研究紹介 > トピックス > プレスリリース > プレスリリース 2023年 > 遮断蒸発が下流に及ぼす影響を評価 —森林に特徴的な現象が洪水を大きく左右する—
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2023年7月5日
国立研究開発法人森林研究・整備機構 森林総合研究所
ポイント
国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所、国立大学法人東京大学、国立大学法人静岡大学の研究グループは、森林に特徴的な遮断蒸発と呼ばれる現象が洪水時の水流出を減らし得ることを明らかにしました。
遮断蒸発は森林に降った雨が樹木に遮られ、地面に到達せずに蒸発する現象です。わが国の森林では降ってくる雨の10~30%程度が遮断蒸発として失われます。そうした中で、遮断蒸発が森林流域からの水流出を予測する際にどのように、どれほど影響するのかはよく分かっていませんでした。そこで、新たに開発した遮断蒸発モデル*1を流出予測モデルへ組み込み、遮断蒸発の推定方法の違いが流出予測に及ぼす影響を検討するとともに、推定方法の妥当性について試験流域における観測データを利用して検証しました。その結果、洪水時の日流出量の再現性が良いのは遮断蒸発が降雨に比例して増加し続ける場合であることがわかり、このことは遮断蒸発が洪水時の水流出の減少につながることを示していると考えられます。また、今後の遮断蒸発に関する研究の進展によって森林がもつ洪水緩和機能の評価技術を高められることがわかりました。こうした技術は洪水リスク評価の高度化にも繋がります。
本研究成果は、2023年6月21日にJournal of Hydrology誌でオンライン公開されました。
森林流域に降った雨は河川等へ流れ出ることにより私たちの暮らしにも深く関わります。こうした雨は下流へ全て流れ出るわけではなく、そのうちいくらかは蒸発し、大気中へと失われることになります。こうした水を蒸発散と呼びます。蒸発散は植物が根から吸い上げた水を蒸散として葉から放出したり、地面から直接蒸発したりするのみならず、雨水が葉や幹などに付着し、地面に到達することなく蒸発することでも起こり、これを遮断蒸発と呼びます。
国土の約7割が森林に覆われているわが国において洪水や渇水の被害を防ぐには、森林流域からの水流出ならびに森林管理および土地利用変化に伴う水流出の変化を正確に予測する必要があります。こうした中で遮断蒸発は日本の森林においては降水の10~30%にも達するとされますが、メカニズムにも依然不明な点は多く、遮断蒸発量の計算にあたっての仮定も様々なものが考えられています。しかしながら、遮断蒸発、特にその推定に際しての仮定が河川への流出の予測に最終的に及ぼす影響についてはまだよく調べられていませんでした。
まず、遮断蒸発が水流出に及ぼす影響を調べるにあたって、植生に付着し蓄えられる水の量で遮断蒸発量が完全に決まり、日降雨量の増加に対して遮断蒸発量が頭打ちになるとした場合(貯留型)と、遮断蒸発量が頭打ちにならず、遮断蒸発量が降雨量に比例し増え続けるとした場合(比例型)の両者を表現できる遮断蒸発モデルを新たに開発しました。そして、この遮断蒸発モデルを森林流域からの水流出を予測するモデルに組み込み、神奈川県大洞沢試験地で東京大学が取得した観測データを用いて検証を行いました。
その結果、観測された日流出量および数週間から数か月単位の遮断蒸発を良く再現するモデルは比例型であるという結果が得られました。また、遮断蒸発モデルの仮定の違いは洪水時に大きく表れ、遮断蒸発について比例型を仮定した場合は貯留型を仮定した場合に比べて洪水時の水流出が小さく予測されることになりました。観測結果を良く再現する比例型は降雨量に対して頭打ちしない仮定となりますので、遮断蒸発の増加が洪水流出の軽減につながり得ることが示されました。
図. 森林流域における水循環の模式図(左)、比例型および貯留型の遮断蒸発モデルの概念図(右上段)ならびに遮断蒸発モデルの仮定の差に伴う流出予測の変化(右下段)
右下段の図では、観測値に基づいた最適化から得られる比例型の遮断蒸発モデルを用いて予測した流出量と、そこから遮断蒸発モデルのみを貯留型にした流出量を比較しました。洪水時には遮断蒸発モデルの違いが流出量の違いに大きく現れており、観測した流出を良く再現する比例型の遮断蒸発モデルを用いると貯留型を用いた場合より洪水流出が小さくなります。
地球温暖化に伴う気候変動によりわが国においても豪雨や台風による被害が甚大になることが懸念される中で、森林による遮断蒸発には洪水を軽減する作用があることが分かりました。遮断蒸発は森林施業によっても変化しますが、もし森林管理によって遮断蒸発をある程度調整することができれば、適切な森林管理により洪水被害の軽減に森林が貢献できる可能性があります。
なお、本研究では、森林からの日流出量および数週間から数か月単位の遮断蒸発を基に検討を行いました。より細かい時間解像度で遮断蒸発を観測すると小雨の場合や降り始めはほとんどの雨が遮断蒸発になるとされていますが、比例型の仮定はこうした現象を再現することはできません。実際の遮断蒸発がどのように起こっているのか、遮断蒸発が気候変動などによりどの程度変化するのか、他の森林ではどうなるのかといったことを解明するにはより詳細な検討が必要になりますが、本研究で開発した手法はこれらの研究にも活用できます。
論文名:Forest canopy interception can reduce flood discharge: Inferences from model assumption analysis(遮断蒸発は洪水流出を減らし得る:モデルに置く仮定の分析からの示唆)
著者名:Hiroki Momiyama, Tomo’omi Kumagai(東京大学), Naoya Fujime(東京大学), Tomohiro Egusa(静岡大学), Takanori Shimizu
掲載誌:Journal of Hydrology
DOI:10.1016/j.jhydrol.2023.129843
研究費:神奈川県自然環境保全センター 対照流域調査地・流域水収支評価研究委託(代表:熊谷朝臣(東京大学))、森林研究・整備機構森林総合研究所 交付金プロジェクト(課題番号202210)、環境省 地球環境保全試験研究費(MAFF1942)、科学技術振興機構 次世代研究者挑戦的研究プログラム(JPMJSP2108)
東京大学、静岡大学
*1 モデル
本報では主に計算機を用いてある理論や仮定に基づいて必要な要素を推測する手法としてこの言葉を利用しています。例えば遮断蒸発モデルは遮断蒸発量を推測するための手法です。(元に戻る)
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