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プレスリリース

2022年4月26日

国立大学法人 東京農工大学
国立研究開発法人森林研究・整備機構 森林総合研究所
学校法人 東京農業大学

シカの増減でクマの食生活はどう変わる?
~個体で異なるツキノワグマのお食事変遷~

ポイント

  • ツキノワグマはニホンジカの生息数の増減に合わせて、食物の中に占めるシカの割合を変化させていたが、クマの性別などによって変化の程度が異なった。
  • メスのクマはシカの生息数の増減に関わらず植物中心の食生活を送っていた一方、オスのクマはシカの生息数が増加するとシカを食べる割合を増やし、シカがある程度減った後でも、一部の個体はシカを食べ続ける傾向があった。
  • シカの個体数管理に際して、関連する他の生物種の反応も調べることで、生態系の保全や管理を科学的に進めることができる。 

本研究成果は、アメリカの野生動物管理学に関する雑誌「Journal of Wildlife Management (略称:JWM)」の掲載に先立ち3月28日にWEB上で掲載されました。
論文名:Functional dietary response of Asian black bears to changes in sika deer density.
著者名:Tomoko Naganuma, Rumiko Nakashita, Kahoko Tochigi, Andreas Zedrosser, Chinatsu Kozakai, Koji Yamazaki, Shinsuke Koike
URL: https://wildlife.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/jwmg.22218

概要

国立大学法人東京農工大学大学院グローバルイノベーション研究院の長沼知子特任助教(当時、現在は国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構任期付研究員)、小池伸介教授、国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所の中下留美子主任研究員、ノルウェーのサウスイーストノルウェー大学のAndreas Zedrosser教授、東京農業大学地域環境科学部森林総合科学科の山﨑晃司教授らの国際共同研究チームは、長期的なニホンジカ(以下、シカ)の生息数の変化とツキノワグマ(以下、クマ)の食性注1)の関係を調べました。この結果から、クマはシカの生息数の増減に合わせて食物に占めるシカの割合を変化させていたものの、クマの性別や体重によってその変化の程度は異なることが明らかとなりました。また、成熟したクマ(5歳以上)では、体重と食物に占めるシカの割合には関連が認められることが分かりました。

研究背景

雑食動物は、その時々の様々な食物の現存量に合わせて、食性を柔軟に変化させます。また、雑食動物は個体ごとの食性の違いが大きいため、利用できる食物の現存量が変化した際の食性の変化の程度も、個体により異なると推測されます。雑食動物のクマは、植物や昆虫を中心とした食生活を送りますが、死体や俊敏に逃げることができない幼獣と遭遇する機会があれば、シカなどの哺乳類も食物として利用することが知られています。しかし、クマの食物の中でシカなどの哺乳類が占める割合は、クマの性別や年齢によって異なることが分かっています。
過去30年間でシカの生息数は全国的に増えてきました。そのため、各地でクマがシカを食べる機会が増加してきたと考えられます。一方、近年は全国的にシカの駆除が進み、シカの生息数は減少傾向にある地域もあります。これまで、シカの生息数が増加することで、クマの食物の中でシカが占める割合が増加することは報告されてきました。しかし、シカの生息数が減少に転じた際に、クマの食性がどのように変化するのかは分かっていませんでした。また、シカを食べる度合いとクマの形質注2)との関連についても明らかになっていませんでした。
そこで、本研究では、シカの生息数が増える前(低密度の時期)、増えた後(高密度の時期)、そして再びシカが減った後(中密度の時期)で、クマの食性がどのように変化したのかを検証しました。さらに、シカを食べる度合いと体の大きさ(体重)の関係を調べ、シカを食べることとクマの形質には関連があるのかを検討しました。

研究成果

東京都奥多摩町北部における1993年から2014年のシカの生息密度を検証したところ、1993年から1998年は低密度、1999年から2006年は高密度、2007年から2014年は駆除等により中密度で推移していました(図1)。
この地域に生息するクマの個体群注3)について、この期間中に起こった食性の変化を調べるために、期間中に採取されたクマの糞(計253個)を採取時期である夏(6-7月)と秋(9-10月)に分けて、糞の内容物の分析を行いました。その結果、シカが低密度の時期にはシカが含まれたクマの糞の割合は極めて低かったものの、シカが高密度の時期になると、その割合は急激に上昇していました。一方、その後シカの生息数が減少し、シカの生息数が中密度の時期になると、シカが含まれるクマの糞の割合は低下しました(図2)。以上から、この地域に生息するクマはシカの生息数の変化に合わせて、シカを食べる割合を変化させていると考えられます。
さらに、クマの個体ごとの食性の変化を明らかにするために、2000年から2014年にかけて学術捕獲された延べ46個体、駆除や狩猟で捕獲された4個体のクマの体毛の窒素安定同位体比注4)(δ15N)を測定しました。その結果、夏、秋ともに、シカの生息数が高密度の時期は、メスよりもオスの方が、食物に占めるシカの割合が高くなっていました。そして、シカの生息数が高密度から中密度に減少しても、この関係に変化は見られませんでした(図3)。また、夏には、成熟したクマ(5歳以上)では、体重と食物に占めるシカの割合には関連が認められました(図4)。
今回や先行研究の結果を踏まえると、シカの生息数が少ない時期(低密度の時期)は、クマの性別に関わらず、シカをほとんど食べていなかったと考えられます。そして、シカの生息数が低密度から高密度に急増しても、メスのクマはオスのクマよりもシカを食べる割合が低く、従来の植物中心の食生活を続けていたと推測されます。一方、オスのクマはシカの生息数の増加に応じて、シカを食物にする頻度が増加したと考えられます。さらに、その後、シカの生息数が高密度から減少に転じて中密度になっても、メスのクマは植物中心の食生活を続け、一部のオスのクマは選択的にシカを食べ続けていた可能性があります。
シカが多く生息する状態であっても、クマにとってシカは、果実などの植物に比べると遭遇する機会が限られる、手に入れづらい食物です。そのため、シカを巡るクマの個体どうしの競争が発生すると予想されます。一般的に、食物を巡る競争では、体が大きいことが有利に働きます。オスのクマはメスのクマよりも体が大きく、競争に有利であることから、オスはメスよりもシカを多く食べることができたのでしょう。さらに、体重と食物に占めるシカの割合には関連が認められたことから、より体が大きい個体の方がシカをより多く食べていた可能性があります。
本研究から、シカの生息数の増減に伴うクマの食性の変化は、個体の性別や形質(体重)によって異なることが示唆されました。したがって、地域のシカの生息数が増えたとしても、その地域<に生息するすべてのクマがシカを食べられる状況にはないと考えられます。また、シカの生息数が大幅に減少すると、多くのクマが従来の植物中心の食生活に戻る可能性があります。

