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発行:農林水産省林野庁
森林総合研究所
研究の“森”から タイトル No.29
1994.07.15

森の歴史を探る

−土壌中の花粉・植物珪酸体分析−


 
 森は,数千年という年月の間に,火山の噴火,山火事など様々 な自然のできごとに遭遇しています。さらに,人類の歴史は森林破壊の歴史と いわれるほど,人々は森林に深く干渉し,手を加えてきました。人は目の前の 森が豊かであれば感激し,荒れ果てた森であれば不安を感じますが,その森の 百年前,千年前の姿に注意を払うことは少ないようです。故郷の森や水源の森 がこれまでにたどった歴史を知りたいと思いませんか? 私たちは地球規模の 環境変化に対応した森林の大きな変化を探るとともに,人の干渉による森林の 局地的変化についても明らかにし,人と森の良い関係づくりに役立てたいと考 えています。ここでは森の考古学ともいえる森林土壌の花粉・植物珪酸体分析 を紹介します。

1.森林土穣の花粉分析拮果が示す森の歴史  
 写真1は青森県八甲田山南山麓の森林下の土壌断面です。表層 下l5〜20cm付近には約l000年前に堆積した十和田a 火山灰層(To−a)が, さらにその下方45〜95cmには約4000年前に堆積した中掫浮石層(Cu)がみられ ます。この花粉分析結果を図1に示します。検出された花粉の種類ごとの増滅 をみると,4000年前わずかに検出されたトチノキ花粉は1000年前の火山灰層前 後までに増大し,さらに最表屑では最多の種類となります。一方,ブナ花粉は 逆に表層になるほど滅少します。この土壌断面付近の現在の主な樹種はトチノ キでしたので,最表層の土壌花粉は当然トチノキが最も多く現れるわけです。 このように土壌中の花粉の増滅から,過去4000年の間に土壌採取地周辺でおき た局地的なブナとトチノキの交替の様子を知ることが出来ます。

写真1 八甲田山南山麓ブナ林下の土壌層断面

写真1.八甲田山南山麓ブナ林下の土壌層断面

図1 八甲田山南山麓のBD型土壌の花粉ダイアグラム

 図2は長野県八ケ岳山麓の土壌花粉分析結果です。深さ30〜35 cm層中の炭化木片の年代は約4000年前のものと測定されましたので,4000年を かけて35cmの土壌層位が形成されたことになります。この間,ブナ花粉は下層 では出現しますが,表層では出現しません。現在,付近にブナは見られず,一 時の草原状態から森林への回復期にあるとみられるミズナラ,シラカンバが疎 林を形成しています。このように土壌花粉分析結果から,4000年の間にこの付 近にブナ林があったこと,それが消失して草原が拡大したこと,そして今ミズ ナラ林が回復しつつあることなどを読み取ることができます。


図2 八ヶ岳山麓の土壌花粉ダイアグラム


   また,土壌花粉分析から分かる興味深い事例を一件紹介します。図3は中村 ・畑中(1976)の報告から,福岡市板付遺跡の土壌中におけるマツ花粉の出現 状況を表したものです。これをみると,土壌表層部分では近代のマツ林の優占 する林相を反映し,検出された木本花粉の70〜80%がマツ花粉で占められます 。しかし,砂層をはさんで深さ70cm付近以下の土壌にはマツ花粉はわずかしか 見られません。深さl50cm付近の土層が約2600年前の土壌ですから,それより かなり後の時代,少なくともl700年前頃まで板付付近に,マツはほとんどなか ったといえます。魏志倭人伝には当時の倭国の植物名の記載があり,スギ, ヒノキは見られるもののマツの記載がなく不思議に思われていました。しかし この花粉分析結果から見る限り,当時の倭国にマツ林は見られなかったといえ ます。

図3 福岡市坂付遺跡跡土壌中のマツ花粉出現率の変化

2.土壌中の植物珪酸体分析

 植物珪酸体は主にイネ科植物の葉部でつくられるものです。名前のとおり珪酸体なので,葉の組織は分解消失しても,珪酸体は葉中にあった時と同じ形のまま土壌中に残されます。珪酸体の形は植物の種類によって異なった形を示すので,土壌中の植物珪酸体を分離して形態を調べることによって,その珪酸体を供給した植物の種類が分かります。写真2はススキの珪酸体ですが,土壌中にこの珪酸体が大量に見つかれぱ,その土壌採取地周辺はススキ草原であったことが分かります。写真3はチシマザサの珪酸体です。イネの植物珪酸体は考古学の遺跡の発掘の際,稲作の有無の確認に利用されています。

写真2.ススキの珪酸体と写真3.チシマザサの珪酸体

3.これからの課題

 花粉は数万年から十数万年前の土からも分離できます。これらの化石花粉と現世の植物との類縁関係をたどるこできれば,植物地理学的な種々の疑間に答えることができ,また植物の系統進化と地球環境変化との関係解明にも役立ちます。ある種の化石花粉からはDNAの抽出が可能であるとの手がかりを得ており,技術開発を進めたいと考えています。
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