更新日:2022年7月6日

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林木遺伝子銀行110番による里帰り事例 (Ⅱ)

 林木育種センターでは、天然記念物や巨樹、銘木等の樹木を対象に、後継樹を無料で増殖するサービスを行う「林木遺伝子銀行110番」を開設しています。この林木遺伝子銀行110番は、機関や個人の方等が所有する天然記念物や巨樹、銘木、有名木等の樹木が高齢等で衰弱している場合などで、これらの機関等から全く同じ遺伝子を受け継いだ後継クローン苗木の増殖要請があった場合に、さし木やつぎ木等の方法により後継クローンを増殖するサービスを行うものです。増殖したクローン苗木は、所有者へ里帰りさせるとともに、当センターでも林木遺伝資源として保存し、また、研究材料として活用させていただくこととしています。今回は九州育種場及び北海道育種場における最近の里帰り事例をご紹介します。

九州育種場の事例

佐藤省治
国立研究開発法人森林総合研究所 林木育種センター 九州育種場

 

①宮崎県高千穂町の「高千穂神社のスギ」

 平成28年3月1日、神話の里として有名な宮崎県高千穂町の高千穂神社に、スギ御神木の後継苗が里帰りしました。樹齢800年とされるこの御神木は、幹に亀裂が入り、倒壊した場合、本殿に被害を与えることが懸念されたため、高千穂神社から、宮崎県林業技術センター、林木育種センター九州育種場、熊本県指導林家の栗屋克範氏等が後継樹増殖の要請を受けたものです。

 平成26年5月19日、関係者が見守る中で採取された穂木は、それぞれの手でさし木やつぎ木による増殖が行われ、約2年間大切に育てられた後、今回の里帰りとなりました。当日は、境内で神事が行われた後、育てた苗木を神前に供え、関係者を代表して宮崎県林業技術センター那須所長から後藤宮司に苗木目録が贈呈され、その後、苗木の育成に携わった者による植樹が行われました。

 

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ロッククライマーが御神木の上部まで登って穂木を採取

 

 

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   関係者による後継樹の合同植栽

 

 ②熊本県の天然記念物に指定されていた「相生の椋と榎」

  平成27年2月25日、熊本県の天然記念物に指定されていた「相生の椋と榎」のうち、枯損した榎の後継樹が、熊本県の菊池市立泗水(しすい)中学校に里帰りしました。「相生の椋と榎」は、椋(ムクノキ)と榎(エノキ)の2本が寄り添って成育していましたが、平成16年9月の台風により榎が幹から折れたため、九州育種場で、持ち帰った枝葉を利用してつぎ木を行い、苗木として育てた後、今回の里帰りとなったものです。約10年間を経て、樹高4m程に成長した榎の後継樹は、再び「相生の椋と榎」として立派に育つことを願って、椋のかたわらに植栽されました。

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平成16年台風被害にあった「相生の椋と榎」 菊池市教育委員会の方と一緒に後継樹を植栽

 

③佐賀県天然記念物「東山代の明星桜」

 佐賀県伊万里市東山代町の浦川内地区観音堂境内にある「東山代の明星桜」は、夜間、樹下で火を炊いて薄紅色の花を眺めると、明星の趣があるというのが名の由来といわれています。佐賀県内の桜でも代表的な古木ですが、樹勢が弱まり、花着きも悪く、樹幹や枝に枯死している箇所が多く見られるようになったことから、明星桜保存会から九州育種場に後継樹育成の要請があったものです。採取した穂木を用いてつぎ木により育てた苗木は、「東山代の明星桜」と同じ遺伝子を持つ苗木として、平成24年3月6日、地区の桜保存会の方々の手により「東山代の明星桜」のそばに植栽されました。植栽後4年以上経過した苗木は順調に成育しており、春には明星桜と同じ薄紅色の花を咲かせています。

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  樹勢が弱まった「東山代の明星桜」  明星桜保存会会長に渡された後継樹

 

④熊本市立大江小学校の「おおえのき」後継樹育成の取組

 平成27年8月25日、熊本県内を通過した台風15号の強風により、熊本市立大江小学校のシンボルツリーとして親しまれてきた樹齢約140年のエノキの大木が、根元から倒壊しました。九州育種場では、熊本市教育委員会から「林木遺伝子銀行110番」の要請を受け、8月28日、枝葉を採取してさし木等による増殖を開始しました。倒れてから日数を経過しており、また、8月と増殖に適さない時期であったことから、「さし木苗」は残念ながら枯れてしまいましたが、「つぎ木苗」は2本が活着し元気に育っています。温室でしばらく育てた後、屋外の苗畑に移し、平成30年の春を目処に、大江小学校にお返しできるように大切に育てていく予定です。

