プレスリリース
 

平成22年 1月13日

独立行政法人 森林総合研究所
 
年輪の炭素同位体比を用いた木材の産地判別技術を開発
 

ポイント
 ・ 世界で初めて年輪の安定同位体比を用いた木材の産地の判別手法を開発

 ・ 産地偽装材・違法伐採材の検出に応用が可能で森林減少・劣化の防止に役立つ

 
 
概要

  森林総合研究所は、年輪の炭素同位体比が地域や年によって異なることを利用して、木材の産地を高精度・高信頼度で判別する技術を世界で初めて開発しました。この方法は、産地がわからない木材(原木丸太)の年輪の炭素同位体比の経年変化のパターンと、産地が明らかな木材のパターンを比較し、産地未知材との類似性が最大になる地点を推定産地とします。木材の産地を誤差100〜300kmで判別することが可能であり、違法伐採・産地偽装抑止のための木材の産地判別技術として期待されます。

  予算:科学研究費補助金「違法伐採・産地偽装対策のための木材産地識別技術の開発(H21-24)」、
      森林総合研究所交付金プロジェクト「合法性・持続可能性木材の証明のための樹種・産地特定技術の開発(H20-22)」

 
 
問い合わせ先など

 独立行政法人 森林総合研究所  理事長 鈴木 和夫
 研究推進責任者: 森林総合研究所 研究コーディネータ  大原 誠資
 研究担当者: 森林総合研究所
  木材特性研究領域 組織材質研究室   香川 聡
 広報担当者  : 森林総合研究所 企画部 研究情報科長 荒木 誠
  Tel:029-829-8130  Fax:029-873-0844
 
 
研究の背景

  森林は地球温暖化の原因とされる二酸化炭素の吸収源ですが、世界全体のCO2排出量の約5分の1が森林減少・劣化によるものであることがIPCCにより報告されています。現在、農地転換・違法伐採等により世界中から毎年本州の3分の2以上の面積の森林が失われていますが、木材の産地を高精度で判別する技術が開発されれば、違法伐採を抑止することにつながることが期待できます。

 
研究の内容及び成果

  世界中の全ての木材は、その産地に特有な安定同位体フィンガープリント1)を有していています。本研究では、食品・農産物の産地判別に広く用いられている安定同位体フィンガープリントを木材(原木丸太)に適用して、木材の産地判別における有効性を調べました。ここでは、安定同位体比のうち、炭素同位体比の年代による変動に着目しました。
  新たな木材産地判別法は「近くに生えている木同士ほど炭素安定同位体比の年変動(時系列)の類似性が高い」という性質を利用しています。図1のように、アメリカ南西部でお互いの産地が近い木材の炭素同位体比時系列を比較すると(と○)、高い類似性(相関係数r =0.83)が見られますが、産地が離れた木材を比較すると()、類似性は低くなります(r =0.48)。一方で、本当は産地が分かっている木材を産地未知の木材と仮定し、周辺の木材の炭素同位体比時系列との類似性を計算して木材の産地を推定したところ、高い空間精度(誤差100〜300km)・高信頼度(有意水準<10-5%)で木材の産地を判別することができました(図2)。参照試料の空間密度を増やせば、さらに誤差を小さくでき、より高い精度で産地判別を行うことができます。
  木材の炭素安定同位体比を比較する代わりに、周辺の測候所の気象データと比較することによっても産地推定がある程度は可能です。図3は違法伐採の深刻な極東ロシア産材の年輪の炭素同位体比を測定し、世界各地の6〜7月の降水量データとの相関を計算して産地を推定した例(左)です。右は年輪幅と産地の降水量とを用いる方法で推定を試みた例です。年輪幅は樹木が生育した産地の降水量を反映するので、年輪幅も気候復元・産地推定に用いられてきました。降水量をより強く反映する年輪の炭素安定同位体比は従来の方法に比べて産地推定に非常に有効であることが分かります。

  
成果の意義と活用

   林野庁では、グリーン購入法により政府調達の対象とする木材・木材製品について、合法性、持続可能性の証明に必要な事項を定めていますが、その中でも産地は最も重要な情報です。木材の産地を高精度で判別できれば、違法伐採材の使用を抑制し、国産材のような合法性・持続可能性が証明された木材及び木材製品の利用を促進することが出来ます。現在、我々は違法伐採が深刻なインドネシアを含む東南アジア産のチーク材や、国内の木材主要産地周辺での年輪の炭素同位体比データベースを構築中です。我々は他の元素の同位体比データベースも構築中で、これにより更に高精度の木材の産地判別が可能になります。

 

用語解説

1)安定同位体フィンガープリント
  安定同位体は原子番号(陽子数)が同じで、質量数(陽子と中性子の数の和)が異なる原子同士のうち、放射線を出さないものを指します。例えば、炭素には13Cと12Cの安定同位体が存在します。安定同位体の自然界での存在比は、それぞれ1.1%、98.9%です。植物中に含まれる安定同位体の存在比は産地や生育年に応じて特有で、これらの固有の安定同位体比の組み合わせを安定同位体フィンガープリントといいます。主に食料となる1年生の農作物に比べ、木材は数十年から数百年の間年輪を形成するので、産地識別に使える情報量が多く、より正確な産地推定が可能になります。

 

 
本成果の発表論文

タイトル:

Stable carbon isotopes of tree rings as a tool to pinpoint the geographic origin of timber(木材の産地判別ツールとしての年輪の安定炭素同位体)

掲 載 誌: Journal of Wood Science(木材学会誌)
巻号(年): 2010年1月2日(オンライン版)
著  者:

香川聡、Steven W. Leavitt (アリゾナ大学年輪研究所)

U R L: http://www.springerlink.com/content/0u6177873qx217q0/
 


図1 産地間の距離と年輪の炭素同位体比時系列の相関係数との関係
図1 産地間の距離と年輪の炭素同位体比時系列の相関係数との関係
  お互いに産地が近い木材同士ほど、年輪の同位体比の相関係数()が高いことが分かります。

図2 炭素同位体比時系列による木材の産地判別1
図2 炭素同位体比時系列による木材の産地判別2
図2 炭素同位体比時系列による木材の産地判別3

図2 炭素同位体比時系列による木材の産地判別
  産地未知の木材(実産地×印)の年輪の炭素同位体比時系列は、実際の産地周辺の樹木と高い類似性(値、○印の直径)を示すので、類似性が最大になる地点(色等高線の赤色部分)を探すことにより、木材の産地が推定できます。値は相関係数()、年輪数()から上式により計算されます。

図3 気象データとの相関の計算による木材の産地推定
図3 気象データとの相関の計算による木材の産地推定
  (左)極東ロシア(ヤクーツク)産のヨーロッパアカマツ材1個体の年輪の炭素同位体比を1年毎に分析し、世界中の降水量データとの相関係数を計算し、値が最大になる地点として産地を推定した例。
  (右)同じ個体の年輪幅を1年毎に測定し、世界中の降水量データとの相関を計算した例。実産地は推定できない。
 

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