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更新日:2017年8月29日
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植田 守 |
国立研究開発法人森林研究・整備機構 森林総合研究所林木育種センター東北育種場 連絡調整課長 (前 北海道育種場 遺伝資源管理課長) |
林木育種センターでは、林木のジーンバンク事業による樹木(希少樹木)等の収集保存を行うための許可申請を行った上で、遺伝資源の探索収集に取り組んでいます。最初に、許可申請についての手順について紹介します。
林木遺伝資源として探索収集する樹木の中心は育種素材として利用価値の高いもの、希少樹木、貴重な林分及び国指定の天然記念物が主体となります。情報収集は、環境省の巨樹巨木やレッドリスト及び国有林が管理している保護林や都道府県、市町村、民間が管理している林分など日本の林分全般です。
重要な遺伝資源や希少樹木が分布した林分は、これまでにその多くが伐採されているため、現在は、国立公園等の規制が厳しい地域の中に生存している場合が多く、そのほとんどは国有林となっています。
国立公園の第一種特別地域や特別保護地区など制限の厳しい場所では、環境省や国有林及び各都道府県等に申請し許可を受けた上で、遺伝資源や希少樹木の情報や材料となる種子・葉・枝等の収集保存に取り組むことになります。
特別天然記念物等については文化庁が監督機関であり、穂等採取に関しては所有者(個人)や仏閣などから文書による承諾を得て、所管する都道府県との協議を行い、文化庁に現状変更等の許可を仰ぎます。対象となる樹木によっては、文化庁・環境省(管轄する公園管理事務所)・林野庁(国有林)となることも多く、半年以上の時間が必要な場合も希にあります。
収集計画については、林木育種センター遺伝資源部が中長期計画(5年単位)によって全国(育種場分を含む)の収集保存計画を作成します。その計画に基づいて各育種場で取り組むことになります。
林木遺伝資源及び希少樹木等の保存に当たっては、実生苗(種子から作った苗木)、無性繁殖(つぎ木、さし木、取り木、分根等)等による増殖方法の決定が必要となります。希少樹木など特定の樹種については増殖経験のない場合が多くあり、近縁種の増殖に関する実績やデータ等により増殖方法を判断することとなります。現在は組織培養なども一つの方法ですが、全ての樹種で対応するに至っていません。
林木遺伝資源等に関しては、出来る限り優良遺伝子そのものを保存する観点から、さし木、取り木、組織培養といった生物体からの自根で養成したクローン苗木で保存することがベストです。残念ながら、樹種によってはさし木等の方法では発根しないものもあり、その場合はつぎ木による増殖方法を選ぶ必要があります。つぎ木では、水分や養分を土壌から植物体に取り込むための根は台木に頼ることになり、保存される苗木の根際より下とつぎ木部位から上では全く異なる遺伝子を持つことになります。台木は水分供給源と樹体を維持する土台として利用することとなり、基本的には接ぎ穂の成長により接ぎ穂から台木に栄養が渡り根の発達を促し共に成長することとなります。このため、樹体や幹・枝を利用することにより遺伝子が混ざり合うことはないとされ、優良遺伝子を受け継ぐこととなります。
種子による実生苗については、花粉による遺伝子流入の影響の少ない集団(自生地)から採種することが条件となります。採種個体が近縁の可能性が高い場合があるので、なるべく離れた個体から採種するなどの注意が必要です。
林木育種センターが行う林木遺伝資源の増殖方法の基本的な整理は表-1のとおりとなり、いずれの作業も経験等を含め技術が必要です。上記の許可手順を経た上で実際の採穂・採種を実行し、さらに増殖・養苗を経てようやく保存することになります。
表-1 林木遺伝資源の増殖法と課題 |
(PDF:67KB) |
環境省のレッドリスト、国有林や都道府県が管理している巨樹巨木や銘木リスト及び林木育種センター作成の各種保存台帳などから情報を収集します。