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平成27年8月の台風で倒壊した「おおえのき」  つぎ木で活着した「おおえのき」の後継樹
        (平成28年6月撮影)

 

北海道育種場の事例

坂本庄生
国立研究開発法人森林総合研究所 林木育種センター 北海道育種場

①三支の松(イチイ)

 北海道東部の中標津町立広陵中学校内にあるイチイの木は「三支の松(さんしのき)」として学校のシンボルとなって生徒を見守るとともに、地域住民からも親しまれてきました。このイチイの木は3本あって名前の由来となったもので、樹齢(推定)300年、高さ8mで、昭和59年に標津町古多糠の山林から同校に移植されたものです。そのうちの1本が平成15年頃から枯れ始め、一部の葉が残るのみとなり、平成22年当時の教頭先生が根室振興局に相談したところ、北海道育種場で行っている「林木遺伝子銀行110番」の増殖サービスを知り、平成23年1月に依頼があったものです。同年1月に当場職員が同校を訪れ小枝を採取して同年5月に接ぎ木を行いました。

 平成28年の5月に原木は枯れてしまい伐採されましたが、6月に50cm程度に成長した1本を校長先生、教頭先生立ち合いのもと原木のあった場所に里帰りさせ、生徒とともに元気に大きく育つよう願いを込めて植樹されました。

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       三支の松(原木)             植樹

②祖神の松(イチイ)

 北海道北部の士別市の道有林内にあるイチイは「祖神の松(そしんのまつ)」として、古くから郷土の繁栄を見守りながら市民にも親しまれ、山仕事に従事する人たちからは山の守り神としてあがめられてきました。樹齢(推定)1,000年、幹回り750cm、樹高18mで士別市天然記念物、北海道記念保護樹木にも指定されています。道内のイチイのなかでは最大であり、幹周りは全国2位(日本の巨樹・巨木林調査:環境庁、1990年)ということです。

 このイチイは幹の内部が朽ちて空洞化しており、士別市では空洞部分に樹脂を注入したり、ワイヤで枝を支えたり保護を行ってきましたが、近い将来枯れる恐れがあるということで、平成23年8月、林木遺伝子銀行110番に依頼がありました。これを受け当場職員が平成24年2月に枝を採取して、同年5月に接ぎ木を行いました。平成28年6月に20本を里帰りさせましたが、士別市長はじめ士別市教育長、士別市文化財審議委員、士別小児童代表らが参加して記念植樹が行われました。里帰りの様子は新聞5紙に大きく取り上げられました。

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          記念植樹      祖神の松(原木)

青葉枝垂(あおばしだれ)、大撫子(おおなでしこ)(サクラ交配種)

 北海道南部の森町は、「歴史と桜のまち」として、青葉ヶ丘公園やオニウシ公園をサクラのテーマパークとして整備し、毎年10万人を超す花見客を迎えています。これらの公園ではたくさんのサクラを見ることができますが、その中には町の「桜博士」として知られた、元農業改良普及員の故田中淳氏が交配を行って誕生した森町の固有種があります。

 この固有種のサクラの樹勢が弱ってきたことから、平成25年11月に林木遺伝子銀行110番へ依頼がありました。これを受け平成26年3月に枝を採取して4月につぎ木を行いました。つぎ木したサクラは約1ヶ月で葉が大きく展開し、その後も順調に成長したことから、平成27年4月20日に「青葉枝垂(あおばしだれ)」5本、「大撫子(おおなでしこ)」5本を森町役場へ里帰りさせました。

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         青葉枝垂             大撫子

④名寄の松(ヨーロッパアカマツ)

 北海道北部の名寄市にある名寄市立総合病院には、昭和12年開院当時から敷地内にあって、病院のシンボルとして市民から親しまれてきたヨーロッパアカマツがありました。しかし病院の増改築工事に伴って伐採せざるをえない状況となりました。市民から惜しまれる声もあり、病院としてもなんとか残せないものかということから「林木遺伝子銀行110番」に依頼があったものです。これを受け平成25年2月に枝を採取して、その年の春につぎ木を行いました。その後2年間の養苗を経て平成27年4月に里帰りさせました。

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        名寄の松(原木)           里帰り手渡し

 


お問い合わせ

所属課室:森林総合研究所林木育種センター遺伝資源部

〒319-1301 茨城県日立市十王町伊師3809-1

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FAX番号:0294-39-7352

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