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更新日:2020年3月25日

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絶滅危惧種オガサワラグワの保全に向けた取組み

磯田圭哉
国立研究開発法人 森林研究・整備機構 森林総合研究所林木育種センター 遺伝資源部

 

 

1.小笠原諸島

 小笠原諸島は東京の南約1,000Kmの太平洋上に浮かぶ島です(図-1)。島の誕生以来一度も大陸とつながったことのない海洋島で、独自に進化した固有種が数多く生息しています。東洋のガラパゴスともいわれ、2011年には世界自然遺産に登録されました。一方で、小さな海洋島であることから、環境の変化や新たな生物の侵入に大きく左右されやすく、明治初期の開拓期や、その後の人間活動によりもたらされた直接的・間接的影響で、多くの固有種が絶滅の危機にさらされるようになりました。

 

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図-1 小笠原諸島の位置

2.オガサワラグワ

 オガサワラグワ(Morus boninensis Koidz)も小笠原諸島の固有種で、絶滅の危機にある種の一つです(図-2)。オガサワラグワはクワ科の落葉高木で、小笠原の原生林の一つである湿性高木林の林冠を構成する樹種です。材は硬く耐久性が高く緻密で木目が美しいため家具や工芸用として重用され、希少であったことから非常に高値で取引されたといわれています。一説によると明治の開拓期に千人の木こりが10年でほぼ伐りつくしたといわれています。現在も、湿性高木林の中にはとても大きなオガサワラグワの切株を見ることができます(図-3)。乱伐による個体数減少に加え、薪炭材として導入されたアカギ等の外来樹種が野生化し、オガサワラグワの生育地を奪っていきました。また、養蚕のために導入されたシマグワが父島と母島では大量に野生化し、オガサワラグワと交雑するようになり、純粋なオガサワラグワの種子がほとんどできなくなりました。幸いにも弟島にはシマグワが侵入していなかったため、弟島では交雑が起こっていませんでした。おかげで弟島ではわずかにではありますが稚樹が発見されています。このように、本数の減少(個体密度の減少)、生育地の変化、交雑問題により、弟島でわずかに起こっている以外、オガサワラグワが天然更新する可能性がきわめて低くなりました。このような歴史を経て、オガサワラグワは現在父島、弟島、母島の3島に百数十個体を残すのみとなっています。更新の可能性が低いことから、これら現存個体の枯死が絶滅に直結する可能性が高いと考えられます。環境省のレッドリストでは絶滅危惧IA類(ごく近い将来における野生での絶滅の危険性が極めて高いもの)に分類されています。オガサワラグワについて森林総合研究所のホームページにもより詳しく解説されています(https://www.ffpri.affrc.go.jp/labs/raretree/8_MBindex.html)。

 

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図-2 オガサワラグワ原木と葉                      図-3 オガサワラグワの巨大な切株
 

 

3.生息域外保存

 このようなオガサワラグワの危機的状況から、林木育種センターでは平成14年にオガサワラグワの組織培養による保存法の開発を行い、培養体としてオガサワラグワを保存できるようになりました(図-4)。平成16年からは林木ジーンバンク事業の一環として開発した技術を用いて、オガサワラグワの生息域外保存を進めてきました。現在、既に現地では枯死してしまった個体を含む約100クローンを保存するに至りました(板鼻2019a)。

 

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図-4 オガサワラグワの組織培養

 

 

4.保存クローンの現地への植栽

 組織培養により増殖したクローンは、林木育種センター内で保存するだけでなく、小笠原諸島内への植栽にも供しています。平成14年からは、関東森林管理局との共同事業として、母島の桑ノ木山国有林内のアカギ駆除地に、オガサワラグワ等の絶滅危惧種をはじめとする母島内の希少種や固有種等を集約的に植栽する「母島希少樹種等遺伝資源保存事業」を開始しました(図-5)。保存林には13樹種が植栽されており、毎年その成長量の調査を行っています。これまでの結果では、絶滅危惧種等の希少樹種は広域分布種に比べて生存率が低いことが分かってきています(磯田ら2019a)。

 

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図-5 母島希少樹種等遺伝資源保存林

 

 平成26年からは、組織培養したオガサワラグワを父島に植栽する「野生復帰試験」を関東森林管理局との共同で実施しています(図-6)。国有林内と森林総研の試験地内に合計4カ所の野生復帰試験地を造成し(図-7)、組織培養苗の輸送、馴化、植栽、管理の方法を検討しました。これにより輸送時の注意や馴化方法、植栽や管理についての知見が得られました(磯田ら2019b)。

 

 

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図-6 オガサワラグワ培養苗の野生復帰手順

 

  

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図-7 オガサワラグワ野生復帰試験地

 

 平成30年は、戦後米軍統治下にあった小笠原諸島が返還されて50年にあたることから、さまざまな記念事業が行われました。記念事業の一環として小笠原村が村民の森づくりを行いました。父島の「オガグワの森」、母島の「ハハモリ」と名付けられた村有地に、村民の手で組織培養苗が植栽されました(図-8)。自生地に近く、村民にとっても身近な生息域外保存地としてオガサワラグワの保全にとって重要な位置づけになります(磯田2019a)。

 

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図-8 オガグワの森植樹会

 

5.各地の植物園での保存・展示

 これまで林木育種センターのみでオガサワラグワを保存してきましたが、本来であれば、このような貴重な遺伝資源は複数の場所で分散保存することが滅失のリスクを減らすために望ましいといえます。そこで、平成31年から日本植物園協会と小笠原村との共同事業として「オガサワラグワ里親計画」を開始しました。この事業では、日本植物園協会に所属する各地の植物園が里親となって、オガサワラグワを保存・展示することで、分散保存と同時にオガサワラグワ保全のPRをしています(磯田2019b)。令和2年3月現在、全国7カ所の植物園等で保存されており、そのうち、東京都立神代植物公園(図-9)、環境省新宿御苑、東京薬科大学薬用植物園、名古屋市東山植物園、尼崎市都市緑化植物園(図-10)の5カ所で一般公開されています。

 

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図-9 神代植物公園でのオガサワラグワ苗木の受渡し                    図-10 尼崎市都市緑化植物園での展示

 

 

引用文献

磯田圭哉(2019a)小笠原諸島返還50周年記念事業 「オガグワの森プロジェクト」植樹会.林木育種情報30:6

http://www.ffpri.affrc.go.jp/ftbc/business/issue/documents/30-5.pdf

磯田圭哉(2019b)オガサワラグワ里親計画.植物園と市民で進める植物多様性保全ニュースNo.28:1-2

http://www.syokubutsuen-kyokai.jp/business/dl_files/hozen_news_28.pdf

磯田圭哉・板鼻直榮・安部波夫・弓野奨・増山真美・生方正俊(2019a)小笠原母島希少樹種遺伝資源保存林における保存樹木の生育経過.森林遺伝育種学会第8回大会講演要旨集:15

磯田圭哉・板鼻直榮・生方正俊(2019b)小笠原諸島父島における絶滅危惧種オガサワラグワの野生復帰試験.関東森林研究71-1(印刷中)

板鼻直榮(2019a)オガサワラグワのクローン増殖と組織培養苗の植栽.森林科学86:23-26.

板鼻直榮(2019b)オガサワラグワ里親計画.林木育種情報31:6

http://www.ffpri.affrc.go.jp/ftbc/business/issue/documents/31-5.pdf

 

 

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