ロゴFFPRI
発行:農林水産省林野庁
森林総合研究所
研究の“森”から タイトル No.91
2001.01.29
 

熱帯降雨林の生物多様性の高さと

そこにおける森林火災が昆虫類に与えた影響


 インドネシア共和国ボルネオ島の東カリマンタン州はエルニーニョ現象により1997年〜1998年に強い乾燥状態となり,そこに焼畑,盗伐による火付けなどが重なって,1998年の2月〜4月にかけ2回,大規模な森林火災に見舞われました。私たちがJICAプロジェクトで昆虫相の調査を行っている東カリマンタン州のムラワルマン大学ブキットスハルト演習林もほぼ全体が燃え,焼け跡に残ったのはフタバガキ科の大木くらいでした。私たちは運よく?,森林火災の現場に遭遇し,火災前後の昆虫の動きを直接見ることができました。ここではその調査結果の一部,特に森林昆虫の代表であるカミキリムシについて紹介しますが,最初に調査地の概要と熱帯降雨林の生物多様性の高さについてお話しいたします。

 

ボルネオ熱帯降雨林の生物多様性の高さ

 私たちが調査をしている熱帯降雨林は,赤道直下で海抜100m以下の天然林と二次林が入り交じった森林で,調査した面積は約10・です。ここで1998年〜1999年の2年間に捕獲したカミキリムシの種数は約700種でした。わずか2年間の調査なので,種数があとどのくらい増えるのか分かりませんが,多分1,000種くらいになると予想しています。この数字を他の地域と比較してみますと北米大陸の全カミキリ種数に匹敵します(図1)。カミキリムシの種数が全ての生物の種数を反映してるとはいえませんが,いかにボルネオ熱帯降雨林の生物多様性が高いかを示す一例であると思います。

図1 ブキットスハルトと他地域のカミキリムシ種数と面積の比較

図1. ブキットスハルトと他地域のカミキリムシ種数と面積の比較

森林火災の影響を受けた昆虫類

 火災後,姿を消した昆虫 

 火災前はよく見かけたのに,火災後,2年経過しても,全く姿を見せない昆虫の一つにアカエリトリバネアゲハ(写真1)があります。この蝶を最後に見たのは,1998年2月26日でした。森林火災の煙の中を悠然と飛んでいました。このアゲハの幼虫が食べる草はボルネオではまだ確認されていませんが,半島マレーシアではウマノスズクサ科の1種であることが分かっています。ウマノスズクサ科は森林性の草本で火災には非常に弱いのです。このアゲハは成虫が火災から逃げ出せても,卵,幼虫,蛹は焼け死に,生き残った成虫がいたとしても,産卵できる食草がないため死滅するしかなかったと推定されます。

写真1 アカエリトリバネアゲハ 翅の開長120mm 

 

 写真1. アカエリトリバネアゲハ 翅の開長120mm 

 火災後一時的に増えた昆虫 

 火災直後は姿を見ることはなかったのですが,数か月後に異常に増えた昆虫として,カミキリムシ科のPterolophia banksiP. melanuraがいます。高木林に火災が発生しても火は地上の落ち葉,枯れ枝などを燃やしていく地表火のため,火が通過した後も高木は残ります。カミキリムシは幼虫が主に木材を食べている昆虫なので,たとえ,地表近くの木材が焼かれてなくなっても,高木林の樹冠部には餌が豊富に残されているわけです。ここに示した図2は,フタバガキ科の高木林に建設された60mタワーの20,40m部に取り付けたマレーズトラップで捕獲された個体数をまとめたものです。この図から個体数は,火災後爆発的に増えているのが分かります。そして,再び,減少してP. banksi は全く見られなくなり,P. melanura は減少はしましたが火災前程度に安定して推移しています。これは,発生した個体の産卵場所が高木林の樹冠部となり,そこで一時的に個体数を増加させたが,餌など生育の条件が悪くなったため減少したものと推定されます。火災後,虫は一時的に増えるという話はよく聞きますが,これはそれを如実に表しています。ちなみに,P. banksi は珍しい種類で,P. melanura はどこでも見られる普通種です。

図2 火災を受けた森林の高木林におけるPterolophia属2種のマレーズトラップ捕獲個体数変動

Pterolophia banksi

Pterolophia banksi

図2 火災を受けた森林の高木林におけるPterolophia属2種のマレーズトラップ捕獲個体数変動

P.melanura

P. melanura

図2. 火災を受けた森林の高木林におけるPterolophia属2種のマレーズトラップ捕獲個体数変動 

火災を受けた森林と受けなかった森林とのカミキリムシ相の違い

 ホソカミキリ類,ノコギリカミキリ類,ハナカミキリ類,シラホシカミキリ類はいずれも比較的湿った環境を好むカミキリムシ類です。これらのカミキリムシ類を,火災を受けたブキットスハルトの森林と,火災を受けなかったブキットバンキライの森林(かつてはブキットスハルトと連続する林分で直線距離にして約20km離れている)との地上部で,マレーズトラップを利用して,半年間調査しました。その結果,種・個体数とも火災を受けなかったブキットバンキライの森林の方がはるかに多いことが分かりました(図3)。これに対して,人工林や二次林でよく見かけるマメ科植物を食べるトラカミキリのPerissus aemuls は火災を受けて荒れたブキットスハルトの森林では486個体に対し,ブキットバンキライの森林ではわずか1個体しか捕獲されませんでした(表1)。ここに示した結果は全体の一部ですが,火災を受けたか,そうでなかったかで昆虫相に大きな影響がでることはお分かりになったことと思います。

図3 火災を受けた森林と受けなかった森林における湿った環境を好むカミキリムシ類のマレーズトラップ捕獲数・個体数の比較 

図3. 火災を受けた森林と受けなかった森林における湿った環境を好むカミキリムシ類のマレーズトラップ捕獲種・個体数の比較

表1. Perissus aemuls の捕獲個体数

捕獲個体数

ブキットスハルト(火災を受けた森林)

486

ブキットバンキライ(火災を受けなかった森林)

1

Perissus aemuls

Perissus aemuls

森林火災は人間の責任

 熱帯降雨林の森林火災は別にエルニーニョ現象が引き起こしたわけではありません。人が焼畑,盗伐用の道路造りのための火付けなどにより,起きるものが大部分です。その時にエルニーニョによる森林全体の強い乾燥が進んでいるかどうかが,大火災になるかどうかの決め手になっています。しかし,いくら乾燥していても火がなければ火災は起こらないのです。森林火災が生物に与える影響は大きいと思いますが,生物自体は増減を繰り返しながら,回復の方向に向かっていっているように思われます。問題は人間です。人が森林を有効に利用していくのか,再び火災を起こすのか,それによって森林が修復し,生物のバランスがとれていくのか,逆に回復不能になるのか,全て,我々人間の行動で決まります。

企画・製作   森林生物部 お問い合わせはこちらまで・・・
森林総合研究所 企画調整部 研究情報科広報係
〒305 茨城県稲敷郡茎崎町松の里1
TEL 0298-73-3211
FAX 0298-74-3720
E-mail kouho@ffpri.affrc.go.jp

目次一覧