フィリピンの森林病害調査とその病原微生物の分類・同定(英文)

小林享夫,Enriquito D.deGuzMAN

   摘要

 フィリピンにおいては300万から400万haにも及ぶといわれる荒廃草地や 放棄牧場地の緑化・再造林が,天然本材資源の枯渇により大きな課題として取り上げられてきた。天然資源省 の下部組織である林業局(Bureau of Forest Development)においても,国策のもと独白に森林造成を進めて きたが,近年はさらに欧米や日本など先進諸国の経済的・技術的援助を受けつつ,国土緑化に一層精力的に取 り組んでいる。
 しかしながら,苗畑造成や人工造林が急激に進められるにつれ,いっぽうでは病害虫などの生物被害の発生 もまた大きな増勢を示してきた。フィリピンの人工造林の歴史は1930年代からみられ,苗畑を含めた森林病害 の記録と防除の試みも,決して多くはないが文献に残されている。けれども近年の急激な森林造成面積の増加 とそれに伴う病害発生の増大には,フィリピン大学(College of Forest,University of the Philippines) と森林研究所(Forest Research Institute)各1〜2名の樹病研究者だけでは対応しきれないのが実状であった。
 たまたまフィリピン大学と熱帯農業研究センター(日本)との研究協力の中でルソン島中北部のケシヤマツ 枯損原因解明がとりあげられ,1977年に著者の一人小林が短期派遣研究員として3カ月問フィリピン大学に滞在 し,併せて森林病害の調査と病原微生物の分類・同定の研究を共著者のde GUZMANと協力 して行う機会を持つことができた。その後,1985年2月までに3回ほど国際協力事業団(日本)の短期派遣専門家 としてフィリピンに滞在する機会があり,その中でもフィリピン大学と連絡をとって共同調査研究を行うことが できた。
 調査はフィリピンのルソン島,セブ島,ミンダナオ島の38地区において行われ(Fig.1),樹本病害の調査・ 観察と病害標本の採取がなされた。採取標本は主としてフィリピン大学林学部の樹病学教室と,パンタバンガン 地区日比林業技術協力プロジェクトの事務室とにおいて,スライド標本作成と顕徴鏡検査を行い,必要なものは フィリピン大学において分離培養を行った。一部の措葉およびスライド標本と培養は横浜植物防疫所(農林大臣) の許可をうけて林業試験場樹病研究室(東京・目黒区および茨城・茎崎町)において分類・同定の研究に供した。 さらに一部の病害についてはフィリピン大学と林業試験場において人工接種実験による病原性の確認を行い,ま たフィリピン大学およびパンタバンガン地区日比林業技術協力プロジェクトの苗畑において防除の実験も行った。
 現在まで分類・同定が終ったもののうち森林病害として重要なものについては逐次公表してきたし(小林1977a, 1978a〜d,1979,1980a〜c,1981;小林・GUZMAN1978,1985,1986a〜c;小林・陳野1983, 1984;小林ら1977,1979,1982;周藤ら1978)まだフィリピン大学において病原性確認を行っているものもあるが, フィリピンを始めとする東南アジア諸国において人工造林拡大に伴う森林病害の発生が増大していることもあり, これらの病害防除のための基礎資料として未報告の分を含めて1977年以来10年間の研究結果をとりまとめたもの である。
 Table1から5に示されるように,本調査においては,ルソン・セブ・ミンダナオ3島の38地区における30科61属76 種の木本植物から273点の病害標本が採取記録され,それらは134種類の病気と2種類の重複寄生菌とに類別された。 その中ではルソン島が最も多く,43属53種の樹木上に192点の病害試料が得られ,全体の70%を占めた。ついでミン ダナオ島では12属13種の宿主上に45点(16%)の標本がえられ,セブ島では25属26種の宿主上に36点(13%)の試 料が採取された。土壌病害と胴・枝枯性病害が各19種類ずつで各14%を占め,広葉や針葉に発生する斑点性ないし 葉枯性病害が96種類で72%を占めた。これらのうち49樹種上の80種類(60%)の病気がフィリピンで新たに記録さ れた新病害であった。その内訳は次のとおりである(*は新病名,同一病原で複数の宿主がある場合は 宿主の方に*を付けた)
土壌病害:
 マツ類(ウーカルパマツ・カリビアマツ・ケシヤマツ・スラシュマツ)の微粒菌核病(Macrophomina
 カリビアマツの林地根腐病(Pythium sp.