サカイツツジ(図-1)は絶滅危惧II類に分類されており、サハリン、極東ロシア、中国東北部等のユーラシア大陸中部と日本では根室市の根室半島(落石岬のみ)の湿原に生育分布(図-2)しています(高倉・星2003、高倉ら2004)。1930年に落石岬湿原内で自生が確認され、1940年に国の天然記念物に指定されました。樹名の由来は、戦前樺太の南半分が日本領だったとき、その国境付近である「クニザカイ」で発見されたことによるという説があります。
図-1 サカイツツジの開花 | 図-2 サカイツツジの自生地 | 図-3 実生で養苗のサカイツツジ |
シロエゾマツ(Picea jezoensis (Siebold et Zucc) Carrière f. takadae (Tatewa.) Hayashi)はトウヒ属に分類され、樺太と北海道で天然分布が確認されています(久保島・福地1981)。シロエゾマツは、エゾマツ(Picea jezoensis Carrière)の品種または変種とされ、エゾマツの樹皮は帯黒褐色でやや厚く深い裂目が不規則に鱗甲状に生じ、シロエゾマツは灰青色か灰褐色で薄く鱗甲状の裂目がないと報告されています(栄花1981、尼川1994、佐藤2008、廣野2013)。また、エゾマツと比べ初期成長が速くヤツバキクイムシなどの虫害に強く、腐朽菌による被害についても心材と辺材の両方で抵抗力があると言われています(小田島1964)。
シロエゾマツの天然分布は、栄花(1981)らによると、図-4に示す地域となっています。天然分布とされているのは、北海道森林管理局管内の「北海道シロエゾマツ15林木遺伝資源保存林(4.79ha)」、「旭川シロエゾマツ17林木遺伝資源保存林(1.09ha)」(図-5)、「帯広シロエゾマツ11林木遺伝資源保存林3.31ha)」(図-6)及び釧路総合振興局管内の「シロエゾマツ保護林(昭和31年設定17.6ha)」の4林分となっており、各種保護林の情報については表-2のような情報が北海道森林管理局のHPで公開されています。
図-4 シロエゾマツの分布 | 図-5 旭川シロエゾマツ17 | 図-6 帯広シロエゾマツ11 | 図-7 北海道育種場内のシロエゾマツ保存林表示 |
表-2 北海道シロエゾマツ15林木遺伝資源保存林の情報 |
(PDF:84KB) |
ヤチカンバ(図-8)は更別村と別海町の湿原にのみ生息している樹木で、環境省のレッドリストでは、絶滅危惧IB類指定となっており、以前の絶滅危惧Ⅱ類より危機状況が上がっています。この原因としては生息域(群生地)の植生条件と環境要件が大きく変わってきているためと考えられます。永光(2009)の文献によると、別海町では約9万株、更別村の自生地で約3,600株が自生と記載されているのに対し、2013年に別海町教育委員会が行った北海道指定天然記念物「西別海町ヤチカンバ群落地」の調査報告書(別海町教育委員会2013)では、別海町がHa当たり6,500株となっており指定面積が4.6Haで計算すると約3万株、更別村は指定面積3.0Ha内で2,000株を割っています。これらの数値から、明確に激減となっています。歴史的な見地から、更別村では1980年代に農地転換等の理由から排水溝が掘られたと永光(2009)が記載しています。こういった行為から湿原の乾燥が進み生育条件の悪化を招いたと考えられます。
遺伝資源の保存方法は、自生地そのものを保存する生息域内保存(現地保存)と、自生地外に新たに保存場所を設定する生息域外保存(現地外保存)があります。更別村と別海町の生息地の生育環境の保護を出来る限り維持する必要は当然ではありますが、温暖化等の自然条件から絶滅に至ることも考えられます。そのためには、これまでの環境条件に近い場所で後継林分を作るといった考えも持たなくてはなりません。絶滅に近い植物を残す方法としては、適応条件に合った場所に後継樹を移動していくこと、場合によっては、不適地となった自生地をあきらめ適切な環境下の新天地に保存することも選択肢の一つであると考えます。
