プレスリリース

平成20年 9月16日


暗い森で生きる日なた好きの低木
~草から木へ変身するニワトコ~

                      独立行政法人 森林総合研究所


  森林総合研究所は、森に生きる低木種の研究から、光環境に応じて草から木に姿を変え る植物の生存戦略を世界で初めて明らかにしました。
   ニワトコは日なたを好む低木ですが、暗い森の中でもしばしば見かけます。実を食べた 鳥のフンと共に広くまかれる種子が、森ではわずかな明るい場所に偶然落ちて成長するの だと、これまで考えられてきました。しかし森林総合研究所の調査により、ニワトコの子 供(実生)が、暗い森の中で、まるで草のように柔らかい茎を出しては枯らすのを繰り返 し、忍耐強く生き続けること、また周りの高木が倒れるなどして明るくなると、その実生 の茎が木の幹に変化して素早く高く伸び、花を咲かせることなどがわかりました。さらに 数理モデルによる一生の解析から、ニワトコが成熟した森の光環境によく適応し、生活の 途中で草から木へと変身する生存戦略を持つことを明らかにしました。

  この成果は、樹木のユニークな生き方を見いだし、植物でこれまで知られていなかった 生活史を新たに解明したとして、アメリカの学術雑誌であるEcologyに掲載されました。


独立行政法人  森林総合研究所 理事長  鈴木 和夫
研究推進責任者: 森林総合研究所 研究コーディネータ  大河内 勇
研究担当者  :

森林総合研究所 森林植生研究領域 群落動態研究室  阿部 真

広報担当者  : 森林総合研究所 企画部研究情報科長  中牟田 潔
     Tel:029-829-8130
        029-829-8134
     Fax:029-873-0844

【ニワトコはギャップを利用する】
  
ニワトコ(Sambucus racemosa ssp. sieboldiana)は日本とその周辺に分布するスイカズラ科の落葉低木です。林の縁や林道端などの明るい場所で、春には泡立つような明るい花、晩夏には鈴なりの赤い果実をつけ、見る者を楽しませます(写真1、2)。
  年月を経た森では繁る枝葉が階層をつくり、そのため地面近くの層(林床)はとても暗くなります。しかし倒木などにより森の上層(林冠)に穴(ギャップ)ができて林床が明るくなった付近では、しばしば花や実をつけたニワトコが見られます。多くのギャップは数年から十数年ほどすると枝葉が繁って塞がり、再び暗くなった林床で、ニワトコは枯れてその一生を終えます。
  人の影響が少ない森では明るい場所はわずかなので、そこに生きるニワトコ集団(個体群)にとって、ギャップが大切な繁殖場所に違いありません。しかし成熟に時間がかかる樹木が、面積がわずかでしかも束の間しか存在しないギャップを、どううまく利用して個体群を維持しているのでしょうか。そこで実際にニワトコ個体群の動態を細かく解析したところ、今まで知られていなかった新たな植物の生き方が明らかになりました。

【種子をばらまき、実生で耐える】
  足も翼もないニワトコは、どのようにギャップにたどり着くのでしょう。ニワトコの果実は野鳥の好物なので、その種子は果実を食べた鳥のフンと共に広く散布されるのです。種子は数年間生き伸びて発芽力を保つことがわかっています。そこで、鳥のフンが偶然ギャップに落ちたり、落ちた直後にギャップができたりした時に、種子が素早く発芽・成長して実を結ぶのだろうと、今までは考えられてきました。
  ところが、茨城県北茨城市の調査地(小川群落保護林)で森林総合研究所が観察したところ、ギャップのない暗い林床にも、幼い未成熟のニワトコが多数生育しているのを発見しました(図1)。そのうちの多くが、木の幹を持たない実生(写真3)だったのです。観察を続けると、ニワトコの実生は地上の茎のみが頻繁に枯れては替わりに新しい茎を伸ばすことを繰り返しており、同じく暗い林床で育つ他の多くの樹種よりも生存率が高いことがわかりました。その多年草のような生活スタイルのおかげで、ニワトコの実生は地上部に回すエネルギーを小さく保ち、少ない光資源で生き続けられると考えられます。

【耐える実生はギャップでブレイクする】
  林冠にギャップができて光が差し込むようになると、暗い林床で生き続けた実生の茎は直ちに木質化した幹に変化し、素早く成長することもわかりました。
  数理モデル(推移行列モデル)によってニワトコの一生を解析した結果、この草のような実生集団が暗い林床で生き延びることと、ギャップでは木の姿になって急成長することが、ニワトコの個体群全体の維持にとって非常に重要であることがわかりました。また一方、古い成熟した森の林冠は高木の枯死などにより、小面積のギャップの生成、消長を繰り返します。試験地で観測したギャップの動態を組み入れたモデルで解析すると、多くのギャップがないこの森でも、ニワトコは個体群を維持できることがわかりました(図2)。

【変身する植物】
  
本研究は、ニワトコの生活史が成熟した森の林冠環境によく適応していることを示すとともに、森に生きる植物のこれまで知られていなかった生存戦略のひとつを明らかにしました。
  私たちは植物を、草である、木であると分類して、それを客観的な見方と考えます。しかし生涯の途中で草から木へ変わるようなニワトコは、この分類が植物の生活史の一瞬だけを捉えた、恣意的な発想なのかもしれないことを教えてくれます。

  この成果はアメリカの著名な学術雑誌であるEcologyに掲載されました。

【本成果の発表論文】
タイトル:

Population maintenance of the short-lived gap-dependent shrub Sambucus racemosa ssp. sieboldiana in an old-growth deciduous forest.(落葉広葉樹林の短命な低木・ニワトコの個体群維持機構)

著  者:

Shin ABE(阿部真), Hideyo MOTAI(茂田井英代:神奈川県庁), Hiroshi TANAKA(田中浩), Mitsue SHIBATA(柴田銃江), Yohsuke KOMINAMI(小南陽亮:静岡大学) and Tohru NAKASHIZUKA(中静透:東北大学大学院)

掲載誌: Ecology(アメリカ)
巻号(年): 89巻4号1155~1167頁(2008)
 


写真1 成長したニワトコ
写真1 成長したニワトコ


写真2 ニワトコの実
写真2 ニワトコの実(勝木俊雄撮影)


写真3 木の幹を持たないニワトコの実生
写真3 木の幹を持たないニワトコの実生

 


図1 ニワトコとギャップの位置

図1 ニワトコとギャップの位置
小川群落保護林固定試験地の中心部100m
×120mを上から見た図。青い部分が林冠高
10m未満のギャップ。花が咲くのはギャップの
周辺のみだが、未成熟のニワトコは暗い林床
にも散らばる。

 

図2 林冠状態ごとのニワトコ個体群の増減

図2 林冠状態ごとのニワトコ個体群の増減
推移行列モデルによる推定結果。増加率(λ) は個
体群サイズ(総個体数)の年あたり増減比を示す。
 a)ギャップが存在しない森林と仮定したモデル
 b)個体群全体がギャップにあると仮定したモデル
 c)林冠動態の実測によりaとbを結合させたモデル

 

 
 

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