 ウスバギリの根こぶ線虫類(Meloidogyne incognita
 グアバの根こぶ線虫病*Meloidogyne sp.
胴・枝枯性病害:
 アカシアマンギウムおよびモルッカネム*のボトリオディプロディア胴枯病(Botryodiplodioa theobromae
 イエローシャワーの枝枯病*Diatrypella favaceaおよびValsa kitajimana
 ウスバギリのさめ肌胴枯病(Botryosphaeria dothidea
 ウスバギリ・カマバアシアおよびモルッカネム*の胴枯病(Diaporthe eres
 オオバマホガニーの茎枯病(Botryodiplodia theobromae
 カリビアマツの茎枯病*Calonectria pini-caribaeae
 ケシヤマツの青変病(Ceratocystis ips
 ナラ(インドシタン)の枝枯病*Phaeoisariopsis sp.
 ナラの枝枯炭そ病*Glomerella cingulata
 ナラの茎枯病*Nectria sp.
 ユーカリ(バグラス)の黄色胴枯病*Cryphonectria nitschkei
斑点性および葉枯性病害
 アローカリアの褐色葉枯病*Phyllosticta brasiliensis
 メキシコラクウショウの赤枯病(Cercospora sequoiae
 マツ類(ウーカルパマツ・カリビアマツ・ケシヤマツ・メルクシマツ)の葉枯病(Cercospora pini-densiflorae
 カリビアマツの黒線葉枯病*Volutella pini-caribaeae
 ケシヤマツのペスタロチア葉枯病(pestalotiopsis disseminata
 メルクシマツのマクロホマ葉枯病(Macrophoma micromegala
 アカシアマンギウム・タマリンド・レインツリーおよびレモンユーカリのうどんこ病(Oidium sp.
 アジサイ・イピルイピル・カリビアマツ・ランソネスの炭そ病(Glomerella cinguiata
 アボカドの褐紋病(Cercospora purpurea
 アメダマノキ(イバ)のさび病(Caeoma sp.
 イピルイピルの黄葉病(Exosporium leucaenae
 イピルイピルおよびナラ(インドシタン)の炭そ病(Colletorichum truncatum
 インドソケイの褐斑病(Cercospora plumeriae
 インドナツメの褐点病*Cercospora zizyphi
 ウスバギリの斑点病(Ccrcospora paulowniae
 カシューナッツのペスタロチア病*Pestalotiopsis adusta
 カトアンバンカルの線毛褐斑病(Phaeoisariopsis anthocephala
 カホイダラガの褐色輪斑病*Cercospora philippinensis
 カマバアカシアのすす病(Meliola koae
 カムリンの褐斑病*Phyllosticta microcosi
 キダチヨウラク(ヤマネ)の褐斑病(Cercospora gmelinae
 キダチヨウラクのすす病(Meliola clerodendricola var.micromera
 キダチヨウラクの灰斑病(Guignardia gmelinae
 キョウチクトウの雲絞病(Cercospora kurimaensis
 グアバのペスタロチア病(Pestalotipsis heucherae
 クチナシの黄斑病(Mycosphaerella luzonensis
 セアララバーの斑点病(Cercospora henningsii
 タケ(バヨ)の葉さび病(Puccinia sp
 チークのさび病(Olivea tectonae
 ナラ(インドシタン)の褐斑病(Cercospora pterocarpicola
 ナラの黒点汚斑病*Robillarda trachycarpi
 ナラの汚斑病*Ellisiopsis gallesiae
 バチノの褐斑病(Cercospora alstoniae
 パパイアの黒粉病(Asperisporium caricae
 ハンノキ類(ハンノキ・マレーハンノキ・ネパールハンノキ)の褐斑病(Septoria alni
 ハンノキ類(ハンノキ・マレーハンノキ)のさび病(Melampsoridium hiratsukanum
 ファイヤーポールのペスタロチア病*Pestalotipsis langloisii
 フィリピンアブラギリのすす病(Asterina punctiformis
 ヘンナの褐斑病*Cercospra lawsoniae-albae
 マラカツライのさび病*Ravenelia berkeleyi
 マンゴーの灰斑病(Macrophoma luzonensis
 マンゴーのすす病(Antennellopsis
