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プレスリリース

2022年1月26日

福島大学
筑波大学
森林総合研究所

性染色体の遺伝解析で追う雄ジカ達の歴史
新開発の遺伝マーカーによって雄の種内系統とその分布形成過程を解明へ

ポイント

  • 母親のみから遺伝するミトコンドリアDNAの解析は、ニホンジカの種内系統分類や個体群管理などに利用されてきました。
  • ミトコンドリアDNAは、その遺伝的特性のために雌を介した種内の系統や多様性のみを反映しています。
  • しかし、拡大傾向にあるシカの適正管理のためには、出生地付近に定着することの多い雌だけでなく、出生地を出て広範囲を移動することの多い雄の種内系統や多様性についても明らかにする必要があります。
  • そこで、ニホンジカの雄の種内系統やその分布を分析可能な遺伝マーカーを新たに開発しました。
  • この遺伝マーカーによって得られる遺伝学的情報は、過去や現在の移動パターンの推定に利用可能であり、社会問題となっているニホンジカ分布拡大に関する理解や将来予測、外来シカとの交雑判定など、広い範囲での応用が期待されます。

概要

福島大学共生システム理工学研究科の高木俊人氏(博士後期課程2年)および、兼子伸吾准教授を中心とした筑波大学、奈良教育大学、山形大学、森林総合研究所の共同研究グループは、ニホンジカの雄の種内系統や、その分布の把握に有効な遺伝マーカーを新たに開発しました。これまでニホンジカの種内系統や遺伝的多様性の研究においてはミトコンドリアDNAを対象とした研究が主流でした。しかし、ミトコンドリアは、母親のみを介して仔に伝えられるという遺伝特性を持つため、雌の種内系統しか明らかにすることができません。そこで本研究では、雄のみが持つY染色体上にあるSSR遺伝子座に着目し、近縁種であるアカシカの公開ゲノム情報を用いて、雄の種内系統を識別可能な遺伝マーカーを開発しました。
本研究成果が個体群生態学会の国際誌『Population Ecology』に正式発表されることになりましたので、ご報告いたします。

図1.ニホンジカ(雄)の写真
図1. 雄のニホンジカ(写真:高木俊人)ミトコンドリアDNAを利用できる雌に比べ、雄の種内系統や移動、その歴史的変遷などについてデータを得ることは難しかった。

研究の背景

近年、ニホンジカの個体数増加による農林業被害や都市部への進出、鉄道との衝突などの社会的被害が増加しています。適切なシカ管理のためには、過去や現在の個体の移動によって形成された種内の系統やその分布を把握し、シカの生態を踏まえた管理単位や管理方針を決定する必要があります。ただし、ニホンジカでは多数の個体の移動を現地調査によって把握することが難しいために、遺伝学的手法によって推定された集団構造や移動範囲などが管理方針を決めるための有益な基礎情報となります。
これまでのニホンジカの遺伝学的研究では、母親のみから遺伝するミトコンドリアDNA注1が主に用いられてきました。ミトコンドリアDNAは、その遺伝的特性のために雌を介した種内系統や多様性のみを反映しています。その一方で、父親のみから遺伝する情報を迅速かつ簡易的に評価する手法は確立されていませんでした。そのため、出生地付近に定着することの多い雌については、遺伝学的な解析が進み種内系統やその分布に関する知見が蓄積されてきたものの、出生地を出て広範囲を移動することの多い雄については、よくわかっていませんでした。そこで、本研究では父親を通じて次世代に受け継がれるY染色体注2に着目し、近縁種であるアカシカの公開ゲノム情報を用いて、ニホンジカの雄の種内系統を識別可能にする遺伝マーカーの開発に挑戦しました。

今回の成果

新たに設計した16座のY染色体SSRマーカー注3を使用し、全国8地点から採取された雄のニホンジカを対象に遺伝子型を決定しました。その結果、地域ごとに異なる遺伝子型(ハプロタイプ)が検出され、広範囲を移動することの多い雄であっても各地域で種内系統が異なることが明らかとなりました。

図2.全国8地点の地域ごとに異なる遺伝子型を示したグラフ

図2. 各地域間の雄のニホンジカの遺伝的な違いを判別するための主座標分析の結果。それぞれのアイコンの色はミトコンドリアDNA先行研究に基づく雌の種内系統による分類。雄の種内系統は大きく2グループに分けられ、それらの分布パターンはミトコンドリアの分析で示された雌のものとは明らかに異なる。

