近年、日本のマツタケの輸入量は2,000tを超えることが多く、その輸入額も100億円を超えます。国内での年間収量は、1941年の12,000tを境に激減し、近年は、50〜100t程度であるため、日本で消費されるマツタケの9割以上は外国産です。マツタケの原産国としては、中国、北朝鮮、大韓民国、カナダ、アメリカ合衆国、トルコ,メキシコ、モロッコ,ブータン、ウクライナ、タイ、スウェーデン、フィンランド等です。
しかし、これらマツタケの中には、日本産マツタケ(Tricholoma matsutake)とは、種として異なるものが含まれています。例えば、下に示す色が白く柄の太いトルコ産や北米産等は異なる種です。
注)マツタケとして輸入又は流通している種と分布
Tricholoma matsutakea (= Tricholoma nauseosum)(アジア及び北欧), Tricholoma magnivelare(北米), Tricholoma anatolicum(トルコなど地中海沿岸), Tricholoma dulciolens(北欧), Tricholoma caligatum(欧州)等
【
マツタケのトレーサビリティー(原産国及び流通経路の追跡)の必要性】
輸入に大きく依存するマツタケ市場において、マツタケの原産国を対象にしたトレーサビリティーが強く求められています。この背景には、産地(原産国)がマツタケの価格に大きく影響を与えること(例:一般的に希少価値と鮮度の高い日本産には最高値がつき、輸入品の中では韓国産が高く取引されます)、関税率が輸出国によって異なること(例:中国やブータン = 非課税、韓国 = 4%、北朝鮮(2007年度現在輸入禁止)=5%)、そしてなによりも販売者と消費者との信頼関係が強く求められている社会事情などがあります。
このように、関税の施行/適正価格の設定/食の安全の面からそのトレーサビリティーが必要となり、それを実施するための手法の開発が急がれていました。
本法(
PRIS法)は、マツタケのゲノム進化に深く関与したレトロトランスポゾンのゲノム上の配置特異性を指標にしています。農産物の品種判別や環境中の微生物群の検査、血縁関係の分析や犯罪捜査など、幅広い分野で使われているPCR法を組み合わせて、特に関心の高いアジア産マツタケ(
Tricholoma matsutake)の産地判別を誤判率5%程度で可能にしました。
注)PRIS= Polymorphism based on Retroelement Integration Site
- マツタケ及び輸入マツタケのいろいろ
- マツタケのDNA原産国判別法
(
PRIS法へ
)
- DNA分析によるアジア産マツタケの地理的タイプ
- 本法の原理、特徴等
- その他(引用文献等)
アジア産のマツタケasia_matsutake
特徴:
日本、韓国、北朝鮮、中国、ブータン等のマツタケは同種(Tricholoma matsutake)とされ、形態で識別することは困難です。その他、種が異なり形態でも識別できる地中海沿岸産(トルコ産)マツタケ等が知られています。
DNA分析によるアジア産マツタケ(Tricholoma matsutake)の地理的タイプ
geotype
- アジア産のマツタケ(Tricholoma matsutake)は大きく4つの地理的なタイプに分かれます。
- 日本タイプ、朝鮮半島タイプ、中国東北部タイプ、中国南西部及びブータンタイプです。
(詳細)
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本法の原理、特徴等
principal
マツタケは人工栽培が出来ないため天然からの採集品のみが流通しています。このため、世界各地のマツタケの進化の軌跡をたどることができる
染色体上の目印を見つければ、産地(原産国)の目印として利用することが可能です。そこで、本法(PRIS法)では、マツタケ染色体におびただしい数で存在する「レトロトランスポゾン」遺伝子の配置に着目しました。これは、マツタケが種として分化する過程で、「レトロトランスポゾン」遺伝子は独立して増幅や組換えを繰り返えしたため、地域毎にその配置は異なり地域を特定する目印(指紋)となるためです。
研究の結果、下図で示す「レトロトランスポゾン」の矢印の位置のDNA配列をプライマーとして用いるPCR法が、形態的に区別できないアジアのマツタケを地理的タイプに分ける方法として役立つことが分かりました。本法では韓国産と北朝鮮産が朝鮮半島産として同じに、中国南西部産とブータン産が1つのグループになること等、まだ、技術な改良の余地は残っております。しかし、アジア各地の100本近いマツタケを用いた調査で、誤判率5%未満の原産地判別能を示したことから、現段階でも、本法は、実用的に原産国判別法としてスクリーニング等で利用できることが分かりました。
本法で用いた2組のプライマーのDNA配列の起源を緑と紫の矢印で示します。
その他
etc:
本研究は、
財務省関税中央分析所、
信州大学(農学部)、
滋賀県森林センター
との共同研究です。
参照文献:
- Murata, H., K. Babasaki, T. Saegusa, K. Takemoto, A. Yamada, and
A. Ohta. 2008. Traceability of Asian matsutake, specialty mushrooms
produced by the ectomycorrhizal basidiomycete Tricholoma matsutake, on
the basis of retroelement-based DNA markers.
Appl. Environ. Microbiol. 74:2023-2031.
doi:10.1128/AEM.02411-07.
- Murata, H. K. Babasaki, and A. Yamada. 2005. Highly polymorphic
DNA markers to specify strains of the ectomycorrhizal basidiomycete
Tricholoma matsutake based on σmarY1, the long terminal repeat of
gypsy-type retroelement marY1. Mycorrhiza 15: 179-186.
- Murata, H., A. Ohta, A. Yamada, M. Narimatsu, and N. Futamura.
2005. Genetic mosaics in the massive persistent rhizosphere colony
“shiro” of the ectomycorrhizal basidiomycete Tricholoma matsutake.
Mycorrhiza 15:505-512.
- Murata, H., and K. Babasaki. 2005. Intra- and Inter-specific
variations in the copy number of two types of retrotransposons from the
ectomycorrhizal basidiomycete Tricholoma matsutake. Mycorrhiza
15:381-386.
- Murata, H., Y. Miyazaki, A. Yamada. 2001. marY2N, a LINE-like
non-long terminal repeat (non-LTR) retroelement from the
ectomycorrhizal homobasidiomycete Tricholoma matsutake. Biosci
Biotechnol Biochem 65:2301-2305.
- Murata, H., and A. Yamada. 2000. marY1, a member of the gypsy
group of long terminal repeat retroelements from the ectomycorrhizal
basidiomycete Tricholoma matsutake. Appl. Environ. Microbiol.
66:3642-3645.
作成者:きのこ・微生物研究領域 きのこ研究室(平成20年4月1日作成)
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