研究紹介 > トピックス > プレスリリース > プレスリリース 2023年 > 国際的な貿易、消費による生物多様性損失度を輸入国別に視覚化 ~主要48品目の農畜産物別の生物多様性への影響を初めて評価~

ここから本文です。

プレスリリース

2023年5月30日

総合地球環境学研究所
森林総合研究所

国際的な貿易、消費による生物多様性損失度を輸入国別に視覚化
主要48品目の農畜産物別の生物多様性への影響を初めて評価~

ポイント

  • 国際的に取引されている48品目の農畜産物別の生産・消費が生物多様性に及ぼす影響を評価し、地図上で可視化した。
  • 48品目の中で、コーヒー、ココア、パーム油などは、特に生物多様性への影響が大きいことが改めて示された。
  • 本研究は、農畜産物を調達・消費する際に生じる生物多様性への悪影響を軽減するために役立つ。

概要

人間が生活を営む上で、食糧となる農畜産物の生産、消費は不可欠です。しかし、無秩序な農畜産物の生産、消費は、土地利用の大幅な改変につながり、生物多様性に悪影響を及ぼすおそれがあります。こうした農畜産物の生産、消費、国際的な取引(貿易)が、どのくらい生物多様性に影響を与えているのかを評価することは、持続可能な社会への転換を進める上で重要な課題となっています。
農畜産物の生産、消費、貿易が生物多様性に及ぼす影響を把握し、社会にとってわかりやすい形で示すことにより、持続可能な社会への転換に向けた具体的な行動に結び付けるため、総合地球科学研究所(地球研)などの研究者からなる研究チームは、国際的に取引されている48品目の農畜産物ごとに生物多様性への影響を評価し、地図上で可視化することに初めて成功しました。
生物多様性への影響の評価には、7,143種の生物の生息地点情報をもとに算出した、「保全優先度」(CP)という指標を導入しました。世界197カ国を細かなブロックに分割(グリッド化)し、48品目の農畜産物の生産場所が、それぞれどのくらい生物多様性の保全にとって重要な地域と重複しているかを分析することにより、国別、農畜産物別の生物多様性への影響を地図上に表示しました。
48品目の中で、国際的に消費が拡大しているコーヒー、ココア、パーム油などの生産は、特に生物多様性への影響が大きいことが示されました。研究チームは、「国際的なサプライチェーンを担う企業などが農畜産物を調達する際に、いかに生物多様性への影響を減らせるか工夫するなど、経済活動に活かして欲しい」と話しています。
なお、本成果の論文は、米国科学アカデミー紀要(PNAS: Proceedings of the National Academy of Sciences)に5月31日(日本時間)に掲載されます。地球研・東北大学の金本圭一朗准教授、森林研究・整備機構森林総合研究所の大橋春香主任研究員、水産資源研究所の西嶋翔太研究員らが執筆を担当しました。
48品目の農畜産物の生産・消費が生物多様性にどの程度影響を与えているのか、色分けで表示した地図は下記サイトで公開しています。地球全体、国別での表示が可能です。
https://agriculture.spatialfootprint.com/biodiversity/ja

研究目的

農畜産物の生産、消費、貿易がどのくらい生物多様性に影響を与えるかを視覚化することは、国際的な貿易のあり方、持続可能な生産、消費を考える上でとても重要になっています。過去の研究は、農作物、畜産物といった粗い分類でとらえ、しかも生物多様性の影響度を示す指標も絶滅危惧種の数という非常にわかりにくいものでした。そのため、具体的な調達や消費活動には結びつけにくいという欠点がありました。それを解消するために、個別の農産物、畜産物の生物多様性への影響を、その度合いとともに表示することが求められていました。
そこで今回研究チームは農畜産物の主要48品目について、個々の生産、消費、貿易がどの程度のインパクトで生物多様性へ影響するかを、輸入国別に地図上に表示することで、生物多様性の保全に寄与することを目指しました。

