火山灰に由来する森林土壌の過去の植被 第1報

−八甲田山の黒色土,褐色森林土およびポドゾルの花粉分析結果について−

河室公康,鳥居厚志

   摘要

 わが国の火山山麓には,同じ火山灰を母材としながら黒色土のほかに,褐色森林土およびポドゾルなど がモザイク状に分布する例が多い。黒色土の成因については,過去の植被が草原であったとする説がある。しかし,この黒色土草原説の検 証を含めて,土壌の成因と過去の植被との関係を調べた研究は少ない。
 筆者らは,八甲田山の高田大岳南麓緩斜面において,そこに分布する黒色土,褐色森林土,ポドゾルおよび泥炭土の花粉分を行い,黒色 土草原説の検証を試みた。
 供試した各土壌断面中には,明瞭な2枚の火山灰層が認められる。その一つは約1,000年前に噴出したとされる十和田a火山灰であり,もう 一つは約4,000年前に噴出したとされる中掫浮石である。十和田a火山灰の上には厚さが10pを越えるA層が発達し,十和田a火山灰と中掫浮 石との問には20〜30pの埋没A層が発達する。このA層および埋没A層の花粉分析を行い,次の諸点について検討した。
(1)37年生スギ人工林下で,現生スギ花粉の土壌中への沈下・侵入の状態を調べた。その結果,土壌の花粉組成中に現生スギ林の影響が 見られたのは表層下3pまでであった。
(2)各供試土壌の現植被と表層土(A層上部)の優勢花粉との関係を調べた。
 その結果,トチノキ天然林,ブナ天然林および樹齢の高いスギ人工林の現植被と表層上の優勢花粉との関係は一致したが,樹齢の低いス ギ人工林およびカラマツ人工林では一致しなかった。
 樹齢の低いスギ人工林については,未だ開花時期に到っていないためと考えられたが,カラマツ人工林下でカラマツ花粉が優勢でない理 由については明らかにしえなかった。
(3)各供試土壌の花粉組成が過去の植被変遷を反映したものであるかどうかを検討するために土壌の花粉ダイアグラムと泥炭のそれを比 較した。
 その結果,各土壌のFagus,Quercus,Pinus,CryptomeriaおよびAlnusなどの風媒花粉は,泥炭とまったく類似の出現傾向 を示した。八甲田山に数多く在る泥炭の各花粉分析結果において同じ時代のPinus,CryptomeriaおよびAlnusの花粉出現傾向 は基本的に一致しており,土壌のそれも同様であったことから土壌花粉も泥炭と同様に過去の植被変遷を反映したものと考えられた。
(4)各供試土壌の花粉ダイアグラムからそれぞれの土壌の過去4,000年の植被を推定した結果,褐色森林土とポドソルのそれは一貫してブ ナ林もしくはトチノキ林であったが,黒色土のそれは疎林もしくは草原であったことが分かった。

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