ミズナラやコナラなどの種子(ドングリ)は、森林に棲むネズミの仲間の大切な餌となっていますが、被食防御物
1)であるタンニンが約10%もの高濃度で含まれるため摂食した動物に有害な効果を及ぼすと考えられます。しかし、森林総合研究所では、アカネズミ(
写真1)は唾液と腸内細菌の働きによって、タンニンを無害化してドングリを利用していることを明らかにしました。この研究は北海道大学及び神戸大学との共同研究によって行われ、国際誌Journal of Chemical Ecologyの特集号「哺乳類の化学生態学」(2006年6月発行)に掲載されました。また、本研究は、文部科学省の科学研究費の助成を受けて遂行されたものです。
【研究の背景 − ドングリとアカネズミ】
ドングリは、森林に棲む動物にとって秋から冬にかけての貴重な餌資源です。中でも、アカネズミなど森林に棲むネズミの仲間は、種子を消費するばかりではなく種子散布者としても働いています。
ところが、ミズナラなどのドングリには、タンニンが高濃度で含まれています。タンニンは赤ワインなどにも含まれるポリフェノールの一種ですが、多量に摂取すると消化効率を低下させ,腎臓や肝臓に負荷を与えることもあります。実際に、アカネズミを飼育してミズナラのドングリだけを与えると、大半の個体が急激に体重を減らして死亡します。このことからアカネズミは、自然条件下では何らかの方法でドングリ中のタンニンを「処理」して利用しているものと推測されました。
【アカネズミはどのようにしてタンニンを処理するのか?】
アカネズミがタンニンを処理するメカニズムを明らかにするために、少量のミズナラのドングリを事前に与え続けてタンニンに馴れさせたアカネズミと馴れていないアカネズミとにミズナラのドングリを与えてその影響を比較しました。その結果、馴れていないアカネズミは著しく体重を減らし(平均−17.5%)、14頭中8頭が死亡したのに対し、馴れさせたアカネズミではタンニンによるダメージが著しく軽くなること(体重減少は2.5%;死亡12頭中1頭)が判りました(
図1)。
この結果は、「馴れ」によってタンニンによるダメージが軽減されることを示しています。さらに、このようなタンニンに対する馴れは、唾液中のタンニン結合性唾液タンパク質
2)腸内細菌のタンナーゼ産生細菌
3)(
写真2)の働きによることが判りました。即ち、(1)タンニンを含むドングリを食べると唾液中のタンパク質とタンニンが安定した複合体を形成し、タンニンの作用を阻害する。(2)この複合体がタンナーゼ産生細菌の作用で分解され再利用される。という2段階のメカニズムによって、アカネズミはタンニンを無害化してタンニンに富むドングリを「餌」として利用できるのだと考えられます。
タンニン結合性唾液タンパク質とタンナーゼ産生細菌は、いずれも日本産哺乳類では初めて発見されました。
【今後への展望】
温帯域森林生態系の主要構成樹種であるナラ・カシ類の更新
4)には、森林に棲むネズミの仲間の活動がプラス・マイナス両面で深く関わっています。彼らは大量にドングリを消費する一方で、ドングリを持ち運び、土の中に貯蔵することで樹木の更新の手助けをしています。彼らがどの程度ドングリを消費し、その一方でどの程度効果的な種子散布者となっているかは、これからの森林の保全、特に里山の広葉樹更新を考える上でとても重要なことです。