研究手法

研究チームはまずは、地球上を0.5度(およそ60km四方)のグリッド(世界で59,914個)に分けて、どの地域にどれくらいの生物種が分布しているかを探りました。生物の生息地点情報が蓄積されている、GBIF(地球規模生物多様性情報機構)※1のデータベースを活用し、生態ニッチモデル※2と呼ばれる統計的な手法を用いて特に農業によって悪影響を受けやすいとされる7,143種の生物種の潜在的な生息適地を推定しました。この情報を活用し、各グリッドで農畜産物が生産されることにより、生物多様性がどの程度損なわれる可能性があるかを「保全優先度」(Conservation Priority)という指標で評価しました。保全優先度は、生物多様性の空間分布情報を使って算出される指標で、「保護しなかった場合」に失われる生物多様性が最も少ないグリッドを削除することを計算機上で繰り返し、最も早く削除されたグリッドを0(保全優先度が最も低い)、最後まで残されたグリッドを1(保全優先度が最も高い)として全グリッドを0~1のランク付けした値です(図1)。

図1:全グリッドを0~1のランク付けした値
図1:GBIFのデータから7143種の生物種のデータをもとに、「保全優先度」(CP、0~1)を0.5°グリッド(約60km四方)ごとに計算した。濃いピンクほどその場所の生物種が失われることによる生物多様性の損失が大きく、無色はほとんど生物が生息していない様子を表している。

次に研究チームは、主要42農作物の生産と分布がわかるデータベース「MapSPAM※3」、6つの畜産物の分布がわかる「Livestock Wiki」を活用して、グリッド別に生産面積、生産量の分布図を整備しました。この農畜産物の分布図に、世界食糧機関(FAO)が提供しているデータベース「Food Balance Sheet」を活用してどの国(輸入国)が、どの国からの農畜産物を利用しているか国際貿易のデータを統合して、表示しました(図2)。これは単なる直接貿易だけでなく、農作物の飼料利用などの生産プロセスを考慮してモデル化したものです。

図2:グリッド別に生産面積、生産量の分布図を整備し、国際貿易のデータを統合した図
図2:「MapSPAM」の42の農作物別、「Livestock Wiki」の6畜産物別の生産面積および生産量のデータを地図上に濃淡で表示(左)。それにFAOなどがまとめている食糧品の国際取引データ(右)と連結させた。

その上で、上記の図1、図2の模式図を重ね合わせる(図3)ことで、48農畜産物ごと、国別の生産、消費、国際総取引(貿易)と保全優先度の関係を分析しました。

図3:図1、図2の模式図を重ね合わせた図
図3:図1と図2を統合して、農畜産物別、国別の生物多様性(保全優先度)への影響を、グリッドごとに表示した。

研究成果

研究チームはまず、「保全優先度」(CP)について、0.5未満は「低い」0.5以上0.75未満は「中程度」、0.75以上0.9未満は「高い」、0.9より大きいと「極めて高い」として48農畜産物全体の土地利用を評価しました。その結果、地球全体の4分の3は、CPが「中程度」以上の保全優先度であり、3分の1は0.75より大きい「高い」「極めて高い」と評価されることが明らかになりました。「低い」に分類された土地は23.4%。48の農畜産物のうち、最大産地が、この「低い」エリアに属するのは5品目(大麦、雑穀、テンサイ、ヒマワリ(種)、小麦)しかありませんでした(図4a)。
次に、農畜産別、保全優先度別の生産実態を把握しました。農畜産物48品目別に、生産されたエリアが保全優先度の高いエリアか低いエリアかを、その土地利用度の割合で表示したのが、下図4aです。この図から、パーム油、アラビカコーヒー、ココア、オオバコ、サトウキビなどはCPの極めて高い0.9以上のエリア、いわゆる“ホットスポット”で生産され、世界の生産量の60%以上を占めていることがわかりました。
さらに6品目の主要農畜産物が、CP別にどのくらいの割合で生産されているのか(右)、そのうち特定生産地の割合はどれくらいか(左)を見たのが図4bです。たとえば、大豆を見ると、CPが「極めて高い」あるいは「高い」地域で生産されている割合が高く、ほとんどが中南米で生産されていることが読み取れます。一方で北米の大豆の生産は、CPが相対的に低い地域であることが伺えました。
小麦については、CPの「中程度」「低い」土地での生産が多く、また東ヨーロッパでの生産の方が、西ヨーロッパでの生産よりCPが低い、つまり生物多様性への影響が小さいことがわかりました。

