プレスリリース

平成20年 7月22日


火山灰のような細かい土が被災域の拡大をまねく
~大型模型水路による土石流実験~

                      独立行政法人 森林総合研究所


  森林総合研究所では、大型模型水路を用いた土石流実験を実施しました。その結果、軽石のような大きな石に火山灰のような細かい土が混ざると、地すべりなどの到達距離が長くなり、被災域の拡大をまねくことを明らかにしました。土砂は、細かい土を含むと液体に近い状態になりやすく、地すべりや山崩れの到達距離が長くなるのです。
   近年、日本各地で集中豪雨や長雨、地震によって地すべりや山崩れが発生し、土砂が長い距離を流れ下って、多くの災害を引き起こしています。被害を軽減するためは、発生した地すべりや山崩れが長い距離を流れ下るメカニズムを解明することが重要です。

  この結果は、火山地帯における効果的な防災施設の設計や配置など、今後の山地治山計画に広く活用できる成果です。


独立行政法人 森林総合研究所 理事長 鈴木 和夫
 
研究推進責任者: 森林総合研究所 研究コーディネータ  加藤 正樹
     
研究担当者  :

森林総合研究所 水土保全研究領域 治山研究室
     岡田 康彦

広報担当者  : 森林総合研究所 企画部研究情報科長  中牟田 潔
     Tel:029-829-8130
        029-829-8134
     Fax:029-873-0844

【背景】
  
日本各地で局所的な集中豪雨や長雨、さらには地震に伴い地すべりや山崩れが多発しています。そして、近年は、地すべりや山崩れが流動化して*長い距離を流れ下り、その過程で広い範囲に拡散し、甚大な災害に発展するケースが増加しています。例えば、長野県岡谷市では、平成18年7月豪雨により斜面が崩壊し、その後、土石流となり長距離を流れ下って多くの犠牲者・被害が生じました。今後、我が国で安全・安心な生活を続けるためには、長い距離を流れ下る土砂のメカニズムを解明し、防災施設の効果的な設計や配置を進めることが重要です。
  土砂が長い距離を流れ下るメカニズムを解明するためには、実際に土砂を流下させ、そのときに発生する種々の指標(土砂内部の水圧、流下する際の土砂の厚さ、到達距離)を計測することが必要です。また、土石流実験は、可能な限り実際に発生している地すべりや山崩れに近い規模で実施することが重要です。
  本実験では、我が国最大級の大型模型水路を用いて実験を実施しました。土砂は、鹿児島県の桜島から採取したものを用いました。

【実験方法と成果】
  長さが13m(そのうち5mは傾きを変更可能、残りの8mは水平)、高さが1m、幅が0.6m(水平部については0.3mもしくは1.2mに変更可能)の大型の模型水路を開発しました(写真1図1)。
  この模型水路を使って流下させた土砂は、実際に土砂の長距離流下現象が頻発している桜島から採取した軽石と火山灰です。軽石は数cm程度の大きさなのに対し、火山灰は0.1mm以下の細かい土を多く含みます。
  土砂の流下実験は、水路の傾きを30度に保って実施しました。流下させた土砂試料は水で飽和させたものを0.6m3になるように調整しました。観音開き方式の水密ゲートを一気に開放することにより土砂を流下させ、種々の指標の計測を行いました。
  粗い粒子の軽石のみからなる土砂試料、ならびに軽石に細かい土を多く含む火山灰を混合(体積にして10%)した土砂試料を、各々流下させたところ、流下中に発生する水圧が両者で大きく異なり、最終的な流下距離もかなり違うことがわかりました。以下に、今回の実験で得られた成果を示します。

  ・軽石と火山灰の混合試料では、流下する土砂の先端部付近で、圧力水頭(あつりょくすいとう)*が土砂の厚さを大きく上回りました(図2)。つまり、粒子の粗い軽石と粒子の細かい火山灰との混合試料では、一時的に過剰な水圧の上昇が認められました。反面、軽石のみの試料では、圧力水頭は流下土砂の厚さを下回り、水圧の上昇も見られませんでした。
  ・軽石のみの試料では、水路幅が狭くなる狭窄部で目詰まりを起こし、遠くまで流下しませんでした。一方、軽石と火山灰の混合試料では、狭窄部もスムーズに通過して、到達距離が長くなりました。また、長距離運動した土砂の割合が多くなりました(図3)。
  ・混合試料で認められた水圧の過剰な上昇は、流下中に火山灰が土砂の中の水に浮遊して水よりも重たい液体(泥水)になったこと、火山灰が混合されることで土砂内部で一時的に上昇した水圧が低下しにくくなったことが主な原因であると明らかになりました。

