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発行:農林水産省林野庁
森林総合研究所
研究の“森”から タイトル No.52
1996.11.22

キシャヤスデ大発生の謎


 長野県と山梨県にまたがる八ヶ岳の麓を走る小海線で,連日ヤスデが大発生して列車が止まり,新聞をにぎわしたのはもう20年も前の話です。このヤスデ,汽車を止めるからキシャヤスデと名づけられました。ヤスデは線路の上だけでなく,畑や家の中にも入り込むので,気持ち悪いと嫌われていますが,森にとっては大切な生き物です。調査の結果,今ではいつ,どこに発生するか予測できるようになりました。1996年の秋には東京都と山梨県にまたがる秩父・多摩地域で,予測通りキシャヤスデが大発生しています。



キシャヤスデってどんな虫?

 脚のたくさんある細長い虫というとすぐムカデと勘違いして,かみつかれると恐がる人が多いようです。これはとんでもない誤解で,ヤスデはかみついたりしません。さわるとくるっと体を丸めるので,ムカデと区別できます。
 キシャヤスデの体の長さは35mm,脚の数は雄は30対,雌は31対で,ヤスデの中では大きい方です。8〜9月頃のキシャヤスデは肌色ですが,だんだん体の色が濃くなり,10月に入ると朱色の地に焦げ茶色の縞模様が目立つヤスデになります。

 

キシャヤスデ 写真

 

キシャヤスデ Prafontaria laminata armigera VERHOEFF


汽車を止めたキシャヤスデ

 1976年の秋に,小海線の甲斐小泉―野辺山間でヤスデが大発生しました。この区間は急勾配なため,ひかれたヤスデの体液で車輪がスリップし,動けなくなった列車は6本,運休した列車は12本になりました。10月末の寒さでヤスデがいなくなるまでの約2か月間,ヤスデ駆除のために動員された人は,のべ331人で,人件費と使った殺虫剤や機材,代替バスなどの費用をあわせると430万円にものぼりました。
 ヤスデによる列車妨害は1920年に中央本線贄川―奈良井間と,北陸本線刀根―疋田間で発生したのが最初の記録です。その後,福井県,岐阜県,長野県,山梨県でヤスデによる列車妨害が報告され,また,西は滋賀県から北は栃木県にわたる範囲で,キシャヤスデ類の大発生が観察されています。
写真 長野県野辺山で大発生したキシャヤスデ1

写真 長野県野辺山で大発生したキシャヤスデ2

長野県野辺山で大発生したキシャヤスデ
(1984年9月17日撮影)


八年に一度の集団見合い

 大発生したヤスデについて,野外で観察したり,室内で実験したり,関連資料を整理してみたところ,いろいろなことが分かってきました。
 9月,まだ肌色のキシャヤスデはただゾロゾロと歩き回るだけです。でもきっと,気に入った相手を探しているのでしょう。10月に入り,ヤスデの体が朱色になる頃,落葉の下で交尾しているカップルが目立つようになります。11月,気温が0℃を割るとヤスデは土の中で丸くなって冬を越します。翌年5月,ヤスデは土の中から這い出して,さらにしつこく,相手を変えて何回も交尾し,初夏に千個近い卵を産んで死にます。
 卵からかえった幼虫は7回脱皮して親になるのですが,1年に1回しか脱皮しません。従って7年目,つまり親の世代が大発生してから8年目にようやく成虫になります。キシャヤスデの幼虫は土の中にいますが,成虫になると地表面に出てきます。土の中は見通しが悪いので,結婚相手を探すのが大変だからでしょう。小海線沿線では,このように8年に1回,成虫になったヤスデが集団見合いのために地上を大挙して這い回るのです。

 

写真 交尾中のキシャヤスデ

 

交尾中のキシャヤスデ

 

写真 越冬中のキシャヤスデ

越冬中のキシャヤスデ


大発生の予測

 大発生したキシャヤスデは翌年大量の卵を産みます。その卵が無事に育てば,8年後にまた大発生するはずです。そこで,キシャヤスデの大発生記録を発生地域ごとに整理すると,期待通りに8年おきに大発生する確率が高いことが分かりました。従って今,秩父・多摩地域で大発生しているキシャヤスデは来年卵を産み,2004年に次世代が再び大発生するはずです。同様に,1999年には信濃川上付近で,2000年には中部山岳地帯で,2001年には乗鞍岳周辺で,キシャヤスデの大発生が起こる可能性が高いといえます。
 ただし,8年間隔で説明できない大発生記録も何件かあります。また,なぜこのような大集団ができたのかは謎のままです。


森の中でこんなに役に立ってます

 キシャヤスデの生活の大部分は森の土の中です。ここで,キシャヤスデは体重の何十倍もの落葉を食べ,土に変えます。ヤスデの糞は栄養分に富み,樹の成長に役立ちます。また,土の中を動き回ることによって,土の中の空気や水の通りをよくしています。山梨県の落葉広葉樹林で調査したところ,キシャヤスデが大発生した1980年8月から翌年8月までの1年間に,約3kg/m2もの落葉を食べ尽くしました。これはこの地域で1年間に落ちる葉の10倍に当たります。
 キシャヤスデがあちこち這いまわるのは困りものですが,大発生するのは8年に1度,しかもたった2か月足らずです。この時期を除けば,森の役に立つ大切な虫です。ヤスデの集団見合いの期間だけ少しがまんして,目の敵のように殺したりしないで,暖かく見守ってやって下さい。


******* 多摩森林科学園からのお願い *******
 最後まで読んで下さった方にお願いです。キシャヤスデの大発生の謎を解くには,皆さんの協力がぜひとも必要です。キシャヤスデを見かけたら,その時の状況を知らせて下さい。また,落葉と一緒にヤスデをポリ袋に入れ,送っていただけるともっとありがたいです。お便り,お待ちしております。

連絡先 新島溪子
E-mail  micollkei@yahoo.co.jp


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