上段図a:48農畜産物全体の土地利用評価と保全優先度指標の関係。下段図b:農畜産別、保全優先度別の生産実態の関係。
図4
a(上):農畜産物48品目が、どの程度の保全優先度のエリアで生産されているかを、色の濃淡で表示した。
b(下):代表的な農畜産物(大豆、トウモロコシ、バナナ、牛、小麦、サトウキビ)の、CPごとの生産地の割合を示した(右)。そのうち、どの程度、生産地(地域)で消費されたかを表示(左)。(データは2010年)

CPの極めて高い(0.9以上)地域、いわゆるホットスポットでの生産量が、世界的に見て上位にある農畜産物と生産国をリストアップしたのが表1です。ブラジルの牛、大豆、トウモロコシ、サトウキビの場合、保全優先度が極めて高いエリアでの生産は、世界の33~49%にも達していました。オーストラリアも小麦、牛、羊と3品目が、極めて高い地域で3割から6割弱は生産されており、ブラジル、豪州などで農畜産物生産と生物多様性の競合が目立つことがわかりました。そのほか、コートジボワールのココア、ベトナムのコメなどもホットスポットでの生産量が高い傾向にありました。

表1:保全優先度が0.9以上のホットスポットでの生産が、世界的に見て上位にある農畜産物と生産国のリスト。生産面積と全体に占める割合を示した。(データは2010年)
表1:生産量が世界的に見て上位にある農畜産物と生産国をリストアップした表

次に研究チームは地域別の「消費」と「国際的な取り引き(貿易)」の傾向に着目しました。世界を5つに地域分け、農畜産物の消費がどのくらいCPの高い地域からのものであるかを分析しました。下の図5aは、アメリカ、EU27か国、日本、中国、インドの消費をCP別に図示したものです。
その結果、中国は油料作物、家畜などの作物を、アメリカやEUは嗜好品(コーヒー、ココア、たばこ、茶)などをCPが「極めて高い」地域から輸入し、消費していることがわかりました。
日本もCPの「極めて高い」地域に依存している割合は高く、18.9%でした。これは主に牛肉、嗜好品、ゴム、ナッツなどの穀物の輸入が多いためです。インドは国内消費の多くを国内で賄っているため、「極めて高い」地域からの消費は少量でした。
さらに研究チームは、農畜産物の消費に関して、197か国の経済力を4つのカテゴリー(高、中上位、中下位、低)に分けて分析しました。図5bは、各農畜産別の生産と消費の内訳を、4つの所得別に分けて表示したもので、所得の「高い」、あるいは「中上位」の国々の消費が、CPの「最も高い」地域で生産されたものの60%を消費していました。
CPが「高い」、「極めて高い」地域の農畜産物について、生産や消費がどの国で行われているか所得別に表したのが図5cです。上が生産国、下が消費国で、たとえばコーヒーの場合、高所得国が生産に寄与しているのは0.2%以下ですが、消費では50%以上を占めている現状が読み取れます。

 

図5:アメリカ、EU27か国、日本、中国、インドの消費をCP別に示した図
図5
a:5つの国・地域における農畜産物の需要を、品目別、CP別(4段階)に表示したグラフ
b:農畜産物の生産、消費に関与した国を、所得別に4段階で表示
c:農畜産物ごとに、4つの所得グループが生産、消費にどのくらい関与しているのか表示したグラフ

こうした分析によって、農畜産物の輸入トップ5か国(中国、EU、日本、ロシア、アメリカ)が、CPの「極めて高い」地域から、どの程度(割合)で輸入しているか、そのCPを色の濃淡で地図上に表示することも可能になりました(図6a)。
さらに国別に、農畜産物ごとに、表示することもできます。たとえば図6bは、アメリカの主要農産物の輸入が、CP別にどの地域に依存しているかを地図上に落としたものです。
さらに、CPが「高い」「極めて高い」(生産)地域から、貿易によって、どの国に輸入されているか、そのフローや取引量を図示することもできました(図6c)。

図6:農畜産物の輸入トップ5か国が、CPの極めて高い地域から、どの程度輸入しているのか示した図
図6
a:輸入量の多いトップ5国において、CPが極めて高いエリアに依存している農畜産物の輸入先と、依存度を視覚化
b:アメリカで消費される農畜産5品目について、CPの極めて高い地域から輸入されている割合と生産国
c:CPが高い、極めて高い地域で生産されたココアが取引されているフローと、取引量

