更新日:2017年8月29日

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「国産材バット」の持続的生産に向けたアオダモの育種

福田 陽子
国立研究開発法人 森林研究・整備機構 森林総合研究所 林木育種センター 北海道育種場 育種課 主任研究員

1. はじめに

   アオダモ(Fraxinus lanuginosa Koidz.)は、北海道から九州まで広く分布する亜高木性の落葉広葉樹です。中でも北海道産のアオダモは、強度が高く弾力性に富むことから、高品質のバット材として知られています。しかし、成長が遅くバットとして利用できるまでには70〜80年程度かかる上に、シカに好まれ食害を受けやすいこと、ササによる更新阻害などの理由から、近年では資源の減少が危惧されています。このためアオダモ資源の持続的な利用に向けて、北海道森林管理局、北海道庁、北海道大学、NPO法人「アオダモ資源育成の会」を中心として、アオダモの人工造林が進められています

 北海道育種場では、バット材としてより優れた苗木を生産するため、優良なアオダモ遺伝資源の収集やさし木苗および実生苗の効率的な生産手法の開発を進めてきました1)2)3)。また、現在制限のない苗木の配布地域について検討するため、葉緑体DNA塩基配列の地理的な変異や種子の産地による成長パターンの差異についても研究を進めています4)。本稿では、マルチキャビティコンテナを利用したアオダモ実生苗の育成手法に関する研究成果と産地試験地の概要についてご紹介します。

2. コンテナを利用したアオダモ実生苗の育成

 近年、植栽時期を選ばないこと、植栽後の活着が良好であることから、様々な樹種でコンテナ苗が利用されています。北海道育種場においても、エゾマツやトドマツなど主要林業樹種のコンテナ苗の育成方法について研究を進めてきました。アオダモの造林では、山引き苗や種子から育てた実生のポット苗を植栽するのが一般的ですが、一般市民が植栽する機会が多いため、コンテナ苗のメリットが生かせると考え、アオダモについてもコンテナを用いた育苗手法の検討を行いました。5月に育苗用バットに播種して発芽させたのち、7月にピートモス:バーミュキュライト:黒土=1:1:1の比で混合した用土を入れたマルチキャビティコンテナに移植したものをビニールハウスと野外でそれぞれ、1年に1度春に固形肥料(マグアンプK)を施肥する、または2週間に1度液肥(ハイポネックス)を与える2通りの方法で施肥を行う計4条件で3年間育成し、その成長経過(苗高、地際径)と苗木の形状比(落葉後に測定したため、葉を除く地上部の乾重量/地下部の乾重量で算出した。以下、TR比とする)を調べました。その結果、苗高はハウス内で液肥を与えて育成したものが最も高くなる一方で、地際径は野外で液肥を与えて育てた場合に最も大きくなりました(図-1)。TR比を見ると、ハウスで液肥を与えたものが最も高く、野外で固形肥料を与えたものが最も低いという結果でした(図-1)。

 一般的にアオダモの人工造林に利用されているのは、苗高40〜50cm程度の5年生実生苗です。本研究の結果から、コンテナを用いて適切に管理すれば、山出しまでの育苗期間を1〜2年短縮できることが明らかになりました。最も苗高の成長が早いハウスでの液肥による育苗ではTR比が高いため、活着率が低くなることが懸念されましたが、これらの実生苗を植栽した産地試験地(千歳市)では良好な成績が得られています。

 

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図-1. マルチキャビティコンテナを使用したアオダモ実生苗の成長

 

3. 北海道内におけるアオダモの産地間変異

 北海道においてアオダモは、胆振、日高、十勝、釧路地方など太平洋沿岸地域を中心に広く分布しています。アオダモには着花(果)に顕著な豊凶があり、その間隔も5〜8年と長いため、安定的に苗木を供給することが困難な樹種です。このため、人工造林に使用する苗木は広い地域で流通する可能性が高いと考えられますが、主要造林樹種と異なり種苗の配布区域の設定がありません。しかし、環境の異なる地域で生産された種苗を植栽すると、植栽された地域の環境に適応できずに枯死する、あるいは成長が悪くなる可能性があります。自生集団との交雑が進み、遺伝子攪乱が起きる可能性も考えられます。このような事態を避けるため、遺伝子レベルでの地理的変異を調べるとともに、道内各地で採取した種子から苗木を育て、産地試験地を造成して成長の産地間の違いを調べています4)

