プレスリリース
 

平成21年 2月20日

独立行政法人 森林総合研究所
 
国際自然保護連合(IUCN)のレッドリスト改訂に貢献
‐ボルネオ島で世界的に希少なボルネオヤマネコなどの撮影に成功−
 

 ポイント
  ・国際的なレッドリスト改訂に貢献
  ・ボルネオ島で絶滅が危惧される動物の撮影に成功

 
 
概要

  独立行政法人森林総合研究所は、インドネシア・ボルネオ島の熱帯雨林における野生動物調査で、世界的に希少なネコ科動物2種(ボルネオヤマネコとボルネオウンピョウ)の撮影に成功しました。この2種は国際自然保護連合(IUCN)が作成する国際的なレッドリストで絶滅危惧種に指定されています。そして、今回の撮影によって、ボルネオ島固有種で、分布や生態が未解明のボルネオヤマネコの新たな生息地が発見されました。この結果は、2008年10月のIUCNのレッドリスト改訂において、これまで分布の空白地帯と考えられていた地域から新たに発見されたボルネオヤマネコの生息地の情報として引用されました。
  本成果は、環境省プロジェクト「CDM植林が生物多様性に与える影響評価と予測技術の開発(H16〜20)」の研究の中で得られました。このプロジェクトの成果をとりまとめた国際セミナーを2月24日に森林総合研究所(つくば市)において行います。

   予算:環境省地球環境保全試験研究費「CDM植林が生物多様性に与える影響評価と予測技術の開発(H16〜20)」

 
問い合わせ先など

 独立行政法人 森林総合研究所  理事長 鈴木 和夫
 研究推進責任者: 森林総合研究所 研究コーディネータ 福山 研二
 研究担当者  :

森林総合研究所 九州支所
  森林動物研究グループ  安田 雅俊   

 広報担当者  : 森林総合研究所 企画部 研究情報科長 中牟田 潔
  Tel:029-829-8130
  Fax:029-873-0844
森林総合研究所 九州支所 連絡調整室長 猪飼祐二
  Tel:096-343-3168
  Fax:096-344-5054
 
 
研究の背景及び経緯

  国際自然保護連合(IUCN)は、分布の縮小や個体数の減少傾向等の科学的な数値に基づいて世界の動植物種の絶滅可能性を評価し、国際的なレッドリスト(絶滅危惧種のリスト)を作成しています。このレッドリストは数年に1度、改訂が行なわれます。2008年10月の全面的な改訂では世界の哺乳類の約4分の1が絶滅の恐れがあると評価されました。ネコやライオン,トラなどのネコ科動物は、生態系のなかで上位捕食者として重要な位置を占めています。生態系における上位捕食者は肉食で生態系のバランスを保つ上で重要な役割を果たしているのですが、もともと生息密度が低く、近年の森林消失や狩猟などが要因で絶滅に瀕していると指摘されています。ボルネオ島には現在5種のネコ科動物が生息しています。そのうち4種は熱帯雨林の減少により絶滅が危惧されているのですが、どのような場所に生息しているのか、よく分かっていません。上位捕食者であるネコ科動物の生息状況を明らかにすることにより、その地域の森林の生物多様性が高いことを知ることができます。

 
研究の内容及び成果

  ネコ科動物は夜行性であり、野外での観察が難しいため、我々は、平成16〜20年度にかけて、ボルネオ東部(インドネシア共和国東カリマンタン州)に残る熱帯雨林(図1)で、自動撮影カメラを用いて野生哺乳類の生息調査を行いました。
  計40種の野生動物(哺乳類37種、鳥類3種)が撮影されました。これは、東カリマンタン州で生息が確認されている90種の野生哺乳類(コウモリを除く)の41%にあたります。
  図2のボルネオヤマネコは、スンガイワイン保護林(標高約100m)に設置した自動撮影カメラにより2005年10月17日に撮影されたものです。成獣で、性別は不明です。誘引餌である生エビに寄ってきました(写真中央の白い部分)。今回の撮影地は、今までボルネオヤマネコが発見されていない新たな生息地でした。この成果は、 IUCNのレッドリストの2008年改訂で、ボルネオヤマネコの新たな生息地の知見として引用されました。ボルネオヤマネコは分布も生態もほとんど分かっていない「幻のネコ」でしたが、その分布の一端を明らかにしたことが、専門家に高く評価されたと考えられます。
  図3のボルネオウンピョウは、ウェヘア保護林(標高約600m)の林道に設置した自動撮影カメラにより2008年2月3日に撮影されたものです。成獣で、性別は雄です。この写真は、約15年前に択伐(有用樹種を選択的に伐採する森林の利用方法)が行われ、その影響から回復中の熱帯雨林で撮影されました。択伐後の森林であっても、自然の力による回復によって、ネコ科動物のような上位捕食者の生息地となりうることが分かりました。急速に原生林が減少しているボルネオ島のような場所において、野生動物の保全を考える際には、原生林だけでなく人手が入った森林も生息地として考慮することが必要です。