まとめと展望

生物多様性を維持するために、環境負荷の少ない農業の在り方が急務の課題となっています。持続可能な形で農作物、畜産物を生産することが求められていますが、これは生産国だけの問題ではありません。それを消費する、豊かな先進国の問題でもあります。所得の高い国の需要によって、生産が拡大するからです。それを自覚し、農畜産物の調達および消費を行うことが重要になっています。
今回、研究チームは、細かな農畜産物の生産、消費(貿易を含む)が、生物多様性にどのくらい影響するかを初めて評価し、視覚化することに成功しました。多くの農畜産物は、商社など国際企業に調達され、国際取引されますが、今回の研究はこうした取引の際に、生物多様性への影響を少しでも減らすような工夫を行うことに役立つものです。
この際、(1)どこから調達するのか、(2)代替品の有無、(3)(生産や取引などの)効率性、(4)(取引などの)透明性―を考慮することが重要と研究チームは考えています。世界各国で、生物多様性を保持するためにも、持続可能な視点から作物の取引に法規制をする動きも出ていますが、貧富の地域格差などを背景に、生産、取引に法の網をかけるのは難しい状況です。生物多様性が脅かされている地域は、経済的にも貧しい国が多く、土地利用や生産手法を改革することは難しいため、政府などの支援も不可欠です。
生物多様性の影響は、こうした農畜産物の生産、消費、取引のほか、地球温暖化などの要因も絡んでいるとした上で、「いずれにせよ人間の活動が影響していることは確かであり、そうした実態を自覚することは重要です。今回の研究成果はその一助になればいい」と金本准教授は述べています。
なお、データは2010年のものであり、研究チームでは、最新情報への更新や、データの精度(解像度)の向上、地球温暖化などの影響も今後は考えていくとしています。

用語解説

※1GBIF(Global Biodiversity Information Facility)
地球規模生物多様性情報機構。デンマークのコペンハーゲンに事務局を持つ国際的なネットワーク、データ基盤。生物多様性の損失を防ぎ、持続可能な開発に寄与するために、ある生物種がいつ、どこで観察されたかというデータを記録し、誰もが自由にアクセスすることができる。18~19世紀の標本から、数日、数週間前といったごく最近に記録されたDNAバーコードや写真など様々な情報源から情報が蓄積されている。(元に戻る

※2生態ニッチモデル(ecological niche model)
生物種の現在の生息地点と気温・降水量・土地利用などの環境因子から、当該生物種の生息適地の存在確率を推定する統計学的手法。(元に戻る

※3MapSPAM(Map Spatial Production Allocation Model)
世界を10km四方に分け、42農作物の生産の分布を地図上に落としたデータベース。現在最新のデータは2010年のデータが公開されている。(元に戻る

論文情報

論文タイトル:Mapping potential conflicts between global agriculture and terrestrial Conservation

雑誌名:The Proceedings of the National Academy of Sciences (PNAS)

著者名:Nguyen Tien Hoang, Oliver Taherzadeh, Haruka Ohashi, Yusuke Yonekura, Shota Nishijima, Masaki Yamabe, Tetsuya Matsui, Hiroyuki Matsuda, Daniel Moran, Keiichiro Kanemoto

論文アクセス

  • PNASはEurekAlert!を通じて記者に公開前の論文のアクセスを提供しています。EurekAlert(http://www.eurekalert.org/register)に登録している記者の方は、下記リンクからアクセスできます。
    https://www.eurekalert.org/news-releases/990277
  • 論文公開後は、下記のリンクで論文をご覧いただけます。米国東部時間で5月30日午後に掲載される予定です。報道解禁後に論文は掲載されます。
    https://www.pnas.org/cgi/doi/10.1073/pnas.2208376120

 

お問い合わせ先

研究担当者:
森林総合研究所 野生動物研究領域 鳥獣生態研究室 主任研究員 大橋春香

広報担当者:
森林総合研究所 企画部広報普及科広報係
Tel: 029-829-8372
E-mail: kouho@ffpri.affrc.go.jp

 

 

 

 

 

Adobe Acrobat Readerのダウンロードページへ

PDF形式のファイルをご覧いただく場合には、Adobe Acrobat Readerが必要です。Adobe Acrobat Readerをお持ちでない方は、バナーのリンク先から無料ダウンロードしてください。