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2020年11月18日
中国科学院瀋陽応用生態学研究所
国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所
中国科学院瀋陽応用生態学研究所、国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所らの研究グループは、森林生態系の炭素循環における光分解の役割を明らかにしました。太陽光は植物の生産のみならず、その光分解作用によって落葉分解にも大きな影響を及ぼすことが近年乾燥・半乾燥地域で示されてきましたが、湿潤気候下の森林生態系における光分解の役割は殆どわかっていませんでした。本研究では森林生態系における光分解の役割を定量化するため、温帯落葉広葉樹林およびそれと隣接する伐採地で太陽光スペクトルを操作した落葉分解実験を行いました。その結果、太陽光はそれを排除した場合と比べて落葉分解を約120%促進し、特に青色光がその促進効果の75%に寄与していることがわかりました。これをもとにシミュレーションを行うと、もし森林の林冠が20%開くと、落葉後1年間で落葉中の炭素が光分解によって13%多く失われることになります。これらの結果から、乾燥・半乾燥地域だけでなく、湿潤気候下の森林生態系でも、林冠ギャップの形成や伐採によって落葉の太陽光への暴露量が増加することで、炭素循環が加速する可能性があることがわかりました。
本研究成果は、2020年11月にNew Phytologist誌でオンライン公開されます。
陸域生態系の炭素循環のメカニズムを解明することは、気候変動や土地利用変化に対する炭素循環の応答を予測する上で重要です。植物から供給される落葉の分解は炭素循環を決定する重要なプロセスの一つで、微生物を主とする分解者の活性を左右する温度や水分、そして落葉の質に強く影響されると考えられてきました。しかし、これらの要因に基づく経験的なモデルで推定される地球規模の炭素循環は実際より遅く見積もられており、他の重要な要因が見落とされている可能性が示唆されていました。太陽光は植物の成長に不可欠なエネルギー源であるだけでなく、紫外線(UV)や短波長可視光によって光化学反応を誘導し、リグニンなどの高分子化合物を直接可溶性の低分子に切断することで、有機物分解、すなわち「光分解」を促進します。近年の研究により、乾燥・半乾燥地域ではこの光分解が落葉分解の主要な駆動要因であり、光分解を考慮することでこれらの地域の炭素循環をより正確に推定できることが確認されました。一方、世界の陸域面積の30%、陸域炭素蓄積量の50%を占める森林生態系の炭素循環における光分解の重要性は殆どわかっていませんでした。森林生態系は強風や伐採、病害虫などによって頻繁に撹乱され、林内や林縁部は不均質な光環境にさらされます。これまでのところ、地球規模の炭素収支評価では森林における光分解の影響は殆ど考慮されておらず、このことが気候変動や土地利用変化に対する陸域生態系の炭素循環の応答を予測する精度を下げていると考えられます。
そこで本研究では、森林生態系の炭素循環における光分解の影響を明らかにするため、温帯落葉広葉樹林およびそれと隣接する伐採地(北茨城市)で落葉分解実験を行いました。光分解に対する主要な太陽光スペクトル(UV-B、UV-A、青色、緑色、赤色光)の相対的な影響を定量化するため、色の異なるフィルターによって太陽光スペクトルを操作する分光分解ボックスを用意しました(図1)。樹木、低木、草本から各4種ずつ、合計12種の植物の落葉を各操作下で230日間分解させ、各操作における落葉分解速度を測定しました。また、落葉の硬さや化学成分など12の形質を種ごとに測定し、光分解との関係を解析しました。その結果、伐採地では全スペクトルの太陽光に曝露することで落葉分解速度が太陽光を排除した微生物分解のみの場合に比べて約120%促進され、特に青色光が光分解による増加の75%に寄与していることがわかりました(図2)。これをもとにシミュレーションを行うと、もし森林の林冠が20%開くと、落葉後1年間で落葉中の炭素が光分解によって13%多く失われることになります。また、種の違いにかかわらず、落葉中の初期のリグニン含有量が高いほど青色光による光分解速度が速くなることがわかりました。リグニンは暗い林床では一般に微生物による落葉分解を遅くすることが知られています。しかし本研究の結果から、リグニンが落葉分解に及ぼす効果は光環境によって異なることがわかりました。これらの結果から、湿潤気候下の森林生態系でも、林冠ギャップ形成や森林施業・土地利用変化に起因する伐採によって落葉の太陽光への暴露量が増加することで、炭素循環が加速する可能性があることがわかりました。
図1. 太陽光スペクトルを操作した落葉分解実験。(a) 落葉広葉樹林内に設置した分光分解ボックスの様子 (b) 伐採地に設置した分光分解ボックスの様子 (c) 色の異なるフィルターによって透過できる太陽光スペクトルの波長域が異なる (d) 落葉広葉樹林内の各太陽光スペクトルの積算日射量 (e) 伐採地での各太陽光スペクトルの積算日射量 (f) 各フィルターの分光分解ボックスの中で分解させたブナの落葉。落葉広葉樹林内では230日後の落葉は色が薄くなり微生物分解を受けている様子がわかる。伐採地では230日後の落葉は、特に全スペクトルに暴露した場合光分解によって分解されている様子がわかる。
図2. (a) 落葉広葉樹林内と伐採地での落葉分解速度の比較 (b) 落葉分解速度に対する太陽光スペクトルの重要性は林冠開空度と植物のタイプによって異なる (c)平均的に、伐採地では全スペクトルへの暴露により落葉分解が約120%促進され、太陽光を排除した時の2.2倍となり、特に青色光が光分解による促進効果の75%に寄与していた。
今回の発見は、乾燥・半乾燥地域だけでなく、太陽光が到達する全ての陸域生態系で普遍的に光分解が重要であることを示すものです。陸域生態系の炭素や窒素循環の従来のモデルに新しいパラメータを提供することで、将来の地球規模の環境変化に対する生物地球化学サイクルの応答を精度良く予測することに繋がる可能性があります。
Qing-Wei Wang(中国科学院瀋陽応用生態学研究所)
Marta Pieristè (ヘルシンキ大学)
Chenggang Liu (中国科学院シーサンパンナ植物園)
田中健太 (筑波大学山岳科学センター菅平高原実験所)
T. Matthew Robson (ヘルシンキ大学)
黒川紘子(森林総合研究所)
本研究は日本学術振興会外国人特別研究員奨励費(17F17403)、中国国立自然科学財団中国科学院若手人材プログラム(41971148)、日本学術振興会科学研究費補助金(17H03736)、(独)環境再生保全機構の環境研究総合推進費(JPMEERF16S11506)の助成を受けて行われました。
タイトル:The contribution of photodegradation to litter decomposition in a temperate forest gap and understorey(森林ギャップと林床の落葉分解における光分解の貢献)
著者:Qing-Wei Wang*, Marta Pieristè, Chenggang Liu, Tanaka Kenta, T. Matthew Robson*, Hiroko Kurokawa* (*corresponding authors)
雑誌:New Phytologist
DOI: doi.org/10.1111/nph.17022
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