プレスリリース

平成19年 9月10日 


小笠原諸島で見つかったハナバチのオスによる花粉媒介
〜 他の昆虫によって促されるオスの訪花行動 〜

                      独立行政法人 森林総合研究所


  

  森林総合研究所では、大陸から遠く離れ独自の生態系をもつことから世界遺産の候補となっている小笠原諸島1)において、これまで重視されてこなかったオスのハナバチ類の花粉媒介に果たす役割を明らかにしました。
  小笠原に固有のハナバチであるオガサワラコハキリバチのオスは、蜜を吸う以外にも、縄張り内にある花にやってくるメスと交尾したり、花上の同種のオスや他の昆虫を追い払ったりするために訪花します。実験により、この訪花行動は花上に他の昆虫が存在することによって促進されることがわかりました。また、このような行動を示すオスの体には花粉が付着しており、オスは縄張り行動によって頻繁に訪花し、その際に花粉を媒介していることがわかりました。
  今回の成果は、ハナバチ類のオスはメスとはちがった形で花粉媒介に貢献していることを示した点で注目されるものです。


独立行政法人 森林総合研究所 理事長 鈴木 和夫
 
研究推進責任者: 森林総合研究所 研究コーディネータ  福山 研二
     
研究担当者  :

森林総合研究所 森林昆虫研究領域 昆虫生態研究室  杉浦 真治
     Tel:029-829-8251

広報担当者  : 森林総合研究所 企画部研究情報科長 上杉 三郎
     Tel:029-829-8130 Fax:029-873-0844

【ハナバチ類のメスとオスの生態】
  ミツバチなどのハナバチ類は花を訪れて蜜や花粉を得る一方、植物はハナバチ類に花粉を雄しべから雌しべに運ばせて、受精を成功させます。花とハナバチ類のこのような共生関係において、子供の餌となる花粉と蜜の両方を集めるメスの役割は重視されてきましたが、自らのエネルギー源として蜜を吸うだけで花粉を集めないオスが花粉を媒介する役割は注目されてきませんでした。
  花粉を媒介する昆虫の種類が元々少ない小笠原諸島では、固有ハナバチ類が主要な花粉媒介者であると考えられています。そのため、オスの花粉媒介の役割は相対的に大きくなっている可能性があります。そこで、小笠原諸島に固有のハナバチの1種、オガサワラコハキリバチを使って、オスの花粉媒介に果たす役割を調べました。
  小笠原諸島に固有のハナバチ類は、人が持ち込んだグリーンアノールやセイヨウミツバチといった外来動物によって1980年以来減少を続けています。オガサワラコハキリバチは、有人島の父島では約30年間、採集記録も観察記録もありません。そのため、調査は現在も豊富に固有ハナバチが見られる無人島(兄島)において行いました。
  オガサワラコハキリバチは体長1cmに満たない小型のハナバチで、兄島では、6月頃にムニンヒメツバキという固有植物の花を頻繁に訪れます(写真1)。オスは花の周囲を飛び回り、吸蜜しようとしているメスと交尾を行うために花に降り立ちます(写真1)。また、他の種類の昆虫が吸蜜する時も、オスはそれらを追い払おうと頻繁に花に触れます。


【実験方法】
  オガサワラコハキリバチのオスがどのような目的で花を訪れているのかを明らかにするために、ムニンヒメツバキの花の中心(花粉のある位置)に、蜜を吸っている昆虫を真似て、オガサワラコハキリバチの標本、他種の昆虫の標本、5mm角のプラスチック片をそれぞれ設置し(図1)、5分間でそれぞれの花にハチが訪れるかどうかを記録しました。


【ハナバチのオスの花粉媒介に果たす役割が明らかに】
  実験の結果、オガサワラコハキリバチのオスは何かを置いた花に明らかに頻繁に訪れました(図1)。これによって、オスの訪花行動が他の昆虫の存在によって促進されていることが示されました(ただし、プラスチック片にも促されていることから、オスは物体の種類を十分に認識していないのかもしれません)。次に、花上でパトロールしているオスと、ハチの標本を置いた花を訪れたオスとを採集し、走査型電子顕微鏡で観察したところ、いずれの体表にも確かに花粉が付いていました(写真1)。
  以上からオガサワラコハキリバチのオスでは、縄張り行動をとる中で、頻繁に花を訪れ、その際に花粉を媒介していることがわかりました。他のハナバチ類でもメスが訪れる花の周囲でオスの縄張り行動をもつ種が多数知られていることから、ハナバチ類のオスによる花粉媒介はより一般的な現象である可能性があります。


  なお、本研究は、環境省からの委託プロジェクト・地球環境総合推進費(F-51)「脆弱な海洋島をモデルとした外来種の生物多様性への影響とその緩和に関する研究」によって行われたものです。



【用語解説】
1)小笠原諸島
  東京から約1,000km南の洋上に浮かぶ島々。一度も大陸と接したことのない海洋島で、そこでは生物が独自の進化をとげ、多くの固有生物が生息する。しかし、近年、人の持ち込んだ外来生物によって、固有の生物相が脅かされている。


【本成果の発表論文】
   論文表題:Flower-visiting behavior of male bees is triggered by nectar-feeding insects
          (雄ハナバチによる訪花行動は他の昆虫の訪花行動によって引き起こされる)
   著 者 名:杉浦真治(森林昆虫研究領域)・安部哲人(植生研究領域)・
          山浦悠一・牧野俊一(森林昆虫研究領域)
   学会誌名:Naturwissenschaften(自然科学誌、ドイツ)
   巻号(年):94巻8号(2007年)
   発行元名:Springer



写真1 オガサワラコハキリバチとムニンヒメツバキ
写真1 オガサワラコハキリバチとその訪花植物であるムニンヒメツバキ
左上:花、右上:吸蜜行動、左下:交尾行動、
右下:オスの体上に付着した花粉
(左下写真は原著論文Naturwissenschaften 94巻8号より引用)




図1 オガサワラコハキリバチの訪花頻度
図1 オガサワラコハキリバチの訪花頻度
ムニンヒメツバキの花に(左から順に)ハチの標本、その他昆虫の標本、
プラスチック片を設置した花と、何も設置しなかった花(右端)

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