 
今後の期待

  今回のIUCNのレッドリスト改訂により、人間活動の影響で世界の哺乳類の生息状況がよりいっそう悪化していることが指摘されました。この状況を改善できるのは人間だけです。ボルネオ島のネコ科動物は、生物多様性が高く餌が豊富な森林にのみ生息できるため、今回の撮影成功は、その地域にまだ豊かな森林が残っていることを意味しています。つまり、ネコ科動物の生息状況を明らかにすることにより、森林の生物保全学的な価値を知ることができます。しかし、それだけでは不十分です。ボルネオ島の熱帯雨林は大規模な森林火災や開発によって狭められ、生息地は互いに孤立した状態にあります。残された生息 地の間を「緑の回廊」で結びつけるように、生物多様性に配慮した植林を行うことが必要です。そして、その実現のためには、日本とインドネシアの間によりいっそう緊密な協力関係が求められます。

 
今後の予定

  本成果は、環境省地球環境保全試験研究費「CDM植林が生物多様性に与える影響評価と予測技術の開発(H16〜20)」により、森林総合研究所とインドネシア共和国のムラワルマン大学熱帯降雨林研究センターとの共同研究として行われました。このプロジェクトの成果をとりまとめた国際セミナーを2月24日に森林総合研究所(つくば市)において開催します。そこでは、熱帯地域における生物多様性に配慮した植林や生物多様性の評価手法などについての成果が発表されます。

 
用語解説

ボルネオヤマネコ (Pardofelis badia)  
   食肉目(ネコ目)ネコ科マーブルキャット属に属するボルネオ島固有種で、IUCNのレッドデータリストでは絶滅危惧IB類(EN)に区分される種です。生態はほとんど分かっていません。ボルネオ島全体でも生息が確認された地点は少なく、しかも点在しており、他のネコ科動物よりも生息密度が低いと考えられています。ボルネオ島全体の生息数は2,500頭未満と推定されています。
     
ボルネオウンピョウ (Neofelis diardi)  
   食肉目(ネコ目)ネコ科ウンピョウ属に属するボルネオ島固有種で、IUCNのレッドデータリストでは絶滅危惧II類(VU)に区分される種です。森林に生息し、イノシシやシカなどの大型草食獣を主な餌としています。ボルネオ島全体の生息数は不明です。
     
IUCNのレッドリスト  
  国際自然保護連合(IUCN)の種の保存委員会が提供する「絶滅のおそれのある生物種のレッドリスト」は、絶滅の危険にさらされている動植物の種の現状と予測を科学的なデータに基づいて示しています。最新版は<http://www.iucnredlist.org>で公開されています。絶滅危惧IB類(EN)とは、近い将来における野生での絶滅の危険性が高いこと、絶滅危惧II類(VU)とは、絶滅の危険性が増大していることを表しています。
     
 
本成果の発表論文

タイトル:   Recent cat records by camera traps in Peninsular Malaysia and Borneo(半島マレーシアとボルネオ島における自動撮影カメラによる最近のネコ科動物の記録)
著者:   Masatoshi Yasuda(安田雅俊、九州支所), Hisashi Matsubayashi(松林尚志、東京農業大学), Rustam(インドネシア国ムラワルマン大学熱帯降雨林研究センター), Shinya Numata(沼田真也、(独)科学技術振興機構), Jum Rafiah Abd. Sukor and Soffian Abu Bakar(マレーシア国サバ州野生生物局)
掲載誌:   Cat News(スイス)
巻号頁(年):   47:14-16 (2007)

 


図1調査地の位置
 図1 調査地の位置

図2 ボルネオヤマネコ
図2 インドネシア共和国東カリマンタン州の熱帯雨林(スンガイワイン保護林)
において自動撮影されたボルネオヤマネコ(撮影日:2005年10月17日)

図3 ボルネオウンピョウ
図3 インドネシア共和国東カリマンタン州の熱帯雨林(ウェヘア保護林)
において自動撮影されたボルネオウンピョウ(撮影日:2008年2月3日)

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