  これらの結果から、軽石に火山灰のような細かい土が混合されると、流下土砂の内部で一時的に水圧が過剰に上昇し、狭窄部でもスムーズに通過が可能になる程度にまで液体に近い状態に変化することが明らかになりました。このような状況が現実の地すべりや山崩れ現場で発生すると、その多くが土石流となって遠くまで流下して被災域の拡大に直結することがわかりました。

【成果の新規性および活用方法】
  従来、地すべりや斜面崩壊の到達距離について、“運動する土砂の体積が大きくなればなるほど到達距離が長くなる”、“土砂内部の水分が増加するほど、乾燥時に較べて到達距離が長くなる”という知見は得られていました。
  今回実施した実験では、同じ体積に調整した軽石に対し、細かい土(火山灰)を混合すると、内部で発生する水圧が上昇し、液体に近い状態で流下し、到達距離が長くなることが明らかになりました。つまり、同体積、同程度の水分量、同材料(軽石)でも、細かい土が混ざるか混ざらないかによって、流下のしかたが大きく異なることがわかりました。
  本成果を実際の現場に活用する例としては、流域ごとに土質に応じて治山ダムの規模を適切に決定する、さらには防災施設を効果的に配置することなどが考えられます。また、経済性・安全性の両面からみて信頼できる強度設計(例えば、流下する土砂の最大衝突エネルギーを考慮した設計など)を検討する上で重要になり、今後の防災計画に活かされる研究成果です。

  なお、本研究は林野庁「平成18年度九州森林管理局土石流の流動機構の解明と土石流衝撃力の評価調査」によって行われたものです。

【用語解説】

*

流動化

固体(塊)としての挙動を示していた土砂が、一時的な内部の水圧の過剰な上昇により液体に近い状態に変化すること。

*
圧力水頭 液体の圧力を水の深さ(単位はm:メートル)で表した値。


【本成果の発表論文】
  タイトル

Flow characteristics of 2-phase granular mass flows from model flume tests(模型水路実験における2相粒状体流れの運動特性)

  著  者 岡田康彦、落合博貴
  掲載誌 Engineering Geology
  巻号(年) Vol.97 No.1(2008)



写真1 土石流実験に用いた大規模模型水路の全景
写真1  土石流実験に用いた大規模模型水路の全景


図1 大規模模型水路の模式図と計測センサーの配置
図1  大規模模型水路の模式図と計測センサーの配置


図2 圧力水頭と流下

図2  軽石と火山灰の混合試料を流下させたとき、ポジション1(図1参照)で計測された圧力水頭と流下土砂の厚さの関係
   経過時間が約1秒までは、「圧力水頭」の値が「流下土砂の厚さ」の値を大きく上回っている。「圧力水頭」は液体の圧力を水の深さに置き換えた値であり、この値が「土砂の厚さ」の値を大きく上回るということは、土砂が液状化したことを示す。
   なお、圧力水頭が流下土砂の厚さを上回る結果は、図1のポジション2、3、4でも同様に認められた。




図3 土石流実験終了時における土砂の堆積の様子
図3  土石流実験終了時における土砂の堆積の様子
  a)軽石試料:土砂は狭窄部で目詰まりを起こし大半が停止(到達距離は9.9m)
  b)軽石と火山灰の混合飼料:土砂は狭窄部をスムーズに通過し水路水平部の左端付近にまで到達(到達距離にして11.7m)。到達距離が増大すると共に、長距離運動した土砂量が増加。


参考写真1
参考写真1   実験終了後の軽石と火山灰の混合試料の堆積状況(水路後方から撮影)


参考写真2
参考写真2   実験終了後の軽石試料の堆積状況(水路斜め後方から撮影)

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