プレスリリース
 

平成21年 9月4日

独立行政法人 森林総合研究所
 
共生細菌ボルバキアの遺伝子が
マツノマダラカミキリの染色体上にごっそり転移
−微生物から高等生物への遺伝子水平転移を具体的に証明−
 

ポイント
 ・ マツノマダラカミキリの常染色体上に、共生細菌“ボルバキア”の遺伝子が大規模に転移していることを発見
 ・ 微生物から高等生物への遺伝子水平転移を具体的に証明
 ・ 生物の進化に及ぼす遺伝子水平転移の影響を解明するため、マツノマダラカミキリに注目

 
 
概要

  森林総合研究所は、独立行政法人産業技術総合研究所、放送大学、国立大学法人愛媛大学と協力して、マツ材線虫病の媒介昆虫であるマツノマダラカミキリの常染色体上に節足動物および線虫類の共生細菌であるボルバキアの遺伝子が大規模に水平転移していること、すなわち種の壁を超えた生物間で遺伝子が転移していることを突き止めました。微生物から高等生物への大規模な遺伝子水平転移を今回のように詳細かつ具体的に証明した例は世界的に見ても極めて少なく、高等生物の機能や進化に及ぼす遺伝子水平転移の影響を考える上で大変重要な発見と言えます。今後、マツノマダラカミキリはマツ材線虫病の研究分野だけでなく、生物進化という学術的分野においても、微生物由来の遺伝子を保持する貴重な生物として注目を集めそうです。

  予算:科学研究費補助金(19780126)
       「細胞内寄生細菌“ボルバキア”がマツノマダラカミキリの生殖機能に与える影響の解明」

 
 
問い合わせ先など

 独立行政法人 森林総合研究所  理事長 鈴木 和夫
 研究推進責任者: 森林総合研究所 研究コーディネータ  藤田 和幸
 研究担当者: 森林総合研究所 東北支所
  生物被害研究グループ     相川 拓也
 広報担当者  : 森林総合研究所 東北支所 連絡調整室長 佐々木 清和
  Tel:019-641-2150(代)  Fax:019-641-6747
森林総合研究所 企画部 研究情報科長 荒木 誠
 
 
研究の背景

  一般的に、生物の遺伝子は親から子へと伝えられ延々とその子孫に受け継がれていくものです。これを遺伝子の垂直伝播と呼びます。その一方で、遺伝子が生物の種の壁を越えて他の生物へ伝えられる現象も知られており、これは遺伝子の水平転移と呼ばれています。この現象は、細菌などの下等な生物(原核生物)間では比較的頻繁に起こり、それらの生物の進化にも大きく寄与していることが以前から知られていました。しかし、昆虫や動物などの高等生物(多細胞真核生物)においては、まだ遺伝子水平転移の実証例が少ないことから稀な現象として捉えられていました。

 
研究の成果

  マツ材線虫病の媒介昆虫として悪名高いあのマツノマダラカミキリ(写真1)の常染色体1)上に、節足動物や線虫類の共生細菌として知られるボルバキアの遺伝子が大規模に転移していることを明らかにしました。本発見における特記すべき点としては、

  1)遺伝子の転移元が“ボルバキア”と種名まで特定されていること
  2)ボルバキアの遺伝子が大規模に転移していること(図1
  3)ボルバキアの遺伝子の転移先がマツノマダラカミキリの7番目の常染色体と同定されていること(写真2

  などが挙げられます。このように、微生物から高等生物への遺伝子水平転移について、転移元、転移先、そして転移した遺伝子の種類や規模まで具体的に明らかにした例は世界的に見ても非常に少ないことから、本研究の成果は生物の進化と遺伝子水平転移との関係を考える上で極めて重要な発見であると言えます。

  
今後の展望

  転移したボルバキアの遺伝子はマツノマダラカミキリの生命活動に寄与しているのでしょうか?その点については、今後、転移した遺伝子の発現パターンや機能を調べることにより明らかにすることができます。また、本研究によって、マツノマダラカミキリからボルバキアの遺伝子は検出されましたが、細菌としての“真のボルバキア”の感染は確認されませんでした。もし、この転移した遺伝子の元となったボルバキアを発見することができれば、その生物学的な性質、たとえばマツノマダラカミキリの生理的機能に与える影響や遺伝子水平転移が起こるプロセスなどを詳しく調べられるかも知れません。これまでマツノマダラカミキリはマツ材線虫病の媒介者という悪役として名を馳せてきましたが、今後は高等生物の機能および進化に与える遺伝子水平転移の影響を解明するための貴重な研究材料としても注目されると考えられます。そのような新たな視点からのアプローチによって、これまでにはない新しいマツノマダラカミキリの防除法の糸口が見えてくるかも知れません。

 

用語解説

1)常染色体
  性染色体(雌雄の性の決定に関与する染色体)以外の染色体の総称。

 
本成果の発表論文

タイトル:

Longicorn beetle that vectors pinewood nematode carries many Wolbachia genes
on an autosome.(マツノザイセンチュウを媒介するカミキリムシは常染色体上に数多くのボルバキアの遺伝子を持っている)

掲 載 誌: Proceedings of the Royal Society B(英国王立協会紀要)
巻号(年): 2009年8月19日(オンライン速報版)
著  者:

相川拓也、安佛尚志(独立行政法人産業技術総合研究所)、二河成男(放送大学)、菊地泰生(森林総合研究所 森林微生物研究領域)、柴田洋(国立大学法人愛媛大学)、深津武馬(独立行政法人産業技術総合研究所)

 


写真1 マツノマダラカミキリ
写真1 マツノマダラカミキリ
  マツ材線虫病の病原体であるマツノザイセンチュウを媒介する森林害虫。

写真2 マツノマダラカミキリの染色体上に存在するボルバキアの遺伝子
写真2 マツノマダラカミキリの染色体上に存在するボルバキアの遺伝子
 10本の染色体(2n=20)のうち、大きい方から数えて7番目の染色体上にボルバキアの遺伝子が存在する。
  青色シグナル:マツノマダラカミキリの染色体
  黄色シグナル(矢印):ボルバキア遺伝子

図1 ボルバキアの遺伝子地図上にマッピングしたマツノマダラカミキリから検出されたボルバキア遺伝子
図1 ボルバキアの遺伝子地図上にマッピングしたマツノマダラカミキリから検出されたボルバキア遺伝子
  ボルバキアが持つ214の遺伝子のうち31の遺伝子(約14%)が マツノマダラカミキリに転移していた。
 

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