プレスリリース

平成20年 5月29日


地下水の流れる音を探知して山崩れの場所を予測する

                      独立行政法人 森林総合研究所


  森林総合研究所では、山地斜面で地下水の集中する場所に発生する音を探知し、豪雨時に山崩れの起きやすい場所を予測する方法を開発しました。
  林野庁では、現在「平成20年度山地災害防止キャンペーン」を実施し、山地災害防止への取り組みを強化しているところです。我が国では、梅雨や台風等の大雨により各地で山崩れが起きるため、山崩れの発生する危険性の高い場所を予測することは防災上とても重要です。山地の山崩れは雨が地下にしみ込み、地下水の集中する場所で起きることが知られていますが、これまでの技術ではその場所を探知するには多大な労力を要し、高精度に特定することができませんでした。
  今回、森林総合研究所では地下水が流れるときに発生する曝気音の強弱を測定する技術を開発し、山崩れの起きる危険性が高い地下水の集中する場所を探知することに成功しました。また、この技術を使って雨の少ない時期に地下水が集中している場所を特定し、山崩れが発生する危険性が高い場所を予測したところ、その後の大雨で実際に山崩れが起きたことが分かり、この方法の有効性を確認することができました。

  (注)曝気音(ばっきおん):地下水が流れる際に、岩盤の亀裂や土粒子の間隙にあった空気と水が交換される。 
                   このとき気泡が発生し、これが割れる際に「コロコロ」・「ボコボコ」・「ゴー」という音が
                   発生する。

 


独立行政法人 森林総合研究所 理事長 鈴木 和夫
 
研究推進責任者: 森林総合研究所 研究コーディネータ  加藤 正樹
     
研究担当者  :

森林総合研究所 水土保全研究領域、
    山地災害研究室  多田 泰之
  

広報担当者  : 森林総合研究所 企画部研究情報科長  中牟田 潔
     Tel:029-829-8130  Fax:029-873-0844
     Tel:029-829-8134

【背景と目的】
  梅雨や台風等に伴う集中豪雨により山地で山崩れが起こり、毎年尊い命が失われています。また近年は地球温暖化の影響とみられる記録的な集中豪雨もしばしば発生し、山崩れ災害が頻発することが危惧されています。そのため、山崩れ災害を防ぎ、「国民の生命と安全・安心な生活を守る」ためには、山崩れの発生する場所を事前に予測する必要があります。
  一般に、山崩れの原因は地形・地質などの素因と降雨や地下水などの誘因に分けられ、両者の条件が揃った場合に発生します。これまで山崩れの発生しやすい場所は、素因のみから評価されてきました。これは、誘因である地下水の評価には多大な労力が必要なためでした。そこで、平常の降雨後に地下水の流れる「音」の強弱から地下水が集中場所を特定し、豪雨時に山崩れの起こる場所を従来よりも高精度に予測する技術を開発しました。

【成果】
I.音を聞いて地下水の流れる場所を探す
  
山崩れの多くは大雨が降った時に発生します。これは雨が土層中に浸透し斜面に地下水が発生すると、土の強度が失われ不安定になるためです。広い山の中でこの地下水の発生する場所を知ることが、山崩れが起きる場所を事前に特定する大きな鍵となります。そこで、山崩れの起きそうな急勾配の山で、地下水の発生しやすい場所を調べるために「地下流水音探査技術」を開発しました(写真1)。
  雨による地下水が岩盤の亀裂や土粒子の間隙(すき間)に入り込むと、間隙中にあった空気を押し出します。このとき、間隙に気泡が生じこれが割れると「コロコロ」・「ボコボコ」・「ゴー」などの曝気音が生じます。これを地下流水音と呼ぶことにします。
  地下水が多く流れている場所では、土の中の空気と水が盛んに交換されます。つまり、地下水が多く流れている場所ほど大量の気泡がはじけ、地下流水音の強さが大きくなります。地下流水音探査は、平常の降雨後に高感度の聴診器を使ってこの音の強い場所を探すことで地下水の流れる場所を特定します。

II.山崩れの場所と地下流水音の強さ
  
山崩れが既に起きた場所で地下流水音の強さを調べた事例を図1で紹介します。 A、B、Cは上の写真の山崩れの位置に対応しています。写真中の青色の点線の箇所で音の強さを測定すると、山崩れの起きた場所では、周囲に比べて地下水の流水音が強くなっていました。このような結果は、谷型・尾根型などの斜面形状や地質の種類に関係なく多くの斜面で確認されました。山の中で地下水の発生する場所を知ることが、山崩れの場所を予測するために重要であることが明らかになりました。

III.山崩れの場所を予測する
  夏期の降雨の少ない時期に、写真2に示した林道のり面で、今後崩れる危険性の高い場所の予測を試みました。地下流水音は林道のり面の点線の位置で測定しました。その結果、のり面には地下水が集中し、崩れる危険性が高いと考えられる地下流水音の強い場所(図2中の矢印の範囲)が発見されました。その後、この危険と判断された場所では、秋期の台風に伴う大雨で実際に山崩れが発生しました(写真2下)。本手法が山崩れの危険性の高い場所を探すのに有効であることを確認できました。

IV.今後の展望
  今後は、1人でも多くの人を山崩れ災害から守るために、誰でも簡単に地下水の流れる場所を特定できるように測定器に改良を加え、この手法を広く普及させる予定です。

  本研究は、京都大学防災研究所COEプログラム、および、文部科学省科学研究費補助金(17688007)「地下流水音による斜面崩壊発生場所の予測手法の開発」の成果です。また、(株)拓和と共同で特許(出願番号2005-144369 地中音測定装置およびこの装置を用いた水みちの探査方法)を申請しています。詳しくは、「多田泰之ほか(2007年)砂防学会誌60巻4号の25~33ページ」をご覧ください。 

【用語解説】
  林道:木材生産や森林の維持管理を目的として作られた山中の道路
  のり面:自然の地盤を掘削したり、盛土したりすることによってできた人工的な斜面

【本成果の発表論文】
  タイトル:地中水みちと崩壊発生位置の関連性
  著  者:多田泰之(森林総研)、藤田正治(京都大)、堤大三(京都大)、小山敢(鳥取林試)、河合隆行(鳥取大)、奥村武信(鳥取大)、本田尚正(鳥取大)
  掲載誌:砂防学会誌
  巻号(年):60巻4号、p.25~33(2007年)

 


   

写真1 地下流水音の測定
写真1 地下流水音の測定

図1 崩壊地での地下流水音の測定例
図1 崩壊地での地下流水音の測定例

地下水の発する音から地下水の流れる場所を特定する方法を開発しました。

花崗岩を地質に持つ既に山崩れの起きた斜面で地下流水音探査を実施しました。山崩れの発生した場所では地下流水音が強く、地下水の集中する場所で山崩れが発生することを明らかにしました。

 


   

写真2 台風前後の林道の様子
写真2 台風前後の林道の様子

図2 台風前の地下流水音の分布
図2 台風前の地下流水音の分布

地下流水音探査により、地下水が集中して崩れる危険性の高い場所を林道のり面で調査しました(写真2上)。その結果、のり面には崩れる危険性が高いと考えられる地下流水音の強い場所が発見されました(図2中の矢印の範囲)。この危険と判断された場所は、その後の大雨で実際に崩れ(写真2下)、本手法が山崩れの危険性の高い場所を探すのに有効であることが確認できました。

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