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発行:農林水産省林野庁
森林総合研究所
研究の“森”から タイトル No.9
1991.04.17

樹幹流の正体を追う

酸性雨モニタリング研究の第一歩

 欧州,北米各地の湖沼や森林に深刻な影響を及ぼしているとされる酸性雨は,今や国際的な課題として世界各国から注目されており,わが国でも酸性雨とスギの衰退現象を関連づけた報告がいくつか見られます。なお,酸性雨による樹木の衰退現象について,雨滴中に溶け込んでいる硫酸や硝酸が樹冠に直接触れて葉の機能を減退させるとする説,雨水によって酸性化された土壌中ではAlや有害重金属が遊離するため細根や菌根に機能障害が誘発され衰弱にいたるとする説の二通りありますが,今日では後者が一般的なようです。

 ところで,うっ閉した林分の林木に全く触れることなく土壌に落下できる雨滴は極めて稀であり,ほとんどすべての雨滴は多かれ少なかれ林木に接触して土壌に達するとみるのが自然でしょう。また,この過程において,雨水は林木表面上に付着している各種水溶性物質を溶解するため,本来の雨水とは異質な林内雨や樹幹流として森林土壌へ供給されることになります。そこで森林土壌へ供給される水のうちでも林木との接触機会が極端に多い樹幹流を能率的に採取できる方法が考案され(図示),雨水から樹幹流にいたる酸性度の変化について調査が行われてきました。

図 綿製網体を利用した樹幹流採種法

図:綿製網体(ガーゼ)を利用した樹幹流採取法

写真

 その結果は,樹幹流のpH値は雨水のpH値とはほとんど無関係に,樹種ごとに一定の値域へ収斂することが明らかにされたことです。

 引き続き計画されている実験を紹介すると,樹幹に降下した雨水が樹幹流として樹幹基部へ達するまでの質的変化の様子を明らかにするため,写真で示されたように分枝部ごとの中間樹幹流を採取し,河川理論に基づいた解析を行うことです。この場合も,先の方法で示されているように,使用するガーゼの量により水保留限界が異なっていることを利用し,段階的に中間樹幹流をサンプリングするだけでなく,その都度オーバーフローした分をより樹幹の下方へ流下させながら,最終的に樹幹基部でのサンプリングを行うという方式を用いることにしており,その実験結果が期待されます。


ブナアオシャチホコの大発生と個体群動態


 緑深いブナ林がたちまちのうちに丸坊主になってしまう−そんな光景をテレビや新聞で見た人も多いかと思います。これは「ブナアオシャチホコ」という蛾の幼虫のしわざです。ブナアオシャチホコは8年から12年くらいの間隔で大発生を繰り返してきました。この虫が大発生すると,糞が落ちる音がまるで雨の音のように聞こえ,ブナの葉を食いつくし,餌不足で死亡した幼虫が地面に散乱します。被害面積は数百haから数千haに及び,ときには1万haを超えます。その発生規模はわが国の森林食葉性害虫の中でも最大級のものです。

 

大発生と個体群動態の特徴

 過去数回の大発生の際の調査や,平常密度時の個体群動態の調査から,次のようなことが明らかになりました。

1 8〜12年の周期で約10,000倍もの密度変動を繰り返す,漸進大発生型の個体群動態を示す。

2 大発生は一地域では通常2〜3年続くが,被害地が年々移動する現象がみられる。

3 ブナが分布する標高帯のうち,ブナ帯の上限より少し下方の地域で,標高差200mの帯状に被害が発生する。

4 標高の低いブナ林では,密度増加期には密度が高く推移するが大発生には至らない。

ブナアオシャチホコの個体群動態のモデル

ブナアオシャチホコの終齢幼虫

 

大発生を終息させる天敵たち

 ブナアオシャチホコが大発生すると,甲虫の捕食者「クロカタビロオサムシ」も大発生します。クロカタビロオサムシの成虫は樹上や地上でブナアオシャチホコの幼虫を,幼虫はブナアオシャチホコの幼虫や蛹を捕食します。また,冬虫夏草の一種である「サナギタケ」という菌も重要な天敵です。ふだんはほとんどみられませんが,大発生すると90%以上の蛹がこの菌に寄生されて死んでしまいます。このような生態系の自己制御作用で大発生は自然に終息します。

クロカタビロオサムシの成虫サナギタケの子実体

 

ブナ林の動態に深くかかわる

 食葉性昆虫の被害だけで広葉樹が枯死することはほとんどありません。しかし,葉を食いつくすことによって樹木を衰弱させるため,気象害が重なったり,穿孔性害虫の寄生を誘発すると多量の枯損を引き起こす場合があります。青森県八甲田山では,1985年に約100haにわたって10,000m3ものブナが枯死しました。ブナアオシャチホコに食害され樹勢が衰えたところを,春先の寒風害や雪害,土壌の乾燥による水分ストレスが重なったことが枯死の原因と推測されています。同じような例は,静岡県天城山や岐阜県農郷白山でも確認されています。このようなブナの集団枯死はこれまで知られていませんでしたが,長い時間軸でみたブナ林のダイナミックスの中では,しごく当然のように起こっている現象なのかもしれません。

 

総合的な管理に向けて

 このように,ブナアオシャチホコはブナ林の動態に深くかかわった重要な害虫です。昆虫研究室では,これまでの研究結果をもとに本種の発生予察技術を確立しました。また,衛星データを使ってブナアオシャチホコの被害地や被害程度を推定したり,大発生後のブナの衰弱度から複合被害を予測して,総合的なブナ林の管理に役立てる研究を進めています。

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