 大豊作だった2007年に、北海道育種場内(江別市)、九州大学北海道演習林(足寄町)、苫小牧市、日高町、むかわ町、釧路町の国有林内で採種し、その実生苗をココナツファイバーポットまたはマルチキャビティコンテナ(JFA300)で育成したのち、新冠町および千歳市の国有林内と北海道育種場内に各産地4〜11家系を植栽した産地試験地を設定しました(図-2)。現在、新冠町の産地試験地は設定後6年目、千歳市および北海道育種場内の産地試験地は4年目を迎えていますが、現在のところ、新冠町および千歳市の産地試験地において成長(苗高)に家系間の差異が認められるものの(nested ANOVA, p<0.01)、いずれの試験地においても産地間の差異はないという結果が得られています(nested ANOVA, p>0.05、図-3)。

 また、北海道内12林分を含む全国66林分で収集したアオダモ個体について葉緑体DNAの塩基配列を比較した結果では、全国で7種類のハプロタイプが検出されました。一方で、北海道では変異が検出されなかったことから、道内のアオダモの産地間変異は小さいものと推定されます。ただし、採種にあたってはある程度密度が高い林分で複数の個体から採種するなど、遺伝的多様性の維持に留意する必要があるでしょう。また、凶作年には充実率が低い一方で3)、比較的長期間の種子保存が可能であることから5)、豊作年に大量に採種し、保存した種子を計画的に利用することも重要です。

 先述の通り、アオダモはシカの食害を受けやすいため、新冠町および北海道育種場の産地試験地では試験地を囲むシカ柵を設置しており、千歳市の産地試験地では個体ごとにシェルターを取り付けて保護しています(写真)。シェルターの設置により、シカの害だけではなく下刈り時の誤伐や下草との競合も抑制できるため、千歳市の産地試験地では他の試験地と比較して成長が良く、新冠町の産地試験地では5年生時の健全個体の苗高平均値が80cmであるのに対し、千歳市の産地試験地では3年生時の苗高平均値は111cmであり、植栽後の保育の重要性が示唆されます。

 

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図-2. 種子の採取地と産地試験地の位置(採種地をオレンジ、産地試験地を黄色の点で示した。)

 

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図-3. 産地試験地における苗高の産地間変異(新冠:4年次、江別:4年次、千歳:3年次)

 

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写真 千歳産地試験地に設置したシカ対策のシェルター

 

 

おわりに

 アオダモは比較的育苗の容易な樹種だと言えますが、マルチキャビティコンテナを利用し育成条件を最適化することによって、育苗期間を短縮できることが分かりました。また、北海道内では葉緑体DNA塩基配列、初期成長ともに産地間変異が小さいことから、比較的広範囲で種苗の移動が可能だと考えられます。今後は産地試験地の継続的な調査を通して、成長の産地間変異の推移を調べるとともに家系間の差異についても明らかにし、これまでに収集した優良クローンの普及の可能性についても検討を進めたいと考えています。

 最後になりましたが、材料の収集および試験地の設定、管理に当たっては北海道森林管理局を始め多くの方々にご協力いただきました。ここにお礼申し上げます。

 

引用文献

1)高倉康造(2007)バット材に適するアオダモの保存. 林木遺伝資源情報71.

2)飯田玲奈, 福田陽子, 阿部正信, 田村明, 西岡直樹(2009)技術移転を指向したさし木増殖の試みと古紙コンポストの利用効果. 北海道の林木育種51(2): 16-20.

3)福田陽子(2012)北海道育種場内のアオダモ天然集団の開花周期と結実状況. 北海道の林木育種55(2): 19-22.

4) 福田陽子(2017)北海道内におけるアオダモの産地間変異−葉緑体DNAおよび初期成長における変異−. 北方森林研究65: 43-46.

5)滝谷美香(2008)アオダモを種子から育てよう. 北海道立林業試験場.

 

お問い合わせ

所属課室:森林総合研究所林木育種センター遺伝資源部

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