プレスリリース

平成20年 7月15日


ダニを用心棒にするハチがいた!
~アトボシキタドロバチとキタドロバチヤドリコナダニとの相利関係~

                      独立行政法人 森林総合研究所


  森林総合研究所は、ハチの体液を吸う寄生ダニが、実はハチの用心棒になっている例を世界で初めて発見しました。
   生物界には、異なる種どうしが助け合う相利共生のいろいろな例が知られています。ある種のダニは特定のハチにだけ寄生しますが、その相手となるハチはダニを巣に運ぶための特別な部屋(アカリナリウム)を体に持っています。どうしてこのような部屋が進化してきたのかは長い間謎でしたが、巣に運ばれたダニはハチの天敵が巣に入り込むとこれを攻撃し、ハチの幼虫を守るという相利関係のあることがわかりました。
   この研究によって、ハチの体の不思議な構造「アカリナリウム」は、用心棒を確実に運ぶ重要な役割を果たしていることが明らかになりました。このようなハチとダニの関係を調べることによって、両者の相互作用の進化の道筋の解明がさらに進展するものと期待できます。

   なお、本研究は文部科学省科学研究費補助金「キタドロバチ-ヤドリコナダニの共進化をモデルとしたパラサイト制御機構の解明」によって行われたものです。


独立行政法人 森林総合研究所 理事長 鈴木 和夫
 
研究推進責任者: 森林総合研究所 研究コーディネータ  大河内 勇
     
研究担当者  :

森林総合研究所 森林昆虫研究領域 チーム長
     岡部 貴美子

広報担当者  : 森林総合研究所 企画部研究情報科長  中牟田 潔
     Tel:029-829-8130
        029-829-8134
     Fax:029-873-0844

【背景】
  
森林には多くの種類の生物が生息し、その間にはいろいろな相互関係が見られます。こうした相互関係を解明することは、どのようにして地球上にこれほど多様な生物が進化してきたかを理解し、生物多様性をよりよく保全し利用するうえでたいへん重要です。
  ハチの巣にはよくダニがすんでいますが、特定のダニが特定のハチに寄生するという緊密な関係が見られることがあります。ある種のハチの成虫は体の表面にアカリナリウムをという穴のような部屋を持ち、そこにおびただしい数のダニを収納しています。どうやら新しい巣へダニを安全に運ぶための特別な部屋らしく、このダニはきっとハチの役に立っているのだろうと考えられてきましたが、確かな証拠は何もありませんでした。
  私たちは、アトボシキタドロバチ(以下、ドロバチ、図1)のアカリナリウム(図2)を利用するキタドロバチヤドリコナダニ(以下、ダニ)が、ドロバチの天敵である寄生蜂を撃退することによって、寄主(=ドロバチ)に大きな利益を与えていることを実験と野外調査により明らかにしました。

【成果】 
  ドロバチは細い枯れ枝の髄(ずい)を掘り、いくつかの部屋(育児房)が並んだ巣を作ります(図3)。母バチは各部屋に卵を産み、孵化した子供の餌としてガの幼虫を詰め込むと部屋を閉じてしまい子供の世話をしませんが、ダニはすかさず卵を産んでいる母バチのアカリナリウムから這いだして育児房に入り込みます。野外では9割以上の育児房にダニが入っていました。このダニはドロバチ幼虫の体液を吸う寄生者ですが、幼虫に目に見えるようなダメージは与えません。
  実はドロバチにとってはるかに恐ろしい天敵は寄生蜂です。クロヒラタコバチという寄生蜂は、こっそり育児房に侵入し、ドロバチの幼虫にたくさんの卵を産み付け確実に殺してしまいます。
  この寄生蜂成虫とダニの成虫を細いガラス管に閉じ込めて観察してみると、ダニは自分の体の2倍もの大きさの寄生蜂に果敢に挑み、複数のダニにしがみつかれた寄生蜂はしばらくすると死んでしまうことがわかりました(図4)。おそらくダニが寄生蜂をかみ殺すのではないかと推測されます。ダニの数が少ないと逆にダニは殺されてしまいますが、7匹くらいればほぼ確実にダニが勝利します。実際に野外で観察したところ、一つの育児房に見られるダニの数の平均も6匹程度なのです。
  ドロバチの蛹が脱皮して成虫になるときに、育児房内で増えた100匹以上のダニ(若虫)が一斉に、脱皮している途中の成虫のアカリナリウムに入っていきます。ダニはこのドロバチなしでは生きていけませんが、ドロバチにとってもダニはいざというとき大事な自分の子供を寄生蜂から守ってくれる用心棒になっていると言えます。
  ハチの体の不思議な構造「アカリナリウム」は、用心棒を確実に運ぶ重要な役割を果たしているわけです(図5)。

【成果の活用方法】
  アカリナリウムは他にもいろいろなドロバチやハナバチで知られており、その形や大きさ、中にいるダニの種も様々です。これらいろいろな例でハチとダニの関係を調べることで、両者の相互作用の進化の道筋を解明できます。
  また、従来見過ごされていたダニの森林生態系における役割について、今後も同様の事例が多く発見されることが期待できます。

  なお、本研究は文部科学省科学研究費補助金「キタドロバチ-ヤドリコナダニの共進化をモデルとしたパラサイト制御機構の解明」によって行われたものです。

【用語解説】
  アカリナリウム 特定のダニを安全で確実に巣に運ぶために進化したと考えられている、ハチの体表面にある洞穴のような構造。
  寄生蜂 他の昆虫やクモなどに寄生する小型のハチ。寄主の卵や体に卵を産み付け、徐々に寄主を食い尽くしてゆく捕食寄生者。


【本成果の発表論文】
  タイトル Parasitic mites as part-time bodyguards of a host wasp(ハチの寄生ダニはパートタイムの用心棒)
  著  者 岡部貴美子、牧野俊一
  掲載誌 Proceedings of the Royal Society B
  巻号(年) 2008年7月2日号(電子版)




図1 営巣中のアトボシキタドロバチ
図1 営巣中のアトボシキタドロバチ


図2 アカリナリウムの構造
図2 アカリナリウムの構造


図3 アトボシキタドロバチの巣を開けた状態

図3 アトボシキタドロバチの巣を開けた状態。この巣には泥壁で仕切られた育児房が3個あり、それぞれにドロバチの幼虫がいる。いちばん左が最初に作られた育児房なので、幼虫も大きく餌も食べ尽くされているが、中央と右の育児房では幼虫がまだ小さく、餌も残っている。



図4 寄生蜂にしがみつくキタドロバチヤドリコナダニ
図4 寄生蜂(クロヒラタコバチの一種)にしがみつくキタドロバチヤドリコナダニ


図5 アトボシキタドロバチとキタドロバチヤドリコナダニとの相利関係
図5 アトボシキタドロバチとキタドロバチヤドリコナダニとの相利関係
 

過去のプレスリリースに戻る