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森林総合研究所
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第106号
平成14年8月31日発行
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近畿・中国地方のツキノワグマの遺伝的特徴を探る


絶滅のおそれのある中国山地のツキノワグマ

 ツキノワグマは,東アジアに広く生息し,古くから毛皮,肉,熊の胆(い;胆嚢)を取るために捕獲されてきました。日本では,高い捕獲圧に加えて,開発や土地利用により,生息に適した環境が縮小したために生息地の分断化が進み,多くの地域で絶滅が危惧されています。日本における現在の総生息数は,1〜1.5万頭程度と見積もられていますが,九州ではすでに絶滅した可能性が高く,また四国では多く見積もっても数十頭のレベルまで減少しています。本州における分布の西端に当たる中国山地の集団も,生息環境の悪化のために中国山地の西と東に孤立した状態で分布していて(図1),推定個体数はそれぞれ250〜500頭(西中国山地集団)と100〜200頭(東中国山地集団)で,ともに絶滅が危惧されています。これらの集団は,下北半島,紀伊半島及び四国の集団とともに「絶滅のおそれのある地域個体群」に指定され,兵庫以西の6県では狩猟が規制されています。しかしツキノワグマは,農作物や養蜂へ被害を与えたり,樹皮を剥ぐなどの林業被害を起こしたり,さらには人に危害を及ぼすこともあることから,その保護活動は容易ではなく,常に慎重な対応が求められています。

図1 近畿・中国地方のツキノワグマの分布

図1. 近畿・中国地方のツキノワグマの分布

(1:西中国山地集団, 2:東中国山地集団,3:北近畿西集団,4:北近畿東集団)

 

地域集団の遺伝的特徴を調べる

 孤立した状態にあると思われる地域集団を適切に保全するには,齢構成などの生態学的なデータを集めるほか,集団が保持する遺伝的多様性の程度や,他の集団とどの程度の遺伝的交流があるのかといった遺伝的特徴を調べる必要があります。関西支所では,近畿・中国地方におけるツキノワグマ保全のため,90年代の初めから,近畿・中国地方の各府県で有害駆除等により捕獲された個体の一部(筋肉など)を集め,遺伝的な分析を行っています。

 地域集団の遺伝的特徴を把握するための遺伝マーカーとして,マイクロサテライトDNAと呼ばれる繰り返し配列に見られる多型を分析し,遺伝的な多様性(対立遺伝子の数や異型接合の割合など)を近畿・中国地方の集団間で比較しました(Saitoh et al. 2001)。6種類のマイクロサテライトDNAを分析した結果,兵庫県円山川の東側に位置する北近畿の地域集団が平均して3.3,4.2種類の対立遺伝子をそれぞれ保持するのに対して,中国山地の二つの集団は2.0(西中国山地集団),2.5(東中国山地集団)と低く,異型接合の割合も中国山地の集団は北近畿の集団よりも低いことが分かりました(図2)。しかも,それぞれの地域集団で遺伝的な分化が進んでいて,地域集団の間の遺伝的交流は少なく,特に西中国山地集団は他の集団とほとんど交流のないことが分かりました(図2)。

 ツキノワグマの頭骨の形態を調べている研究者や生息に適した環境の分析を行っている研究者は,以前から北近畿の集団が由良川を境にして二つの集団に分かれているのではないかと指摘していました。遺伝マーカーを用いた分析からも,由良川をはさんだ東と西の集団間には確かに遺伝的な構成に違いが見られ,西側の集団の多様性が東側の集団と比べて低く,集団間の遺伝的な交流が少ないことが分かりました(図2)。

図2 地域集団の遺伝的多様性と集団間の遺伝的分化の大きさ

図2. 地域集団の遺伝的多様性と集団間の遺伝的分化の大きさ

n は対立遺伝子の数(平均値)。HOは多様性の指標の一つである異型接合の割合(円グラフの黄色部分)を示している。FSTの値は集団間の遺伝的分化の程度を示していて,値が大きくなるほど分化が進んでいることを示している。(Saitoh et al. 2001の図を改変)

(1:西中国山地集団, 2:東中国山地集団,3:北近畿西集団,4:北近畿東集団)

 このように近畿・中国地方のツキノワグマ地域集団の遺伝的な多様性は,中国山地の二つの孤立集団で低く,北近畿東側の集団で最も高いことが分かってきました。しかし,北近畿東側の集団の保持する多様性が,北陸や中部以北の集団と比べて高いのかどうか,またそれらの集団間でどのような交流があるのかについてはまだ分かっていません。

 

絶滅を防ぐために

 近畿・中国地方のツキノワグマの絶滅を防ぐには,まずそれぞれの集団で,これ以上個体数が減らないように,彼らの生息に適した場所を確保しなければなりません。その上で孤立状態を改善するために,集団間の行き来が自由にできるように環境を整える必要があります。我が国におけるツキノワグマの捕獲数は,毎年1,500〜2,000頭にのぼります。1〜1.5万頭と見積もられている総生息数からすると,この数は明らかに過剰で,近い将来にツキノワグマがいなくなってしまうでしょう。早急に日本全域で保全を考える必要がありますが,そのために近畿・中国地方だけでなく,他の地域集団においても同じように遺伝的特徴を明らかにする必要があります。

 

謝辞:本稿の分析試料の収集に当たり,様々な方々に多大なる協力をいただきました。心から御礼申し上げます。

引用論文:

Saitoh, T., Ishibashi, Y. Kanamori, H., and Kitahara, E. (2001) Genetic status of fragmented populations of the Asian black bear Ursus thibetanus in western Japan. Population Ecology 43(3): 221-227.

<実行課題>
アウ2a 希少・固有動物の個体群に影響を与える要因の解明

石橋 靖幸(北海道支所) 
 齊藤  隆(北海道大学 前所属:関西支所)

島田 卓哉(関西支所)
研究の“森”から No.106 平成14年8月31日発行
編集・発行:森林総合研究所企画調整部研究情報科広報係
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