プレスリリース 平成15年12月19日
スギの培養細胞からクローンスギの作出に成功
−花粉アレルゲンを作らないスギの開発にも道を拓く−
独立行政法人 森林総合研究所
森林総合研究所は、スギの培養細胞を効率的に不定胚(種子中の胚に相当する組織)に分化させる技術を開発しました。私たちは、イネやニンジンなどの被子植物に存在する細胞増殖因子PSK(phytosulfokin: ファイトスルフォカイン)が原始的な裸子植物であるスギにも存在していることを発見し、このPSKを利用して、スギの培養細胞を不定胚に効率的に分化させることに成功しました。さらに、この胚を発芽させ、正常なスギ幼植物体にすることにも成功しました。この技術は、スギの遺伝子組換えの基盤となる技術であり、花粉アレルゲンを生産しないスギの作出などに応用することが可能で、今後、多方面での活用が期待されます。
【裸子植物でのPSKの存在を初めて証明】
PSKは5つのアミノ酸からなるペプチド(アミノ酸の2個以上がペプチド結合により連結した化合物)で、PSK前駆体タンパク質から切り出されて生成します。このPSK前駆体タンパク質の遺伝子の存在はイネなどの被子植物で報告されていましたが、この遺伝子をスギから単離し、裸子植物にもPSKが存在することを世界で初めて証明しました(図1)。
【スギ不定胚誘導技術へのPSKの活用】
通常の種子にある胚(種子中で植物体になる部分)に対して、培養細胞から人為的に発生させた胚を不定胚といい、これを作りだす技術を不定胚誘導技術といいます。これまで、スギの不定胚誘導は大変困難で、ここ数年やっと低頻度で成功するようになりました。今回、PSKを用いることにより効率的で有用な技術を確立しました。スギの不定胚誘導の手順は、スギの培養細胞を増殖させ(図2A)、一定の細胞密度で不定胚を誘導させる培地上に撒布します。これを、4週間一定温度で培養すると、培地上に不定胚が形成されます(図2B)。このとき、培地にPSKを添加することによって、不定胚誘導効率を従来の約10倍以上に高めることができるようになりました(図3)。また、PSKはスギ培養細胞の分化能力の維持にも顕著な効果を示すことが分かりました。
【スギ不定胚誘導技術の活用場面】
この不定胚誘導技術は、希少な植物を大量増殖させる技術や優良な形質を持つ品種を効率的に増殖させる技術として古くから着目されてきました。最近では、遺伝子組換え植物の作出に直結する技術としても注目されています。
遺伝子組換えには、目的を達成するための遺伝子、遺伝子導入技術、個体再生技術が必要です。これまで、遺伝子組換えスギの作出例は報告されていません。それは培養細胞から効率の良い個体再生技術が確立されていなかったためです。私たちの開発したスギ不定胚誘導技術を活用することにより、花粉でアレルゲンを作らないように細工した遺伝子をスギの培養細胞に導入し、そこからスギ植物体を作出することが可能になります。また、スギ花粉症対策だけでなく、材質の改良や耐病性の付与など遺伝子組換えによる新機能の付与にも活用が期待できます。
本研究は、文部科学省「生活社会基盤研究・スギ花粉症克服に向けた総合研究(平成12年4月〜平成15年3月)」により推進されました。成果の一部は学術誌Plant and Cell Physiologyの12月号で公表される予定です。
独立行政法人 森林総合研究所 理事長 田中 潔
研究推進責任者: 森林総合研究所生物工学研究領域長 篠原健司
Tel: 029-873-3211(内線447)
研究担当者:森林総合研究所生物工学研究領域 伊ヶ崎知弘
Tel: 029-873-3211(内線448)
広報担当者: 独立行政法人 森林総合研究所企画調整部研究情報科長 中村松三
Tel:029-873-3211(内線225) Fax:029-873-0844
過去のプレスリリースに戻る