プレスリリース

平成20年 8月27日


体毛からクマの個体識別

                      独立行政法人森林総合研究所四国支所
独立行政法人森林総合研究所関西支所
NPO法人 四国自然史科学研究センター


  四国のツキノワグマは生息数が数十頭以下と推定され絶滅が危惧されていますが、正確な生息状況はよくわかっていません。私たちは四国におけるツキノワグマの生息情報を収集するために、電波発信機によるクマの行動圏調査(オス2頭とメス1頭)を行っている剣山山系地域を対象に、ヘアートラップと呼ばれるクマの体毛を回収する装置で採取された試料をもとに遺伝子マーカーを用いた個体識別を行いました。行動圏内に設置した3カ所のヘアートラップから36サンプルの体毛が回収され、これらのサンプルから行動圏 調査が行われている2頭のオスの他に、捕獲されたことのない未確認の1頭のオスの識別に成功し、この調査地域では少なくとも4頭以上のクマの生息を確認できました。このようにヘアートラップを用いることによって、クマを実際に捕獲することなくその生息情報を収集できることが確認できました。この技術を応用することによって、四国のツキノワグマの生息情報の収集が進むことが期待されます。


独立行政法人 森林総合研究所 四国支所長  楠木 学
研究推進責任者: 森林総合研究所 研究コーディネータ  大河内 勇
研究担当者  :

関西支所生物多様性研究グループ 大西 尚樹
四国自然史科学研究センター 金澤 文吾
生態系トラスト協会 長久保 義紀

広報担当者  : 森林総合研究所関西支所  研究調整監 山田 文雄
     TEL:075-611-1201(代)
     FAX:075-611-1207

【背景】
   
ツキノワグマ(Ursus thibetanus)は本州および四国に分布している森林性の大型哺乳類です。近年、本州各地で大量出没が話題となっていますが、四国では生息数が数十頭と推定されており環境省レッドデータブックにおいて絶滅のおそれのある地域個体群に指定されています。そのため、1986年に高知県物部村(現:香美市)にて1頭が捕獲されて以降、現在では四国4県において捕獲が禁止されています。四国は人工林率が54.2%と高く、ツキノワグマにとって好適な環境である広葉樹林は剣山山系や石鎚山系の稜線域などの比較的標高が高い地域に残っている程度で、現在のツキノワグマの分布域は剣山山系の非常に狭い地域に限られています。
  四国におけるツキノワグマの生息状況を把握するために、NPO法人四国自然史科学研究センターは捕獲個体の追跡および自動撮影装置をもちいて個体情報の収集を進めてきました。しかし、捕獲による追跡は非常に効率が悪い上に、四国は地形が急峻なため、捕獲個体の追跡による生息情報の収集は非常に労力がかかります。また、自動撮影装置による写真では個体間の関係はわかりません。そこで、ツキノワグマを捕獲せずに生息情報を収集する手法の開発が求められています。


【成果】
  ヘアートラップを剣山山系に3箇所設置し、2003年5月から2005年12月の間に計36検体の体毛が回収されました。これと同時にオス2頭、メス1頭のクマを捕獲し、電波発信機による行動圏調査を行いました。
  行動圏調査の結果、オスAとオスBの行動圏は若干の重なりはあるものの、隣り合っていました。メスの行動圏はオスよりも狭く、オスAの行動圏の中に含まれていました。
  3基のヘアートラップから回収された36検体のうち、17検体で遺伝解析に成功しました。マイクロサテライトDNAと呼ばれる遺伝子と性判別にもちいる遺伝子を解析した結果、少なくとも3頭のオスが識別されました。そのうち2頭は捕獲個体のものでした。捕獲されていないオスの体毛は、捕獲オスAの行動圏の東西の両端に位置するヘアートラップから回収されたものであり、このクマとオスAの行動圏は大きく重なっていることが示唆されました。


【成果の活用方法】
  ヘアートラップを用いることによって、実際にクマを捕獲せずに個体の行動圏を調べることができます。これはクマを捕獲することが難しい四国では有効な手法です。また、自動撮影装置では分布域の調査の他に身体的特徴から個体識別が行われますが、精度はそれほど高くありません。体毛からの遺伝解析では確実な個体識別が出来る上に、性別や個体間の血縁関係を調べることも出来ます。
  このように、捕獲による行動圏調査、自動撮影装置による個体識別・分布域調査にヘアートラップを用いた個体識別が加わることで、絶滅に瀕した四国のツキノワグマの保護管理に向けた基礎的データの蓄積が飛躍的に増えることが期待されます。

   なお、本研究は、遺伝解析の部分を文部科学省科学研究費補助金(若手B)により大西(関西支所)が担当し、ヘアートラップの設置、捕獲調査は、WWFジャパン自然保護助成およびWWFジャパン共同研究費を受け、金澤(四国自然史科学研究センター)並びに長久保(生態系トラスト協会)が担当しました。


【用語説明】
  ヘアートラップ(参考写真):一辺が2~3mの三角形もしくは四角形になるように、立木の間に高さ50cm程度で有刺鉄線を張り巡らします。そして、その中央に1.5~2m程度の高さになるようにハチミツをぶら下げます。クマは嗅覚が非常に発達しているので、大好きなハチミツの匂いに惹かれてやってきます。そして、ハチミツを取ろうと有刺鉄線の上をまたいだり、下をくぐったたりした時に有刺鉄線に体毛がからみついて抜けてしまいます。その抜け落ちた体毛を後日回収し、毛根から遺伝子を取り出して解析に用います。


【本成果の発表論文】
  著者:大西尚樹・金澤文吾・長久保義紀
  タイトル:四国におけるツキノワグマの個体情報の収集
         ~体毛をもちいた遺伝学的手法による個体識別~
  掲載誌:保全生態学研究(日本生態学会発行). 第13巻第1号129-135ページ,
        2008年5月発行.


【本成果の学会発表】
  International Conference on Bear Research and Management (国際クマ会議) 2006年10月
  タイトル:A genetic database for an endangered local population of the Asian black bear.
        (絶滅が危惧されるツキノワグマ四国個体群の遺伝情報データベースの作成)
  発表者:Naoki Ohnishi(大西尚樹)、Bungo Kanazawa(金澤文吾)



図
図:ヘアートラップの設置位置および捕獲されたツキノワグマの行動範囲


参考写真
参考写真 自動撮影装置で撮影された発信器をつけたクマがヘアートラップの有刺鉄線をくぐる様子(別の研究目的で撮影された写真を四国森林管理局から借用。 撮影協力:四国自然史科学研究センター)

 

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