プレスリリース

平成20年 9月 9日


針葉樹完全長cDNAの大規模収集に世界で初めて成功

                      独立行政法人 森林総合研究所


  森林総合研究所は、理化学研究所と共同で、スギ雄花から約2万個の完全長cDNAを単離し、10,463種類の完全長cDNAを同定しました。完全長cDNAの大規模収集は、針葉樹では世界で初めてで、樹木ではポプラに次ぐものです。スギ雄花から収集した完全長cDNAの情報は、未知のスギ花粉アレルゲンの発見につながるだけでなく、針葉樹での新たな遺伝子の探索に役立ち、今後のスギ花粉症対策や新たなスギ品種の開発につながることが期待されます。収集した塩基配列情報は、森林総合研究所の森林生物遺伝子データベース(ForestGen; http://forestgen.ffpri.affrc.go.jp/ja/index.html)を通じて誰でも自由に利用することができます。

  なお、本研究の成果は、森林総合研究所の交付金プロジェクト「ポプラ等樹木の完全長cDNA塩基配列情報の充実(2006~2008年度)」によるものです。


代表者  : 独立行政法人 森林総合研究所 理事長 鈴木 和夫
研究推進責任者: 森林総合研究所 研究コーディネータ  中島 清
研究担当者  :

森林総合研究所 生物工学研究領域
      二村 典宏・篠原 健司

広報担当者  : 森林総合研究所 企画部研究情報科長  中牟田 潔
     Tel:029-829-8130
        029-829-8134
     Fax:029-873-0844

【背景】
  
スギ花粉症は我が国の大きな社会問題の一つになっています。林業分野におけるスギ花粉症対策の基本は、花粉発生源を減少させることです。そのため、森林総合研究所は、都市部に影響を及ぼす花粉発生源の特定、薬剤や森林管理による抑制技術の開発、花粉の少ない品種の選抜、雄性不稔(無花粉)スギを利用した新品種の作出、花粉アレルゲン1)の少ないスギの開発等に取り組んできました。
  今後、遺伝子組換え技術を用いた花成制御技術や花粉形成抑制技術の開発、新品種作出の選抜効率を高めるためのDNAマーカー2)開発等の研究を推進して行く上で、雄花や花粉の発達過程で働く遺伝子の詳細な情報が必要不可欠となっています。そこで、森林総合研究所では、スギ雄花の完全長cDNA3)を大規模に収集し、遺伝子機能の情報を蓄積しました。

【成果】
  完全長cDNAは遺伝子の機能解析に有用であり、将来の遺伝子組換え体の作出にも役立てることができます。森林総合研究所では様々な発達段階のスギ雄花を材料として、完全長cDNAライブラリーを作製しました。理化学研究所と共同で、このライブラリーから約2万個の完全長cDNAを単離し、末端の塩基配列を解読した結果、10,463種類の遺伝子を同定し、遺伝子の機能別に分類しました(図1)。これらの中には既知の花粉アレルゲンと類似している遺伝子が180種類あり、さらに、実験植物の雄しべや花粉で特異的に発現する遺伝子や転写因子4)の遺伝子など重要な機能を持つ遺伝子も多数含まれていました。完全長cDNAの大規模収集は、針葉樹では世界で初めてのもので、樹木では森林総合研究所が既に公表しているポプラに次ぐ成果です。

【成果の活用】
  本研究により得られた大量のスギ遺伝子情報は、網羅的な遺伝子発現解析に用いるDNAマイクロアレイ5)の作製や、DNAマーカーの開発に利用することができるとともに、アレルゲンの探索やスギ遺伝子の情報を利用したDNAワクチンの開発など、医学研究の用途等にも利用できます。今後、森林総合研究所では、スギの雄花や花粉の発達過程で働く遺伝子を明らかにし、花成制御遺伝子や雄性不稔遺伝子等を探索することにより、花粉が飛散しない雄性不稔スギ等の開発を効率的に進めることを目指します。

   なお、収集したデータは日本DNAデータバンク(DDBJ)に登録するとともに、森林総合研究所で提供している森林生物遺伝子データベース(ForestGen; http://forestgen.ffpri.affrc.go.jp/ja/index.html)を通じて誰でも自由に利用することができます。


【用語解説】

1)花粉アレルゲン 花粉症患者のアレルギー反応を引き起こす原因物質。
2)DNAマーカー 繰り返し配列の数の違いや、一塩基の置換など、ゲノム上の他の部分の塩基配列と区別できて指標として利用することのできるDNA配列。品種や個体の特定、遺伝的性質の目印となる。
3)完全長cDNA cDNAは、タンパク質をコードする遺伝情報物質であるmRNA(メッセンジャーRNA)を鋳型にして人工的に作られたDNAである。完全長cDNAは、タンパク質合成に必要な全ての情報を保持したcDNA。
4)転写因子 DNAに結合して遺伝子の発現を制御するタンパク質。
5)DNAマイクロアレイ 数万に区切られたスライドグラスやシリコン基盤上にDNAの部分配列を高密度に固定したもの。別名DNAチップとも呼ばれる。これを用いることにより数万に及ぶ遺伝子発現を一度に検出することが可能となる。

【本成果の発表論文】
タイトル: Characterization of expressed sequence tags from a full-length enriched cDNA library of Cryptomeria japonica male strobili(スギ雄花の完全長cDNAライブラリーに由来する発現遺伝子の解析)
著  者: 二村典宏、十時泰、豊田敦、伊ヶ崎知弘、楠城時彦、関原明、榊佳之、Adriano Mari、篠崎一雄、篠原健司
掲載誌: BMC Genomics(BMCゲノミクス)
巻号(年): 9巻(2008)


図1 スギ雄花で発現している遺伝子の機能分類
 

  図1 スギ雄花で発現している遺伝子の機能分類
  発現している遺伝子が決定しているタンパク質の機能によって分類した。
   J:タンパク質の翻訳、
   A:RNAのプロセッシングと修飾、
   K:転写、
   L:DNAの複製・組換え・修飾、
   B:クロマチンの構造変換、
   D:細胞周期・細胞分裂の制御、
   Y:核構造、
   V:防御機構、
   T:シグナル伝達、
   M:細胞壁・細胞膜の合成、
   N:細胞運動、
   Z:細胞骨格、
   W:細胞外構造、
   U:細胞内輸送・分泌、
   O:タンパク質の翻訳後修飾・代謝、
   C:エネルギー生産・変換、
   G:炭水化物の輸送・代謝、
   E:アミノ酸の輸送・代謝、
   F:核酸の輸送・代謝、
   H:補酵素の輸送・代謝、
   I:脂質の輸送・代謝、
   P:無機イオンの輸送・代謝、
   Q:二次代謝成分の合成・輸送、
   R・S・X:不明。


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