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発行:農林水産省林野庁
森林総合研究所
研究の“森”から タイトル No.73
1999.03.16


日本古代の木彫像の樹種が語るもの

 森林総合研究所の木材利用部では日本産をはじめとする東アジア産樹木の木材構造を明らかにする一方で,そうした知識をもとに遺跡からの出土材や製品製造工程での混入材,あるいは刑事事件の証拠木片のなどの樹種同定を行っています。今回はその一環として,現在すすめている木製文化財の樹種同定の成果についてご紹介します。

 

クスノキから針葉樹材へ

 日本はヒノキ文化の国であるといわれています。法隆寺をはじめとする奈良の寺院建築あるいは最近朱雀門が復元された平城京などの古代建築ではヒノキが重用されてきました。ヒノキは木理が通直で芳香と光沢があるなど木材の素性がよいだけでなく,耐久性も高く,非常に優れた素材です。では古代の木彫像にもヒノキ(写真1左)が重用されてきたのでしょうか。

写真1 ヒノキ(左)とクスノキ(右)の走査電子顕微鏡写真

写真1.ヒノキ(左)とクスノキ(右)の走査電子顕微鏡写真

 仏教が日本に導入された当初の7世紀の木彫像には,民俗的及び神話的な背景のもとに,法隆寺の百済観音像をはじめとしてクスノキ(写真1右)が使われていました。それが8世紀になって仏教の導入が本格的になると,針葉樹材にかわります。その背景には,仏教の経典の中に,仏像の素材として白檀があるところとでは白檀を,ないところでは「柏木」を用いよとの指示があったからでした。柏木とは中国ではヒノキ科の樹木全般を指していますが,日本でもこの教えにそってヒノキが選択されていたのでしょうか。

 

木彫像の樹種を識別する

 8世紀以降のおもな木彫像はヒノキであるとされていましたが,近年になって美術史の方面から疑問視する声があがりました。そこで東京国立博物館の彫刻史の専門家と共同で,木彫像の樹種を再調査する機会を得ました。

 私たちは,奈良の唐招提寺,大安寺,神護寺,元興寺に安置されている8世紀の一木造りの木彫像17体の樹種を調べました(写真2はその内の1体)。これまでは,この内の13体がヒノキ,1体がカヤといわれていましたが,私たちの調査結果から,いずれもカヤで作られていることが判明しました(写真3と写真4を比較して下さい)。

写真2 ナラ・大安寺の多聞天立像

写真2.奈良・大安寺の多聞天立像

 針葉樹材の樹種識別では木材を構成する細胞の特徴が重要になりますが,カヤとヒノキは仮道管の内壁に走るらせん状の紋様(らせん肥厚:図中の矢印)の有無によって見分けることができます(写真4)。今回調べた木彫像はいずれも千年以上経ているものでしたが,らせん肥厚が認められないものはありませんでした。

写真3 唐招提寺・電衆宝王菩薩立像の剥離木片の走査電子顕微鏡写真

写真3. 唐招提寺・伝衆宝王菩薩立像の剥離木片の走査電子顕微鏡写真

写真5 カヤ(左)及びヒノキ(右)の走査電子顕微鏡写真

写真5. カヤ(左)及びヒノキ(右)の走査電子顕微鏡写真

 

なぜカヤが選ばれたのでしょう

 考えてみると,カヤはヒノキに比べてより重厚で均質であることから,彫刻材としては優れた性質を持っています。出材量は当時もヒノキに比べて圧倒的に少なかったと考えられますが,カヤを素材として選択したことには仏師の確かな選択眼がうかがわれます。では,「柏木」がどこでどのようにカヤに読みかえられたのでしょうか。中国の仏師が日本に来てから日本産針葉樹材の中からカヤを選んだのでしょうか。あるいは中国南部で製作されたカヤの木彫像そのものが運ばれてきたのでしょうか。この来歴を明らかにすることが,今後の研究上の課題の一つとなっています。


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