 モラベの褐斑病(Cercospora viticis
 ユーカリ(バグラス)の褐斑病(Cercospora eucalypti
 ユーカリの黒粉斑点病(Phaeoseptoria eucalypti
 いっぽう,61属76種の宿主樹木上において,2種の重複寄生菌を含め55属87種の病原体が区別された。これらの 中では菌類が最も多く,50属81種と93%を占め,線虫・藻類など他は7%と僅少であった。菌類の中では不完全菌 類が最も多く,20属44種と54%を占めた。ついで子のう菌類の17属21種(26%),坦子菌類の12属15種(19%)で, 鞭毛菌類はわずか1属1種にすぎなかった。この調査の中で既知種に該当するものがなく,フィリピンをタイプロカ リティに新種新病菌として記載したものが以下のように10種を数えた。
 Calonectria pini-caribaeae(カリビアマツ茎枯病菌)
 Cercospora alstoniae(バチノ褐斑病菌)
 C.philippinensis(カホイダラガ褐色輪斑病)
 Guignardia gmelinae(キダチヨウラク灰斑病菌)
 Macrophoma luzonensis(マンゴー灰斑病菌)
 Mycosphaerella luzonensis(クチナシ黄斑病菌)
 M.piliostigmatis(アリバンバン褐斑病菌)
 Phaeoisariopsis anthocephala(カトアンバンカル線毛褐斑病菌)
 Phyllosticta microcosi(カムリン褐斑病菌)
 Volutella pini-caribaeae(カリビアマツ黒線葉枯病菌)。
 これらの新種のほかにフィリピンで初めて記録された菌類は24属37種におよび,新種と合わせると54%を占める。 フィリピン産新記録種は次のとおりである。
 Antennellopsis vulgaris(YAMAMOTO)BAT.et CIF.(マンゴー)
 Asperisporium caricae(SPEG.)MAUBL.(パパイヤ)
 Asterina punctiformis LEV.(フィリピンアブラギリ)
 Botryosphaeria dothidea(MOUG.ex FR.)CES.et de NOT.(ウスバギリ)
 Ceratocystis ips(RUMB.)MOREAU(ケシヤマツ)
 Cercospora eucalypti CKE.et MASS.(ユーカリ)
 C.gmelinae YEN et GILLS(キダチョウラク)
 C.kurimaensis FUKUI(キョウチクトウ)
 C.lawsoniae-albae THIRUM.et GOV.(ヘンナ)
 C.paulowniae HORI(ウスバギリ)
 C.pini-densiflorae HORI et NAMBU(ウーカルパマツ・カリビアマツ・ケシヤマツ・メルクシマツ)
 C.plumeriae CHUPP(インドソケイ)
 C.pterocarpicola YEN(ナラ)
 C.purpurea CKE(アボカド)
 C.sequoiae ELL.et EV.(メキシコラクウショウ)
 C. viticis ELL. et EV.(モラベ)
 C. zizyphi PETCH(インドナツメ)
 Cryphonectria nitschhei (OTTH) BARR(ユーカリ)
 Diaporthe eres NIT.(ウスバギリ・カマバアカシア・モルッカネム)
 Diatrypellafavacea (FR.) CES. et de NOT.(イエローシャワー)
 Ellisiopsis gallesiae BAT. et NASCIM.(ナラ)
 Exosporium leucaenae STEV. et DALB.(ジャイアント・イピル・イピル)
 Lophodermium australe DEARN.(カリビアマツ・ケシヤマツ・メルクシマツ)
 Macrophorna micromegala (BERK. et CURT.) BERL. et VOGL.(メルクシマツ)
 Melarnpsoridium hiratsuhanum ITO ex HlRATUKA(ハンノキ・マレーハンノキ
 Meliola hoae STEV.(カマバアカシア)
 Olivea tectonae (T. S. et K. RAMAK.) MULDER(チーク)
 Periconia shyamala ROY(アルモン)
 Pestalotiopsis disseminata (THUM.) STEY.(ケシヤマツ)
 P. heucherae (TEHON et DANIELS) COMB. NOV.(グアバ)
 P. Iangloisii (GUBA) COMB. NOV.(ファイヤーポール)
 Phaeoseptoria eucalypti HANSF.(ユーカリ)
