研究紹介 > トピックス > プレスリリース > プレスリリース 2021年 > リスの求愛における「方言」の壁 ~東南アジア一帯に分布するリスの音声の地域変異とその誘引効果~
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2021年6月28日
国立研究開発法人 森林研究・整備機構 森林総合研究所
ポイント
国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所と東京都立大学の研究グループは、タイ、ベトナム、中国の研究者と共同し、東南アジア一帯に広く分布するリスの求愛音声(オスがメスを誘引する鳴き声)に方言のような地域差があることを明らかにしました。録音した求愛音声の誘引効果を実験的に再生して比較したところ、同地域の個体の音声にはよく反応し誘引されますが、異なる地域の個体の音声には反応しにくいことが明らかになりました。さらに録音した音声を編集して繰返し回数や速度などを大幅に変えると、反応しなくなることがわかりました。こうして、求愛音声が誘引効果を持たなくなることで、異なる地域の個体同士の配偶行動が妨げられることが確認されました。この結果は、音声の違いによって地域間の遺伝的交流が滞ることで、種分化が促進される可能性を示しています。クリハラリスは生態系や農林業に被害をもたらすことから特定外来生物に指定されていますが、求愛音声を用いて誘引することで早期発見につなげることができます。
本研究成果は、2021年6月14日にBehavioral Ecology and Sociobiology誌でオンライン公開されました。
人間が言葉を操って情報交換を行うように、動物も音声を利用して危険を知らせたり、繁殖相手を誘引するなどの情報を互いに伝達しています。音声は視覚や嗅覚が効かない環境や遠距離でも瞬時に情報を伝えることができるため、様々な動物の社会関係で重要な役割を果たします。とりわけ、動物の配偶行動*1は多大な負担を伴うため、効率よく適切な相手を選択するカギとして、種独特の求愛音声(オスがメスを誘引する鳴き声)が進化してきました。この求愛音声は配偶行動において同種を誘引するという重要な役割を担っていると考えられます。また、体の形や大きさなどと違って、求愛音声は生息環境や個体の好みで容易に変化することも知られており、それが新たな種の形成(種分化)に影響することが予想されます。しかし、鳥類など特定の分類群以外では、求愛音声の地域差と種分化についての詳細な研究は行われていませんでした。
クリハラリスは東南アジアに広く分布する森林性のリスです。メスが交尾を受け入れる日、オスが集まってきて独特の「コキコキコキ」という声で鳴き、メスを誘引します*2。その音声を東南アジア一帯の10か所で合計207件録音して音響特性を解析したところ、音の繰り返し回数や速度によって大きく4つの地域に分けられることが明らかになりました。また、音声を再生する野外試験を行ったところ*3、同じ地域の個体の声には誘引されますが、他の地域の個体の声には誘引されにくい傾向がありました。広い分布域の中で地域個体群は、何らかの理由によって独自の求愛音声を持つように変化したようです。さらに、音の繰り返し回数や速さを実験的にもっと変えていくと、リスはまったく反応しなくなりました。
以上より、動物の音声にも方言のような地域差が生じ、それが進むことで信号としての機能を失うことが実験的に確認されました。このことから、求愛音声の違いは地域間の遺伝的な交流を妨げる可能性があり、種分化を促進する重要な原動力の一つとなりうることが示されました。
図1 特定外来生物クリハラリスの本来の分布域(色塗り区域)と10箇所の調査地点(黒丸)音響特性の解析により、大きく4つの地域に分けられました。
図2 4つの地域の代表的な求愛音声のソナグラム
横軸は時間(秒)、縦軸は周波数(kHz)を示します。西側地域とベトナムの個体の求愛音声をfacebook(https://www.facebook.com/ffpri.jp/posts/1251950598608557)でご視聴いただけます。
クリハラリスは主に台湾からペット等として日本に導入されたものが野生化して各地の森林に定着し、生態系や農林業に被害をもたらしていることから特定外来生物に指定されています。早期に生息を確認し対策を開始することが求められていますが、森林内での発見が難しいのがネックでした。しかし、今回の研究によって適切な「方言」を用いることで本種を誘引できることがわかりました。今後はこの成果をもとに、早期発見のための技術開発を進めていきます。
タイトル:Geographical variation in squirrel mating calls and their recognition limits in the widely distributed species complex
著者:Noriko Tamura, Phadet Boonkhaw, Umphornpimon Prayoon, Quoc Toan Phan, Pei Yu, Xingyue Liu, Fumio Hayashi
掲載誌:Behavioral Ecology and Sociobiology 75巻6号(2021年6月)
論文URL:https://doi.org/10.1007/s00265-021-03022-3
研究費:東京都産業労働局、科研費(#18H02247)
*1配偶行動 ここでは動物のオスとメスが出合い、求愛などを経て交尾に至る過程をすべて含めます。(元に戻る)
*2リス類では一般にメスが交尾を受け入れるのは1日だけであり、周辺に生息するオスが交尾の機会を求めてメスの近くに集まります。オス同士は互いに追い払い、独特の音声を発しながらメスに存在をアピールします。メスは見通しのきかない森林の中で、音声をたよりにオスに近づき複数のオスと交尾を行います。(元に戻る)
*3録音した求愛音声を実験的に再生したところ、周辺に住む多くのオスも交尾に参加するために集まってきたことから、求愛音声はメスだけではなくオスも誘引する効果があります。(元に戻る)
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