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プレスリリース

2022年9月7日

福島大学
量子科学技術研究開発機構
森林総合研究所

植物における慢性放射線被ばくが塩基配列の突然変異に与える影響
—発芽直後から種子成熟期までの放射線照射によって生じた突然変異分析—

ポイント

  • 発芽直後から種子成熟期までの放射線照射実験とゲノム解析によって植物のDNA配列における放射線感受性を評価した。
  • 放射線被ばくのDNA配列突然変異への影響は、花や種子等が形成される生殖成長期でより大きかった。また、変異の頻度は植物個体間でのばらつきが大きかった。
  • 放射線被ばくの遺伝的影響は、全ゲノムスケールの解析によって評価できることが改めて示された。

 

概要

福島大学共生システム理工学類の兼子伸吾准教授と平尾章客員准教授、量子科学技術研究開発機構放射線医学研究所の渡辺嘉人放射線規制科学研究部研究統括、森林研究・整備機構森林総合研究所の上野真義チーム長を中心とする研究グループは、慢性の放射線被ばくが、植物のDNA塩基配列において新規突然変異をどのように増加させるのかについて、モデル植物であるシロイヌナズナを対象とした照射実験と全ゲノム解析によって明らかにしました。本研究成果は『Science of The Total Environment』誌の9月10日号(既に公開中)にて発表されました。

モデル植物のシロイヌナズナ親世代と次世代の画像

研究の背景

地球上の生物は常に自然界の電離放射線にさらされています。55カ国以上のデータから、大気中の陸上ガンマ線の空間線量率は通常0.00024から0.0048mGy/日(≈0.01 to0.2 μSv/h)であることが示唆されています。しかし、チョルノービリ(チェルノブイリ)や東京電力福島第一原子力発電所の事故による放射性物質の拡散は、空間線量率の地域的な上昇をもたらしました。1920年代に電離放射線が突然変異を誘発することが発見されて以来、電離放射線の生物学的および遺伝学的影響は広範囲に研究されてきました。ただし、それらの知見は、非常に高い線量率の放射線を短時間で照射したものが多く、慢性的に低線量率の放射線を被ばくした時の影響については、知見が限られていました。また、放射線の被ばくによって生じる突然変異は、被ばく線量が低下すれば発生率も低下すると予想されますが、生物のゲノムを構成する膨大なDNA配列のなかで、わずかに生じる突然変異を正確に発見することは極めて難しい課題でした。
そのような中で、全ゲノム配列決定技術が近年急速に発達したことにより、放射線による突然変異の特徴について、放射線照射した植物の全ゲノム解析に基づいて行われるようになってきました。そこで本研究では、モデル植物であるシロイヌナズナを対象に、植物における慢性的な放射線被ばくによって生じるDNA配列の新規突然変異の特徴を、発芽直後から種子成熟期までの継続的な放射線照射と全ゲノム解析によって評価しました。

研究方法と成果の概略

本研究では、シロイヌナズナの親世代に種子が成熟するまでの2か月間、0.4Gy/日(低線量率)、1.4Gy/日(中線量率)、2.0Gy/日(高線量率)のガンマ線を照射し続けました。対照区としての非照射個体も含めて、これらの親世代(M1)から次世代となる種子(M2)を採取し、放射線を照射しない環境で栽培しました。1個体の親世代とその次世代3個体を1セットとし、4つの実験区でそれぞれ3セットを対象に全ゲノム解析を行いました。次世代の全ゲノムの塩基配列をそれぞれの親個体と比較することによって、計36個(次世代3個体×3セット×4実験区)に新たに生じたDNA配列の塩基置換や欠失・挿入などの突然変異を評価しました。
その結果、個体あたりの突然変異の数は、非照射区では2.4±1.5か所だったのに対し、高線量区では35.1±10.0か所であり、変異の数も変異数の個体間のばらつきも増加していました(図1、表1)。また、これらの突然変異が生じた染色体上の場所などについても明らかにしました。さらに、同一の親個体から得た3個体の兄弟間において共通する変異が少なかったこと(表1、家系変異数)や新規突然変異の検出部位における遺伝子型においてヘテロ接合が相対的に多いことなど(図2)から、照射によって生じた突然変異の多くは、栄養成長期ではなく生殖成長期に生じていると推測されました。

表1.各実験区における突然変異数と突然変異率
各実験区(非照射、低線量率、中線量率、高線量率)における突然変異数と突然変異率を示した表

図1.照射線線量率と新規突然変異数を示したグラフ
図1. 照射したガンマ線線量と観察された突然変異数。茶色は全ての突然変異、桃色は一塩基置換、青色は欠失、水色は挿入変異の突然変異数を示す。回帰曲線は統計モデリングによる予測値を示す。

図2.検出された突然変異部位におけるホモ接合とヘテロ接合の数を示したグラフ
図2.
検出された突然変異部位におけるホモ接合とヘテロ接合の数。ホモ接合とヘテロ接合の割合から、突然変異発生時期の全体的な傾向について推測できる。