なお、北海道育種場では、更別村から8クローンと5家系(種子から苗木を生産)の11系統、別海町西別湿原から6系統の採取を行い保存しています。
ヤチカンバの他にも、北海道には日高地方のアポイ岳付近にのみ生息する固有種のアポイカンバ(図-9)の自生地があります。アポイカンバは成熟しても樹高1mほどの低木であり矮性(大きくならない特性を持つ)であり、アポイ岳の特殊な環境に適応した独立種となっています。
図-8 ヤチカンバの分布 | 図-9 アポイカンバ |
希少種の保存が強く求められています。樹種によって増殖方法も手探りとなるため保存に至るまでの道程は長いものの、減少していく種や絶滅に瀕している種の保存が必要不可欠となっていることから、希少樹木の保存の実行に際しては、産学官とNPOを含む民間とのネットワークなど林木育種センターがネットワークの中心となり、情報交換の場となる役割を補って行くことが重要と感じています。
掲載した表や写真のいくつかは、北海道森林管理局のHP(*1)、ヤチカンバ(*2)とアポイカンバ(*3)について森林総合研究所の永光輝義氏がHPに掲載したものを利用させていただいています。
引用文献
1)尼川大録(1994)検索入門 針葉樹 保育社
2)別海町教育委員会(2013)北海道指定天然記念物「西別湿原ヤチカンバ群落地」調査報告書 別海町教育委員会
3)栄花茂(1981)北海道におけるシロエゾマツの分布 北海道の林木育種24(1):38-42
4)廣野郁夫(2013)続・樹の散歩道 シロエゾマツとは
http://www.geocities.jp/kinomemocho/sanpo_shiroezo.html 2015年3月25日閲覧
5)環境省(2012)第4次レッドリストの公表について(おしらせ) 環境省ホームページ https://www.env.go.jp/press/15619.html 2015年3月25日閲覧
6)環境省(2015)(お知らせ)レッドデータブック2014<植物I>の完成・出版について 環境省ホームページ https://www.env.go.jp/press/100724.html 2015年3月25日閲覧
7)久保島泰則・福地稔(1981)トウヒ属:42-51(浅川澄彦・勝田柾・横山敏孝編 日本の樹木種子 針葉樹編林木育種協会)
8)永光輝義(2009)日本の絶滅危惧樹木シリーズ(28)-ヤチカンバ- 林木の育種No. 230:52-53
9)小田島輝一(1964)トドマツ・エゾマツ類の耐朽性 林産試験場月報No.155
10)佐藤孝夫(2008)北海道樹木図鑑 亜璃西社
11)高倉康造・星比呂志(2003)日本の絶滅危惧樹木シリーズ(8)-サカイツツジ- ~生息域外保存とその技術開発の取り組み~ 林木の育種No. 208:30-32
12)高倉康造・坂本庄生・星比呂志(2004)絶滅危惧種「サカイツツジ」の増殖技術の開発 林木の育種特別号2004:34-36
13)湯浅真・植田守・山田浩雄・佐藤亜樹彦・上田雄介・西岡直樹(2014)北方樹種の種子の長期貯蔵 平成25年度北の国・森林づくり技術交流発表会発表集 北海道森林管理局:136-139
14)植田守(2015)樹木学の基礎講座 稀少樹木講座5:北海道における稀少樹木の保全 樹木医学研究 2015 Vol.19 No2:110-15
*1 北海道森林管理局ホームページより www.rinya.maff.go.jp/hokkaido/
*2 森林総合研究所北海道支所ホームページより 永光輝義 氷河期の生き残り:ヤチカンバ 森林総合研究所北海道支所研究レポート77
http://www.ffpri-hkd.affrc.go.jp/koho/rp/rp77/report77.htm
*3 森林総合研究所ホームページより 永光輝義 希少樹種の現状と保全 樹種ごとの現状と保全策 6.アポイカンバ http://www.ffpri.affrc.go.jp/labs/raretree/6_BAindex.html
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