斜面における浅層地下水および土砂の流出特性と地下侵食機構に関する研究

                                   寺嶋智巳

           Study on Subsurface Water Discharge and Sediment Yield Interaction, and the Mechanism of
                      Subsurface Hydraulic Erosion at Head Water Slopes
 
                                 TERAJIMA,Tomomi

摘 要 

 わが国のように湿潤な気候下にあり山地の多くが森林に覆われている地域では,斜面に供給された降水のほとんどが地下に浸透し,土地改変等の人為作用がない限り地表流が発生することは希である。そのため,斜面に供給された降水の大部分は地下を経由して河川へ流出することになり,この流動・流出過程において崩壊,土石流,地表面の陥没,リル・ガリーの形成といった土砂流出に起因する地形変化あるいは河川の地質形成などが行われる。このように,斜面の地下水流出は地形プロセスに大きく影響するため,「水循環と地形変化の相互作用」を検討して森林の有する水土保全機能の定期的解明を行う場合には,まず第一に,斜面における地下水流の挙動とその作用による土砂流出(地下侵食)の関係を十分に検討しなければならない。本研究では,流域管理技術に資するための基礎的資料とする目的から,森林流域谷頭部斜面での水流出の主要形態である浅層地下水とその地下水の流出に起因する土砂の流出プロセスの定量的解明と相互作用の検討を行い,浅層地下水流による侵食機構を明らかにすることを試みた。
 第1章では,森林流域谷頭部を研究対象として扱うことの意義を示した後,流域または斜面における浅層地下水と土砂の流出に関する研究の紹介を行い,研究対象地および観測・解析方法について記述した。
 第2章では,斜面からの浅層地下水流出とそれによる土砂流出の実態を記述した。まず,札幌市定山渓の1次谷流域谷頭堆積地を対象として,地下水位およびそこからの浅層地下水流出量を計測した。その結果,土砂の侵食が発生するような洪水流出時ではパイプを媒介とした浅層地下水流出が支配的であることを明らかにした。また,愛知県瀬戸市の北谷流域谷頭部で生じた粗粒土砂の流出と林地の荒廃を記述し,パイピングにより土砂流出が生じたことについて言及した。さらに,札幌市の定山渓流域谷頭部における浅層地下水と細粒土砂の流出実態を記述し,細粒土砂流出量のピークが浅層地下水流出量のピークに先行して現れ,浅層地下水の流出メカニズムを明らかにするため,パイプ流出に関する室内実験を行った。その結果,パイプを経由して流出してくる水が斜面での浅層地下水流出に大きく影響しており,その流出形態はパイプの排水能力の大小により決定されていることを明らかにした。そして,土砂流出が発生するような出水時にはパイプを経由してくる地下水流が流出の主成分をしめることがわかった。
 第4章では,粗粒土砂流出に及ぼす浅層地下水の作用を明らかにするため,まず,浅層地下水流出に伴う土砂移動の発生に関する力学的条件を整理するとともに,浅層地下水流出に伴う土砂移動に関する理論式を紹介・提示した。
 次に,有限要素法を用いて,パイピングに伴う粗粒土砂の流出発生時における斜面内の浅層地下水の動水勾配を計算した。さらに,流動化実験により実際に平面において流動化による土砂移動が生じるときの動水勾配(限界動水勾配)を算出した。そして,数値実験および流動化実験で得られたデータ,実際の水文観測データ,上記理論式とを対応させて粗粒土砂の流出機構を検討した。その結果,セン断破壊や流動化により粗粒土砂の移動が発生する可能性,および粘着力の差による土砂移動形態の違い,などを説明した。
 第5章では,谷頭部斜面における細粒土砂流出の観測結果から,地下侵食機構を明らかにすることを試みた。この結果,加速度的増水過程では,地下水流出水量変化率と細粒土砂フラックスの関係が一次近似できることを明らかにした。この結果を用いて,浅層地下水流出と細粒土砂流出の関係において時計回りのヒステリシスが生じる原因を明らかにした。
 第6章では,浅層地下水と細粒土砂の流出の関係から,地形変化に直接結びつく粗粒土砂流出について検討した。ここでは,浅層地下水流の動水勾配と加速度が比例することを示し,粗粒土砂の移動が「動水勾配が増加して加速度が大きくなり侵食水力(侵食力)が増大して生じる」と判断した。そのため,パイピングによる粗粒土砂の移動が動水勾配の急増に伴う流動化により発生した可能性があることを指摘した。
 さらに,地下侵食による土砂流出が流域環境の変化に及ぼす影響について考察するとともに,侵食抑制や水質形成に関する技術的アイデアについて私見を述べた。 

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−森林総合研究所研究報告−
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