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8. オガサワラグワ 

  Morus boninensis Koidz. (クワ科)

種の特徴  衰退要因  保全のための課題と対策  関連文献

葉 成木 伐根跡地図
オガサワラグワの分布

環境省レッドリストランク:絶滅危惧IB類(EN)
主な希少化要因:過剰伐採、近縁外来種による交雑


種の特徴
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オガサワラグワは小笠原諸島だけに分布する固有種である。高さ8-15mの落葉高木で、大きな個体は直径1mを越える。9-10月に落葉し、新芽の芽吹きとともに花柄を伸ばし、花期は10-11月、果期は12-1月である。雌雄異株。染色体の核型は同質4倍体。葉はハート型で欠刻はない。過去には小笠原諸島の湿性高木林の林冠を構成する代表的な樹種であったと考えられる。現在では、弟島、父島、母島の限られた地域に高樹齢と思われる成木が生育しており、残存個体数は植栽も含め170本以下と推測されている。それらの成木の周囲に、実生や若い稚樹を発見することはできない。

残存する全成木を対象にして遺伝マーカーによって遺伝構造を解析し、まとまった集団と考えられる保全単位(マネジメントユニットMU)を推定したところ、全体で6個の保全単位が認められた。このうち、弟島MU、父島南部MU、母島石門上段MU、母島桑木山MUが本来の自然集団であり、他の2つのMUは、遺伝的に異なる集団が混生していることから植栽集団であろうと考えられている。

保全単位

図. 推定された保全単位谷ら2008

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衰退要因
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オガサワラグワは白蟻に強く、独特の木理の美しさから建材、家具、装飾、彫刻用に重用され、高値で取引されたことから、明治期にすでに多くの大木が伐採されたようである。資源の枯渇を憂えて、昭和2年に植栽されたものが母島石門下段の集団といわれている。

さらに、いくつかの移入種、主にアカギが湿性高木林の主要構成種となって、オガサワラグワのニッチに置き換わっている。オガサワラグワの更新は、ヤギなどによる実生の食害や、移入種との競合などにより阻害されていると考えられる。

正確な時期は不明であるが、養蚕に利用するため戦前にシマグワM. acidosa Griff.が導入されて、現在では父島や母島において道路沿いや明るい林内に侵入して野生化し、その個体数は非常に多い。オガサワラグワとシマグワの間では容易に自然交雑が生じ、雑種が形成される。このため、父島や母島ではオガサワラグワ母樹に実る多くの種子が雑種種子となっており、純粋なオガサワラグワの種子が十分に生産されていない。

オガサワラグワ、シマグワ、雑種を正確に識別できる遺伝マーカーを用いて、オガサワラグワと見える成木を調査した結果、弟島では35個体中の0個体、父島では22個体中の2個体(9%)、母島では107個体中の5個体(5%)が雑種であり、成木集団の中に雑種が紛れている可能性はさほど深刻ではなかった。

葉の形態

写真2.発芽した苗の観察によるオガサワラグワ、シマグワおよび雑種の葉谷ら2008



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保全のための課題と対策
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シマグワとの交雑により、オガサワラグワの純粋な種子が十分に生産されない以上、現存する成木の寿命が尽きることにより絶滅に近づくことになる。
 
シマグワの個体数は膨大であり根絶することは困難と思われ、オガサワラグワの人工増殖以外に絶滅を回避する対策はないと思われる。具体的な対策としては、次のとおりである。

@オガサワラグワの純粋種子の生産
オガサワラグワの成木の新芽から組織培養により個体を再生する技術は板鼻らにより確立されている。これにより花を咲かせる個体を育て、同じ保全単位の中の個体どうしによる人工交配によってオガサワラグワどうしの純粋種子を生産し、苗木を育成して植栽することが必要である。ただし、実行には長い年月を要する。

A実生苗からの純粋種子の選別
自然界においても、純粋種子が若干ではあるが生産されていることが確認されている。オガサワラグワの母樹に着いた種子から発芽した若い苗の観察を続けると、成長するにつれて雑種は葉にシマグワ以上の激しい欠刻が出現することが判明した。発芽後約1 年経っても欠刻が生じることなく、全ての葉がハート型のままである苗は純粋オガサワラグワであることが、遺伝マーカーの検査により確認された。このことは、種子から発芽した苗の中から、形態観察によって純粋個体を選別して増殖する方法として役に立つ。しかしながら、自然状態における純粋種子の頻度が非常に低いことに変わりはない。

B弟島におけるオガサワラグワ実生の保全
父島と母島はシマグワの侵入が激しいが、弟島にはシマグワが見られないので、純粋なオガサワラグワの種子が生産されている。しかしながら、これまではヤギなどの食害により、実生が消失してしまうと推測された。近年これらの外来動物の根絶が進められており、オガサワラグワ実生の生存が期待されるが、一方でヤギの除去によりシマグワが侵入する恐れもゼロではない。弟島が唯一、純粋種の天然更新可能な地であることから、実生の維持管理には十分に配慮する必要がある。

なお、弟島の純粋種子から育ったオガサワラグワを父島や母島に植栽して増殖することは、オガサワラグワという種そのものが絶滅するという緊急事態においてはやむをえない手段であるが、保全単位の違いを考慮すると、特にまだ成木の個体数が多い母島への植栽は慎重に行うのが望ましいと思われる。すでに植栽されたものについては、個体管理が必要であろう。

C現存するオガサワラグワ成木の保全
幼木の育成が進んでいない現在の状況では、現存する成木の保全も重要である。成木を被圧しているアカギなどの伐倒による光環境の改善は効果があると思われる。海岸近くで枯れる個体については、乾燥化や風傷害、塩害も考えられ、周辺への在来植物の植林などの工夫も考えられる。


(吉丸博志/森林遺伝研究領域、谷 尚樹/国際農林水産業研究センター、河原孝行/北海道支所)


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<関連文献>

・谷尚樹・吉丸博志・河原孝行・星善男・延島冬生・安井隆弥(2008)小笠原諸島における絶滅危惧種オガサワラグワ Morus boninensis Koidz. の保全遺伝学と保全計画の立案。生物科学 59(3): 157-163。

・Tani N, Yoshimaru H, Kawahara T, Hoshi H, Nobushima F, Yasui T (2006) Determination of the genetic structure of remnant Morus boninensis Koidz. trees to establish a conservation program on the Bonin Islands, Japan. BMC Ecology 6: 14.

・Tani N, Kawahara T, Yoshimaru H (2005) Development and diversity of microsatellite markers for endangered species, Morus boninensis Koidz., to establish conservation program. Molecular Ecology Notes 5: 398-400.

・谷尚樹(2003)日本の絶滅危惧樹木シリーズ(6)オガサワラグワ。林木の育種 206: 29-33。

・Tani N, Kawahara T, Yoshimaru H, Hoshi Y (2003) Development of SCAR markers distinguishing pure seedlings of the endangered species Morus boninensis from M. boninensis x M. acidosa hybrids for conservation in Bonin (Ogasawara) Islands. Conservation Genetics 4: 605-612.

・Yoshida K, Oka S (2000) Ecological characteristics of Morus boninensis reconstructed from its rremaining stumps in the Sekimon Region of Haha-jima Island, Ogasawara (Bonin) Islands, northwestern Pacific. Japanese Journal of Historical Botany 9(1): 21-28.


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