発芽率は含水率が40%を下回ると急落すると言われていますが、本研究においてもそれと同様の結果が得られました。
なお、冷蔵保存してから4ヶ月半経過した平成24年3月現在までの間、真空保存とポリ瓶保存の違いはあまりないようです。しかし、真空保存の場合、冷蔵庫に入れて数日経つとビニル袋が膨れてしまい、種子が袋内で嫌気呼吸をしていたと考えられます。この影響によって、将来的には両保存方法の間に種子の活性の違いが認められるかもしれません。この点について今後さらに検討していこうと考えています。 

写真-2 テトラゾリウム法による活着調査 図-1 二つの保存方法による含水率と活性率の変遷
写真-2 テトラゾリウム法による活着調査 図-1 二つの保存方法による含水率と活性率のへん

  

3.ブナの保存

ブナ種子(写真-3)の長期保存はこれまで困難とされていたものの、近年になって含水率を下げた状態であれば長期間の冷凍保存が可能であることがわかってきました。しかしながら、ブナ種子の長期保存の事例は必ずしも十分でなく、さらなる事例を増やすことが必要でしょう。また、冷凍による保存種子の発芽率は年々低下するため、発芽率をいかに維持するかが今後の課題と言えます。

 

写真-3 ブナの種子 写真-4 液体窒素により現在保存中
写真-3 ブナの種子 写真-4 液体窒素により現在保存中

 

そこで、林木育種センターではブナ種子の-20度の冷凍保存の他に、液体窒素を活用したブナ種子の保存にも着手しました(写真-4)。超低温である液体窒素を活用すれば、冷凍庫よりも高い活性を維持した状態で種子を長期にわたり保存できるのではないかと期待しています。
平成23年10月中旬から下旬にかけて林床より拾い集めたブナ種子を水選し、沈んだ種子を保存試験に供試しました。種子はミズナラでの貯蔵試験と同様に、風乾によって高い含水率から低い含水率まで調整した上で、-20度の冷凍庫および液体窒素によって保存しました。種子は今後10年間くらい播種できるよう個別にパッキングして貯蔵しています。今後種子の含水率や保存方法によって発芽率にどのような結果がでるのか楽しみです。

 

 4.おわりに

本課題ではナラ類など貯蔵が困難とされている樹種を主な対象として研究を行っています。一方、林木ジーンバンク事業では種子の発芽特性や保存方法が不明な樹種、例えば希少種等の収集にも取り組んでおり、試行錯誤しながら種子の保存を試みることも少なくありません。このような樹種に対しても、本課題の中で種子の発芽特性や保存方法を検討する必要があるでしょう。また、保存した種子は発芽のために休眠を打破する必要があり、これにはジベレリンなどの植物ホルモンや、光、温度などの影響を受ける事が知られています。すなわち、保存方法を検討するだけでなく、効果的な発芽促進処理方法を検討することも重要でしょう。林木のジーンバンク事業を効率的に推進していくため、林木育種センターではこれからもこのような研究を行っていきます。

 

 引用文献

山田浩雄(2002) 林木遺伝資源のタネの保存-真空パックを用いた試み-.林木育種技術ニュース13:10-11

寺澤和彦(1998) ヨーロッパにおける貯蔵方法.(広葉樹育成ガイドミズナラ林の造成技術.北海道立林業試験場監修、北海道林業改良普及協会).91-92

山田浩雄(2004) 樹木種子の取り扱い(Ⅱ)-保存と発芽率の測定-.林木遺伝資源情報5:5 


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