 Phyllosticta brasilinsis LIND.(アロウカリア)
 Ravenelia berheleyi MUNDK. et THIRUM.(マラカツライ)
 Robillarda trachycarpi TASSI.(ナラ)
 Septoria alni SACC.(ハンノキ・マレーハンノキ・ネパールハンノキ)
 Valsa hitajimana Kobayashi (イエローシャワー)。
 本調査の中で記録された病害には,森林病害として重要なものが数多く含まれている。土壌病害は苗畑での被害 が主であり,苗立枯病,微粒菌核病による幼苗の枯損と,根系の腐敗からくる生育不良の被害が大きい。これらの 病害の発生には育苗中の水管理の状態が大きく影響を与えるが,またいっぽうでは種子消毒や土壌消毒など薬剤防 除効果も大きい。白絹病はマホガニーの苗本養成上最も危険な病気で,直播床に発生してしばしば全滅の被害を与 える。早期発見早期防除が鍵となる。キリの根こぶ線虫病は植栽地における被害であるが,とくに植栽地への直挿 し分根に大きな被害を与え,発芽率を著しく阻害し,また発芽幼苗の根系に寄生し生育不良をおこす。感染源は感 受性の前作物の残根であり,植栽予定地の前作あるいは植生調査が発生回避のためには必要である。
 熱帯・亜熱帯ではBotryodiplodia theobromaeおよびCorticium salmonicolorによる各種樹木の 胴・枯枝性病害が広く知られているが,本調査においては前者によるアカシア・マンギウム若齢林の胴枯れ被害 (ボトリオディプロディア胴枯病)が注目された。その樹種では樹冠が重いため風に揺すられてできる枝基部の亀 裂から発病し,病斑が枝幹を一周して巻き枯らしになる。風に対する植栽立地の選択が発生回避の基準になろう。 後者による赤衣病はモルカッネムの適地を少しはずれたところで大きな被害をもたらしている。病斑の発生そのも のには適地,不適地とも差はないが,適地の生育旺盛な樹では病斑は拡大せずに治癒閉塞にいたるものが多く,わ ずかの枝枯れ程度にとどまる。しかし適地を外れた場所では樹の病斑拡大阻止能力が落ち,巻き枯らしによる胴枯 れや沢山の枝枯れによる樹冠の退廃を招く。このほか,Diaporthe eresによるカマバアカシア胴枯病が,ル ソン島のパンタバンガン地区植栽林で1983年単年だけ大発生した。これは長い乾季とびき続く雨季の異常少雨によ る樹勢の衰弱が発生誘因と考えられた。
 針葉樹の葉枯性病害ではマツの葉枯病が苗畑における最も重要な病気である。フィリピン在来種のケシヤマツは 当年生まきつけ由では激しい被害をうけるが,齢が増すと抵抗性がでるらしくほとんど発生しなくなる。しかし導 入種カリビアマツはより感受性が高く,苗木のみならず植栽幼齢木でも枯死被害をおこす。メルクシマツ(郷土種 )の天然林では林床の稚・幼苗には葉枯病のまん延がみられたが,2〜3年以上の若木や成木では全く発生をみず, 幼時に感受性の高い個体が淘汰され,生き残ったものはあと罹病することなく生長を続けるものと思われた。マツ 苗を養苗する場合本病の予防のため薬剤防除が必要であることが示された。ルソン島北部の一林業苗畑で北米から 輸入されたメキシコラクウショウの苗木に,Cercospora sequoiaeによる赤枯病の被害が観察された。植物 の輸入検疫が行われている時代においてもなお,北米からフィリピンに赤枯病菌が病苗とともに導入されな事実は, 本病の古い時期(1900年代?)における北米からブラジルや日本への導入に間接的な証拠を提供するものとして興 味深い。 広葉に発生する多くの斑点性病害の中では,苗畑病害としてモルッカネムとジャイアントイピルイピルの黄斑病, ナラの褐斑病,チークのさび病,ジャイアントイピルイピルの炭そ病が,幼苗の枯損や著しい生育阻害をおこし, これらの発生予防には薬剤防除を必要とする。造林地ではナラ,キダチョウラク,ユーカリの褐斑病,ジャイアン トイピルイピル黄斑病,チークのさび病などが雨季の半ばごろから乾季の初めにかけてまん延し,しばしば早期落 葉の被害をおこすが,このために樹が枯死することはない。アグロフォレストリーやファミリープランティングな どで苗畑周辺や造林地の一部に導入されている果樹や特用作物の中では,マンゴーの炭そ病,コーヒーのさび病, パパイヤの黒粉病の被害が良く目立った。

 本調査研究を行うにあたって,日本側では熱帯農業研究センター,国際協力事業団,林業試験場海外林業調査科 および樹病科の関係各位に,またフィリピン側においてはフィリピン大学林学部,天然資源省林業局およびパンタ バンガン地区日比林業技術協力プロジェクトの関係各位に,種々の配慮と協力を頂いたことを記して,心から感謝 の意を表する。

全文情報(8,407KB)

−林業試験場研究報告−(現森林総合研究所)
森林総合研究所ホームページへ