プレスリリース

平成17年 3月23日



カシノナガキクイムシ集合フェロモンの化学構造を解明

−ナラ類樹木の集団枯死対策への活用に期待−

独立行政法人 森林総合研究所

  昨年は日本海側の地域を中心にカシノナガキクイムシが大発生し、ミズナラなどのブナ科樹木の集団枯死が起きました。同時に、ツキノワグマがしばしば里に出没し、ミズナラなどの堅果(ドングリ)のなり具合との関係が取りざたされました。森林総合研究所では、集団枯死を引き起こす病原菌の媒介者であるカシノナガキクイムシの集中加害を引き起こす集合フェロモン1) の化学構造の決定に成功しました。モノテルペンアルコールの一種であるこの集合フェロモンを利用してカシノナガキクイムシを防除することでナラ類の集団枯死被害を回避することが期待されます。

カシノナガキクイムシ(写真左)と
被害材断面(写真右)
【背景】
  古くからカシノナガキクイムシ2) の大量穿入を受けてミズナラ等が集団で枯死する事例(図参照)は知られていましたが、数年で終息する限られた範囲の枯死に留まっていました。ところが1980年代後半からは枯死が周辺に拡大する被害として発生しています。島根県から山形県に至る日本海に面した府県と滋賀県・岐阜県・長野県・福島県では主にミズナラが集団で枯死しています。ここ数年は全国で年間約1000haほどの被害があります。これまでの研究により枯死原因は、カシノナガキクイムシが伝搬するブナ科樹木萎凋病3) の病原菌が引き起こす寄主の通水停止であることがわかっています。カシノナガキクイムシ成虫が寄主樹体外で生活するのは1ヶ月しかなく、それ以外の期間はすべて樹の内部で過ごすことから、殺虫剤散布は必ずしも効果的ではありません。水源涵養、防災等、公益的機能維持のためには被害回避が必要です。燻蒸処理等の駆除方法が開発されていますが、傾斜地での作業に困難が伴うこともあり被害林の多くは放置されています。こうしたことから、枯死被害回避に向けたカシノナガキクイムシの集合フェロモン利用技術の開発が求められています。

【化学構造の解明】
  集合フェロモンが揮発成分であり、触角に活動電位を生じさせることから、最初に樹木へ侵入し、孔道を掘るカシノナガキクイムシの雄が排出する木くず等や雄の体から揮発成分を集め、触角に活動電位を生じさせる物質を特定しました。次に、特定の分析法で化学構造を推定し、さまざまな合成化合物と物理化学的な性質を比較しました。その結果、20世紀初頭に天然には存在しないモノテルペンアルコール4)として合成され、最近では植物成分として存在が確認されている化合物とフェロモンが一致することが明らかになりました。さらに野外での誘引トラップ試験により、この物質が同種の雌雄を誘引する集合フェロモンであることを確認しました。

【研究上の改良点】
  本研究で雄の体から集めた揮発成分中の物質を特定するのに用いたGC-EAD法5) はガ類などチョウ目昆虫でよく応用されてきました。しかし、カシノナガキクイムシは体長5mmほどの小型の甲虫であり、触角の形態もチョウ目とは大きく異なるため、GC-EAD法による測定が従来困難でしたが、装置等に様々な改良を重ねることで測定が可能となりました。またフラス6) 中に含まれる揮発成分が雄虫体に存在するものと同じであることがわかったため、生物検定・構造解析に用いる試料の入手が容易になり、研究が大きく進展しました。

【今後期待される研究の進展】
  今回の発見で、カシノナガキクイムシの集合フェロモン(誘引剤)として生産し、商品化することが可能となりました。このフェロモンを誘引源としたトラップ法を開発し、多数の成虫を捕獲する方法を開発することにより、ブナ科樹木萎凋病の拡大を阻止するための有力な武器となるでしょう。


  本成果については、特許出願中(特許の名称「カシノナガキクイムシ集合フェロモン、該フェロモンを含有するカシノナガキクイムシ誘引剤およびフェロモントラップ」)です。また、3月24日の日本応用動物昆虫学会、3月29日の日本農芸化学会及び日本森林学会で発表される予定です。

独立行政法人 森林総合研究所 理事長 田中 潔
研究推進責任者 森林総合研究所 森林昆虫研究領域長 牧野俊一
              Tel:029-873-3211 内線414
研究担当者 森林総合研究所 森林昆虫研究領域 昆虫管理研究室長 中島忠一
              Tel:029-873-3211 内線415
広報担当者 森林総合研究所 企画調整部研究情報科長 杉村 乾
              Tel:029-873-3211 内線225
              Fax:029-873-0844


用語解説
 1)集合フェロモン
  同種間の情報伝達を司るフェロモンのなかで、雌雄を誘引して同種を集合させる機能を持つ物質。ガ類等で防除に利用されているのは雌が雄を誘引する性フェロモンが主であり、集合フェロモンとは機能が異なる。

 2)カシノナガキクイムシ
  ナガキクイムシ科に属する養菌性キクイムシの一種。養菌性キクイムシは枯死木・生理的異常木の材部に孔道を作りアンブロシア菌を繁殖させて餌とすることが特徴と言われている。生きた木に穿入する種が他にも知られているが、植物病原菌を伝搬して寄主を枯死させることが証明された養菌性キクイムシとしては世界初の事例である。

 3)ブナ科樹木萎凋病
  1980年代後半から日本海側の地域で発生拡大しているナラ類の集団枯死の病名。病原菌であるRaffaelea  quercivoraを媒介するカシノナガキクイムシがミズナラ等に集中加害することで引き起こされる水分通導阻害による萎凋・枯死現象。

4)モノテルペンアルコール
  テルペンは炭素数が5のイソプレン単位が複数結合して作られる一群の化合物で天然に広く分布している。モノテルペンは炭素数が10の化合物、それに水酸基が付いているとアルコール。

 5)GC-EAD
  昆虫の触角に揮発性物質を吹きつけ、触角から発生する電気パルスの強弱を調べることによって触角に対する化学物質の影響を調べる方法。

 6)フラス
  穿孔性昆虫が木の外部に排出する、おもに木屑からなるゴミ。


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