フィリピンにおける熱帯産タケ林の育成に関する生態的考察

内村悦三

摘要

 タケは熱帯から温帯にかけて広範囲に生育しており,その種類も多い。なかでも南北両回帰線にはさまれた低海抜高の熱帯にはクランプ型(連軸型もしくは株立ち型)のタケ類がみられるほか,高海抜高地帯ではノン・クランプ型(単軸型もしくは散稈型)のタケ類がみられるなど分布と生態の上から極めて興味深い地域ということができる。熱帯地域のうちでも北緯15゜から25゜に拡がる熱帯アジアの一部には大面積の天然性タケ林がみられ,各国で紙やレーヨンパルプ資源のほか農林水産業資材,構築材料などとして大量に使用されており,さらに良質材は雑貨用品や工芸品として加工されている。ところが搬出の容易な農家林や資材用の林分では過伐や保育を無視した伐採がおこなわれている。したがって,森林資源を確保し,環境の保持をおこなうためにも先進の育林技術を導入して施業の改善をはかり,あわせて有用種の造成林分の育成を望む声が各国で高まりつつある。本報告はこうした情況下にあり,かつタケの研究と利用に深い関心を示したフィリピン国林産研究所(FORPRIDECOM)と農林水産省熱帯農業研究センターの研究協力のもとで昭和508月より2か年間現地で実施した研究成果の一部をとりまとめたものである。なお表題に示した熱帯産タケ類とは数理気候のうえで定義づけられている熱帯で,しかも月平均気温18℃以上の地域に自生しているタケ類であり,そのほとんどがClump forming type(連軸型)のものである。
 本報告では,まず,タケの分布を他の地域における熱帯産タケ類の立地条件と対比し,その生態上の特徴を究明した。すなわち,立地要因を緯度,標高,気温,土じょうなどから考察した結果,フィリピンにおけるタケの林分は農業開発によりかなり破壊されており,本来の林分形態が北部ルソンでみられるに過ぎないことが明らかになった。一方,これまでフィリピンには830種のタケが確認されていたが,今回の調査により数種の導入種を見出すことができ,なかでも幾種かはすでに現地に適応して林分となっている。こうしたことから現在少なくとも1248種は生育していることがわかった。しかし,分布範囲が広いわりに,生産量や利用度の高い有用種はごく少なく,それらですら生態的特性の未知の点が少なくない。いま有用種の分布についてみると,熱帯産タケ類では日照量と降水量に影響されていることが明らかで,とくに雨期と乾期が明確な地域や裸地化した場所ではBambusa blumeanaが優占種となる。Bambusa vulgarisSchizostachyum lumampaoは樹木と混生し,傾斜地や小さな尾根近くの日陰地でよく生育している,さらにGigantochloa levisは谷筋もしくは湿度の高い日陰地で生育が良い。ただB. blumeanaは前記のほか湿度の高い低地でも林分をなしていてその適地は広い。
 成長過程に関する基礎的調査 B. vulgarisおよびB. vulgaris var. striataを供試材料として実施したところ,成長日数の長いタケでは稈の総成長も長くなる傾向がみられ,成長曲線は降水量と養分補給に関係する。すなわち,雨期の初めに発生するタケは成長日数が短く,稈長も短いが後半に発生するものほどそのいずれもが長くなる。こうした傾向は短期間に集中的にタケノコを発生する散稈型の温帯産タケ類と異なった特徴といえる。さらに熱帯産タケ類は一般に温帯産のものに比べて成長日数が長く,形状比も胸高直径の増加とともに大きくなる。一方稈の形状は種類によって異なるが,概して地ぎわが肉厚の種類でも地上3m附近から急激に稈壁が細くなる傾向がみられる。
 生産量 熱帯産タケ類の蓄積量の推定や林分構造を知るための資料として地上部各部分の合水率を求めたところ,稈については一般に基部で高く,中央部に相当する樹冠の下部から先端部へ移るにつれて減少する。つぎにD2Hと稈乾重量との間には相対成長関係が認められた。一方,天然林におけるクランプ配置とクランプを構成するタケの生育状態にもとづき生産構造図を求めた。その結果,B. blumeanaS. lumampaoでは地上物全体に占める稈の割合は多く,B. blumeanaでは枝葉量の垂直的配分が比較的均等であるが,B. lumampaoではこれが稈の上方部に集中しており,限られた光を十分に利用していることがわかった。B. vulgarisについては稈の生産量に対して枝葉量が多く,このため稈はクランプの外側へ倒れるように拡がり,全体として大きな樹冠を構成している。地下茎や根茎量は温帯産のものに比べて少なく,稈重量のほぼ30%を示し,全生産量に対する稈の重量比は6070%となる。