それらの遺伝子型に基づく種内系統関係は北海道、本州、九州からなる九州以北と、屋久島と種子島からなる大隅諸島の2グループに分けられました。これは中国・四国地方を境に南北2つの種内系統に分けられるミトコンドリアDNAとは異なるパターンです。すなわち、雄と雌で種内系統とその分布のパターンが明確に異なることを示しています。雌雄の移動特性の違いが反映されていると考えられます。また、今回開発した遺伝マーカーは、近年在来シカとの交雑が確認されている台湾由来の外来シカの雄を判別することも可能であり、外来シカの生息調査や、在来シカとの交雑調査への有効性も確認されました。

成果の意義

本研究の成果は、新たな遺伝マーカーの開発に加え、ニホンジカの雄が各地域で固有の遺伝子型を有している可能性を初めて明らかにしました。現在、全国各地から網羅的にサンプルを収集し、ミトコンドリアDNAや本研究で開発したY染色体の遺伝マーカーを用いた大規模な遺伝解析を進めています。日本列島に広く分布するニホンジカには、地域間に顕著な形態的違いが見られ、複雑な進化の過程を経たと考えられます。本研究をはじめとする一連の研究が、適切な管理への貢献に加え、ニホンジカの進化過程の解明にも繋がることも期待されています。

著者のコメント:兼子伸吾准教授(福島大学)

本研究は、福島大学の学生が学外の研究者と連携し、各地で問題となっているニホンジカの適正な管理に必要な分析手法を開発した成果でもあります。本論文の筆頭著者である高木俊人は福島大学共生システム理工学研究科の博士後期課程に在籍する大学院生です。筑波大学の津田吉晃准教授や森林総合研究所の永田純子博士といった遺伝学やニホンジカ研究の専門家と共同で研究を進めました。また、本研究に使用したサンプルは玉手英利博士(山形大学長)と鳥居春己氏(元奈良教育大学特任教授)が20年以上にわたって収集してきたニホンジカのDNAコレクションを活用しました。本研究の成果は、これまでの研究成果と最新の知見を活かしつつ、多くの地域の問題となっている課題解決に向けた研究・教育活動という点からも大きな意味があります。

図3.遺伝様式の概念図

参考図.ニホンジカなど基本的な哺乳類における各遺伝マーカーの遺伝様式の概念図
ミトコンドリアは母親のみから次世代に受け継がれ、雌の系統が反映される。一方、性染色体上のY染色体は父親からオスの仔にのみ受け継がれるため、雄の系統解析に有効である。

用語解説

注1)ミトコンドリアDNA
細胞内に多数存在する細胞内小器官、ミトコンドリアに存在するDNAで、母親のみから仔に遺伝する(母性遺伝)。ミトコンドリアDNAの塩基配列に基づく系統やその分布パターンの解析は、過去から現在における雌の系統を把握する目的で利用可能である。(元に戻る

注2)Y染色体
哺乳類において性決定に関与する性染色体の一つ。シカなど哺乳類の多くは人間と同じでXY型の染色体をもち、雄個体ではX染色体と同時に存在するが、雌個体には存在しない。(元に戻る

注3)SSRマーカー
ゲノム上にみられる、1~数塩基の短い配列 (Simple Sequence Repeat) の繰り返し数の多型を評価する遺伝マーカー。マイクロサテライトマーカーともいわれる。多型性が高く個体を特定できることから、集団遺伝学、分子生態学、科学捜査などにも用いられる。(元に戻る

掲載論文情報

タイトル:Development of paternally-inherited Y chromosome simple sequence repeats of sika deer and their application in genetic structure, artificial introduction, and interspecific hybridization analyses.

著者:Toshihito Takagi, Yoshiaki Tsuda, Harumi Torii, Hidetoshi B Tamate, Shingo Kaneko, Junco Nagata

著者の所属:

高木 俊人(福島大学共生システム理工学研究科 博士後期課程2年)
津田 吉晃(筑波大学生命環境系・山岳科学センター菅平高原実験所 准教授)
鳥居 春己(元奈良教育大学 自然環境教育センター)
玉手 英利(山形大学)
兼子 伸吾(福島大学共生システム理工学類 准教授)
永田 純子(森林総合研究所 野生動物研究領域 鳥獣生態研究室 室長)

掲載誌:Population Ecology(個体群生態学会 国際誌)

DOI:10.1002/1438-390X.12109

リポジトリ:本論文の投稿原稿は福島大学リポジトリFUKUROにて1月27日以降に公開予定

お問い合わせ

研究担当者:
福島大学 共生システム理工学類 准教授 兼子 伸吾
森林総合研究所 野生動物研究領域 鳥獣生態研究室 室長 永田 純子

広報担当者:
森林総合研究所 企画部広報普及科広報係
Tel: 029-829-8372
E-mail: kouho@ffpri.affrc.go.jp


 

 

 

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所属課室:企画部広報普及科

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