ロゴFFPRI
発行:農林水産省林野庁
森林総合研究所
研究の“森”から タイトル No.53
1996.12.20

ニホンジカの個体群管理

−いかにしてシカと共存するか−


 ニホンジカ Cervus nippon(以下シカ)は日本の自然を代表する動物です。北海道から九州にいたるまで広く分布し,万葉の時代から和歌に謡われ,絵の題材となってきました。しかし,かつて人間と野生動物が適当に住み分けていた時代はよかったのですが,現代では動物特に大型哺乳類と人間が共存するのは簡単ではありません。最も頭が痛いのは農林業に対する被害です。図1は主な動物による林業被害面積の推移です。拡大造林時代に猛威をふるっていたウサギとネズミ類の被害が造林面積の減少とともに低下しているのとは対象的に,シカの被害面積だけは年々増加しています。1989年からは他の動物を抜いて最大の林業害獣となってしまいました。

図1 主要な獣類による森林被害面積の推移

 シカ害は造林地だけでなく天然林にも発生します。シカ害をなくすには様々な防除技術で森林を守ることも重要ですが,それだけでは限界があります。今のところ安価で絶対確実な防除方法は開発されていません。
 そこで,シカ個体数の調整が必要になることがあります。個体数調節の目的は動物の数を適切なレベルに誘導することですから,それを達成するためには,1.現在の個体数と分布を調べる,2.将来の個体数変化を予測する,という二段階の手順を経て計画を立てる必要があります。

写真 ニホンジカ

1.個体数と分布を調べる
 個体数を調整するというからには,出発点として現在の個体数を知らなければ始まりません。また,生息地の環境やそれに応じたシカの生息状況が均一とは限らないので,分布状態も調べる必要があります。
 実は野生動物を数えるのは意外に難しいのです。森林に住む動物は特にそうです。そのため,いろいろな調査技術が工夫されてきましたが,どのような方法を用いても地上で調査する限り,広い地域を高い精度で調べるのは困難がともないます。
 そこで,広い面積を短時間かつ高精度で調査できる方法として,ヘリコプターを用いた空からの個体数調査技術を開発しています。ヘリコプターそのものは従来から動物調査に使われていたのですが,問題がありました。シカの体は野外では周辺の景色に溶けこみやすい色なので従来の肉眼による調査(目視調査)では見落とすことがあります。この点を解決するため,赤外線センサを用いて精度をあげる方法を開発しています。動物の体は多くの遠赤外線を出しています。従って赤外の目でシカの生息地を見れば,明るく光る点がシカ だということになるのです。静止しているシカを落葉樹の樹冠ごしに見た場合など,肉眼的に見つけにくい場合でも赤外線センサでは容易に発見できます。ただし,赤外線センサも万能ではないので目視と組み合わせ,互いに補完しあって精度を上げるような方法をとっています。

写真1 赤外線で見たシカの群れ(7頭)


写真2 赤外線で見たシカの群れ(3頭)

赤外線で見たシカの群れ(赤外線ビデオから静止画に変換したもの)
上の写真では7頭,下は3頭のシカが見えています。

2.個体数変動を予測する
 さて,現在のシカ個体数が分かったなら,それを目標の値にするためにどれだけ捕獲するかを決めなければなりません。しかし,その計算は単純ではありません。毎年子供が生まれたり,自然の原因により死亡が起きたりするうえ,年齢によって死亡や出産の可能性が異なったりするからです。
 そのため,シカ個体群の変動をその生態学的な性質に則って予測する簡易シミュレーションプログラムを作成しました。このプログラムが計算の拠り所にしているのは生命表です。生命表とは,ある生物がどのように増加・減少するかを記載した表で,齢別の生存率や出産率などのデータが含まれています。

図2 個体数変動予測の一例


 図(上)は岩手県五葉山地域におけるシカ個体数の変化を予測したものです。予測によると,この地域には既に過剰な数のシカがいるのですが,捕獲を全く行わないとさらに急速に増加していくことが分かります。もちろん実際にはこのような増加傾向がいつまでも続くわけではなく,何年か後には餌不足のため頭打ちになると考えられます。または大量の餓死個体を出し急減する(個体群の崩壊という)という可能性もあります。
 下の図は年間オス700頭,メス750頭の捕獲を5年間続けた場合の個体数予測です。6年目以降は年間オス250頭,メス70頭を捕獲すればほぼ一定の数を維持することができます。
 この数字は説明のための一例ですが,岩手県五葉山地域では実際にこのような生態学的方法で,捕獲数と個体数変化の関係を予測しながら個体群管理事業を促進し,シカと人間の共存を実現しようとしています。
企画・製作  森林生物部 お問い合わせはこちらまで・・・
森林総合研究所 企画調整部 研究情報科
〒305 茨城県稲敷郡茎崎町松の里1
TEL 0298-73-3211
FAX 0298-74-3720
E-mail kouho@ffpri.affrc.go.jp

目次一覧