 これらの結果から現存量は地上部合計でヘクタールあたりの乾重量(トン)がB. blumeana143B. vulgaris106S. lumampao66となり,年生産量は同様に302015,また本数で1,9002,2502,500と推定される。
 熱帯産タケ類の増殖 タケ類は突然に有性繁殖するが,通常は無性繁殖で更新している。このため増殖にはこれら両者を利用しうるが,有性繁殖の場合は開花結実が前提となる。一方,無性繁殖法としては株分け,さしき,とりきがあり,いずれも母材の形質がそのまま受継がれるという利点がある。ただ温帯産のタケ類では地下茎が長く,しかも稈がランダムに生育しているため株分けをおこなっても母材におよぼす影響は少ない。しかし熱帯産のタケ類では地下茎が短く,稈の下部の芽子がそのまま稈に生育するため,株分けを実施すれば限られた母材から大量に増殖することができないばかりか,母材を傷つけ痛めるなど悪影響も大きい。したがって熱帯産のタケ類ではさしきやとりきが可能であるため,むしろこうした増殖法の技術を体系化することが必要と思われる。ただ,この両者を比較した場合実用性の高いさしきの方がより大切であると思われるので本稿ではさしき試験についてのべることにした。
 供試材料はB. vulgarisを使用し,(1)さしき材料の年齢に関する試験,(2)さしつけ方法別試験,(3)材料採取時期試験,(4)材料の部位と活着後の生育調査などを実施した。これらの結果,養分補給量の多い雨期の後半に発生する生育良好な,しかも成長完了後1年未満の若い稈を用いること,さらに活着率の高い稈の基部もしくは中央部にいたる部分が材料としての最適条件を具備したものということができ,先端部やその附近では活着率が低下する。活着後における地上稈の生育は基部,中央部,先端部の材料採取順に悪く,各部位における差は大きい。
 さしつけには中央部に1節をつけ,その前後の中央部を切断するのみで材料となるが,空洞内に泥土を入れ,地中20cm程度に水中にさしつける。これは水平ざし(埋稈)が垂直さしや斜ざしよりも生育,発根量などがすぐれたという結果によるものであり,垂直ざしをおこなう場合でも節の位置を地中深くさしつける必要がある。
 さしきの発根率はタケの種類により異なるが発根率の低い種類ではホルモン処理が必要であり,B. vulgarisではI.B.A.処理による効果が認められた。なおこの種のさしき試験についてはさらに追究すべき問題点が多い。
 一方,有性繁殖に関しては数種の熱帯産タケ類の開花過程と実生苗の生育状況,施肥試験などについて述べたが,これらはタケの種類のほか種子によっても生育状況が相違した。しかし,開花後クランプ全体が完全に枯死する種類では種子の結実量が多く,その発芽率も高い。反面,クランプの一部が未開花で生育を続ける種類は結実量が極めて少なく,発芽率も低い。また開花時期は多くの場合11月から2月頃にかけてみられ,5月から8月にかけて結実する。
 熱帯産タケ類の育成 さしきによる育成過程についての調査結果はこれまで全くなかったので,タケの更新とクランプの拡がりを追跡した。すなわち,さしき後2か年経過したクランプの掘取り調査をおこなったところ,タケノコの発生は初年度4回おこなわれており,第1回はさしつけ後2週間目に,第2回はその後1か月目に,第3回はさらに2か月目に,そして第4回はさらに2か月後に発生している。このように地上茎は発生過程とともに直径,稈長を増大し,満1年後に最初に発生した稈に比べて直径で3.2倍,稈長で4.5倍を示した。第2年度にはさらに稈の更新がすすみ,稈の発生はほぼ2か月目ごとにおこなわれ,地下茎の分岐も認められた。そして年度最後の段階では直径はもとの5.1倍,稈長は7.4倍となり,さしき材料と同一形状にまで生育した。こうした調査の結果,さしき後5年目には利用可能な稈生産がおこなえるものといえる。これに対して実生苗による更新はさしきに比べて遅い。ただ,施肥などの効果が認められるので,今後こうした処理を併用した育成技術も追究する必要がある。
 最後に各種の調査および試験結果から熱帯産タケ類の研究や育成に関する問題点にふれ,23の指針をのべた。

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