研究成果の意義

本研究では、発芽直後から種子成熟期までの継続的な放射線の被ばくによって、新規突然変異の数は増加することが示されました。また、新規突然変異の増加は全ゲノム解析によって検出・評価できることを改めて示しました。放射線を被ばくすることによって新規突然変異が増えることは広く知られています。その一方で、慢性的な被ばくにおける線量率と突然変異増加の定量的な関係については、Hase et al. (2020)などの一部の先行研究でしか言及されていませんでした。
今回の成果は、このような「良く分からない」といわれてきた放射線の慢性的な被ばくが植物のDNA配列に与える影響を研究・理解するうえでも重要な知見のひとつとなります。今回の照射は低線量率の実験区で17,000μSv/h、高線量率の実験区で83,000μSv/hに相当します。自然界の空間線量率に比べればかなり高いこれらの線量率の放射線を継続的に植物体が被ばくした場合の突然変異率は、非照射区の5倍~14.4倍程度でした(表1)。新規突然変異の発生は個体ごとのばらつきが大きいことから、放射線被ばくと突然変異の発生の全体像を把握するためには、より多くの実験条件やサンプルの分析が必要となります。そして、今回の結果は、そのような今後の研究に際し、「どの程度の線量率において、どのぐらいの変異率を想定すべきか」という基準を与えてくれます。
また、本研究は、親子のDNA配列の比較によって新規突然変異を検出しているという点でも新たな視点を提供しています。これまでの研究では、発生確率の低い突然変異を確実に検出するために、複数世代経過後にDNA配列を比較して、突然変異を評価していました。今回の研究で、親子間の比較によって新規突然変異が検出できたことは、野外に生育する植物であっても親子間比較によって新規突然変異の検出が原理的に可能であることも意味します。今回の分析を野外の植物に適用するためには様々な課題もありますが、これまでほとんど実施されてこなかった野外に生育する植物を対象とした突然変異率の実測につながる研究と言えます。

参考資料

本研究は環境研究総合推進費(JPMEERF20181004)の支援を受けて実施され、本論文に関連する内容は環境研究総合推進費の報告書として以下にも公開されています。
https://www.erca.go.jp/suishinhi/seika/seika_5_02_r02.html
同様の内容が印刷された報告書「放射能汚染地域の生物で利用可能な遺伝的影響評価法の開発」は福島県立図書館などに寄贈されています。

掲載誌

掲載誌:「Science of The Total Environment サイエンス オブ ザ トータルインヴァイロメント」(エルゼビア)(外部サイトへリンク)

公開:2022年9月10日号(既に公開中)

タイトル:Mutational effects of chronic gamma radiation throughout the life cycle of Arabidopsis thaliana: Insight into radiosensitivity in the reproductive stage(シロイヌナズナのライフサイクルを通しての慢性ガンマ線照射による突然変異の影響:生殖成長期における放射線感受性についての考察)

著者:平尾章1,2・渡辺嘉人3・長谷川陽一4・高木俊人5・上野真義4・兼子伸吾1,6

著者の所属:
1福島大学 共生システム理工学類
2水産研究・教育機構 水産資源研究所
3量子科学技術研究開発機構 放射線医学研究所
4森林研究・整備機構 森林総合研究所
5福島大学 大学院 共生システム理工学研究科
6福島大学 環境放射能研究所

用語解説

シロイヌナズナ
ゲノムサイズが小さく1世代が約2か月という特徴をもつ最も一般的なモデル植物です。これらの特徴による照射実験やゲノム解析のやりやすさに加え、膨大な先行研究の知見やデータを活用できる利点があります。(元に戻る

栄養成長期と生殖成長期
植物の生育段階で種子が発芽し葉を茂らせる時期を栄養成長期、花芽を作り始め花を咲かせ、種子を生産する時期を生殖成長期と呼びます。(元に戻る

遺伝子型
2倍体の生物がもっている2つの対立遺伝子の組み合わせのタイプ。ヒトの血液型の場合、AA、BB、OO、AB、AO、BO の6種類の遺伝子型があります。(元に戻る

ホモ接合とヘテロ接合
2倍体生物のある遺伝子座における2つの対立遺伝子が同一の場合をホモ接合、異なる場合をヘテロ接合と呼びます。ヒトの血液型の場合、AA、BB、OO がホモ接合、AB、AO、BOがヘテロ接合となります。栄養成長期に新規突然変異が生じた細胞から配偶子が形成されると仮定した場合、次世代における突然変異発生部位の遺伝子型の比率は、(新規対立遺伝子のホモ):(新旧対立遺伝子のヘテロ):(旧対立遺伝子のホモ)=1:2:1になると予想されます。この比率と実際に観察されたホモ接合とヘテロ接合の比率を比較することで、栄養成長期における新規突然変異の多寡について推測できます。(元に戻る

 

 

 

お問い合わせ

研究担当者:
森林総合研究所 樹木分子遺伝研究領域 チーム長 上野 真義

広報担当者:
森林総合研究所 企画部広報普及科広報係
Tel: 029-829-8372
E-mail: kouho@ffpri.affrc.go.jp

 

 

 

 

 

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