1993年から2014年シカの生息密度を検証した結果を表すグラフ
図1. 東京都奥多摩町北部のシカの生息密度(1km2当たりに生息する個体数:地域に生息する動物の生息数の指標として用いられる)の変化(影の部分は95%信頼区間を示す)

 

図2. 夏(6月~7月)と秋(9月~10月)に分けて、クマの糞の内容物の分析を行った結果
図2. 東京都奥多摩町北部におけるシカの生息密度が異なる3時期(低密度、高密度、中密度)の夏と秋にそれぞれに採取した、シカが含まれているクマの糞の割合

 

図3. 2000年から2014年にかけて学術捕獲されたクマの個体ごとの食性の変化を表したグラフ
図3. 東京都奥多摩町において、シカが高密度および中密度に生息していた時期の、夏と秋のオスとメスのクマの体毛の窒素安定同位体比(δ15N)。δ15Nはシカを多く食べているほど、値が大きくなる。

 

図4. 成熟したクマ(5歳以上)が、夏には、体重と食物に占めるシカの割合に関連が認められたことを示すグラフ
図4. 捕獲時のクマの体重と体毛の窒素安定同位体比(δ15N)の関係。図の中の回帰直線は、成熟したクマでは体重とδ15N(シカを多く食べている個体ほど値が大きくなる)に関連が認められることを示す。図中に示すクマは、シカが高密度および中密度に生息していた時期の個体からなる。

今後の展望

過去30年間にわたる日本全国でのシカの生息数の劇的な増加は、農林業被害などの人間活動との軋轢だけでなく、生態系やその機能の改変、他の動植物への負の影響をもたらしています。さらに、今後は、まだシカが分布していない地域(高緯度や高標高の地域)にまで、同様の現象が拡大すると予測されています。一方で、各地でのシカの駆除圧の高まりにより、シカの生息数が減少に転じている地域も存在します。これまで、シカが増えることが同所的に生活する生物種にどのような影響を与え、さらに生物種はどのように適応するのかといった課題が注目されてきました。しかし、いったんシカが高密度に生息する環境に適応した生物種が、シカの生息数が減少したときに、どのような反応を示すのかについては、ほとんど分かっていません。本研究の結果から、シカの生息数の減少が生物種に与える影響は、生物種の性別や形質によっても異なりうることが分かりました。また、シカの減少は様々な生物種との関係を通じても、生態系のバランスにも大きく影響を与えるかもしれません。今後は生態系管理の一環として、シカの生息数(生息密度)の管理を行うだけでなく、シカの生息数の減少に対する他の生物種の反応も、生態系のバランスをモニタリングしていくうえで欠かせない視点となると考えられます。
なお、本研究はJSPS科研費 17J07841、17H05971、19H03002、19H02990、乾太助記念動物科学研究助成基金、日本生命財団、環境省公害防止等試験研究費、東京農工大学大学院グローバルイノベーション研究院からの助成金を受けたものです。

用語解説

注1)動物の食べ物の種類や食べ方についての性質のこと。(元に戻る

注2)生物のもつ性質や特徴のこと。(元に戻る

注3)ある空間(地域など)に生育、生息する同種個体の集まり。(元に戻る

注4)動物の体は採食によって得られた物質で形作られる。動物の体を構成するタンパク質に含まれる窒素には14Nと15Nという安定同位体(環境中に安定して存在する同位体(陽子の数は同じだが、中性子の数が異なる原子))が存在し、その割合は食物によって異なる。そのため、体毛など動物の体の組織の安定同位体比を測定することで、過去に食べた物の種類を推定することができる。本研究では、食物に占める動物質の割合が高いほど窒素安定同位体比が高くなることを利用して、クマによるシカの消費の変化を評価した。クマは昆虫などシカ以外の動物質も利用するが、本研究では現存量が変化した動物質はシカのみであったことから、クマの窒素安定同位体比の変化をクマがシカを食べる度合いの変化とみなすことができた。(元に戻る

 

お問い合わせ

研究担当者:
農業・食品産業技術総合研究機構 畜産研究部門動物行動管理研究領域 動物行動管理グループ 任期付研究員 長沼 知子(ながぬま ともこ)

東京農工大学 大学院グローバルイノベーション研究院 教授 小池 伸介(こいけ しんすけ)

森林研究・整備機構 森林総合研究所 野生動物研究領域 主任研究員 中下 留美子(なかした るみこ)

 

広報担当者:
森林研究・整備機構 森林総合研究所 企画部広報普及科広報係
Tel: 029-829-8372
E-mail: kouho@ffpri.affrc.go.jp


 

 

 

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