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プレスリリース

2023年9月8日

福島大学
森林総合研究所
北海道大学
合同会社エゾリンク

謎の鹿マゲシカの正体にDNAデータで迫る
—亜種ヤクシカと同時期に分岐した独自系統であることが判明—

ポイント

  • 日本列島に広く分布するニホンジカですが、ヤクシカやホンシュウジカといった亜種の分類は現在でも混乱が続いています。
  • 特に馬毛島の個体に基づき記載された亜種マゲシカは、その分布域や系統的な独自性といった亜種としての実像がはっきりしていませんでした。
  • 本研究では、九州本島と大隅諸島(馬毛島、種子島、屋久島、口永良部島)に生息するニホンジカを対象に、公開データの遺伝子配列情報を中心に系統解析を行いました。
  • その結果、これらの地域のニホンジカは、3つの遺伝的なグループ、(1)馬毛島と種子島に生息するグループ(マゲシカ)、(2)屋久島と口永良部島に生息するグループ(ヤクシカ)、(3)そのほかの九州地方に生息するグループ(キュウシュウジカ)に区別できることが示されました。
  • 以上の結果から、マゲシカは、馬毛島と種子島においてヤクシカと同等の進化的時間をかけて成立した独自の系統であるという、亜種としての実像が明らかとなりました。

図1 大隅諸島(馬毛島、種子島、屋久島、口永良部島)に生息するニホンジカの関係性を表した図
図1. 本研究により明らかになった大隅諸島に生息するニホンジカの関係性の概念図

発表概要

誰もが知っている動物のニホンジカですが、もっとも基礎的な生物理解のひとつでもある亜種分類が現在でも混乱した状況にあります。特に馬毛島の個体から亜種記載された「マゲシカ」はその分布域や系統的な独自性といった亜種としての実像がはっきりしていませんでした。そこで、福島大学の兼子伸吾准教授を中心とした福島大学、森林総合研究所、北海道大学、合同会社エゾリンクからなる共同研究グループは、馬毛島と種子島に生息するとされてきたマゲシカの系統的独自性を遺伝解析データから再検討しました。その結果、マゲシカはヤクシカともキュウシュウジカとも異なる遺伝的なグループであることが明らかとなりました。さらに、馬毛島と種子島に生息するマゲシカは、ヤクシカと共通の祖先をもち、ヤクシカと同等の進化的時間をかけて成立した独自の系統であることが示されました。
本研究成果が日本生態学会の学会誌『保全生態学研究』に発表されることになりましたので、ご報告いたします。

研究の背景

ニホンジカは東アジアに広く分布し、日本列島においては北海道、本州、四国、九州、対馬、五島列島、大隅諸島、慶良間諸島などに分布しています。これら日本列島のニホンジカの亜種分類は、様々な学名・和名の変遷を経て形態と分布情報から分類された6亜種(注1)(エゾシカ、ホンシュウジカ、キュウシュウジカ、マゲシカ、ヤクシカ、ケラマジカ)が比較的広く受け入れられています。
しかし、1990年代以降のミトコンドリアDNA(注2)などを使用した遺伝解析の結果は、必ずしも従来の亜種分類とは一致しておらず、現在も議論が続いています。このような状況における分類群の混乱は、ニホンジカの管理単位を検討するうえでも大きな支障となっています。
なかでもマゲシカ(Cervus nippon mageshimae Kuroda and Okada 1950)は、ニホンジカの中で実像がはっきりしない亜種のひとつです。馬毛島に生息する個体の形態的特徴から1950年にニホンジカの亜種として、マゲシカは記載されました。記載後も、馬毛島に生息する個体をヤクシカに含める研究者もおり、マゲシカに関する亜種分類は混乱した状態が続きました。その後、大泰司(1986)は、形態的特徴とその分布に基づき、馬毛島と種子島の個体群をマゲシカに含めること、ヤクシカとは別亜種にすることを提唱し、広く受け入れられてきました。しかし2014年の環境省レッドリストの改訂にあたっては、亜種としてのマゲシカの分布域と分類学的位置づけが明確でないという判断から、亜種としてのマゲシカは認められず、「馬毛島のニホンジカ」としてニホンジカの地域個体群 (LP) とされています。一方、最近の研究では、種子島に生息するニホンジカに一定の遺伝的独自性が存在することが、データとしては示されてきました(例えばDong et al. 2022)。しかし、それらの研究ではマゲシカという亜種に着目していないために、その系統的な独自性についてまったく論じられていません。
そこで本研究では、マゲシカとされてきた馬毛島および種子島に生息するニホンジカの遺伝学的な独自性について再検討することを目的に、先行研究において報告されているミトコンドリアDNAのコントロール領域のデータを集約し、再解析しました。

研究手法

本研究では公開データベース(注3)に登録されている九州地域に含まれる九州本島、対馬、五島列島、大隅諸島 (馬毛島、種子島、屋久島、口永良部島)のニホンジカのミトコンドリアDNAのコントロール領域の全長塩基配列データを使用し、系統解析を行いました。さらに馬毛島と種子島のニホンジカの遺伝子型の出現頻度を比較するため馬毛島5個体、種子島39個体のミトコンドリアDNAのハプロタイプ(注4)(遺伝子型)の比較を行いました。

研究成果

データベースから得られたミトコンドリアDNAコントロール領域の全長配列からは、37のハプロタイプが確認されました。系統解析の結果、それらのハプロタイプは以下の3つのグループに分けられました(図2)。
(1)馬毛島、種子島で検出された5つのハプロタイプで構成されるマゲシカグループ (Hap1-5)。
(2)屋久島、口永良部島で検出された3つのハプロタイプで構成されるヤクシカグループ (Hap6-8)。
(3)キュウシュウジカの分布域である九州本島や五島列島、対馬で確認された29ハプロタイプで構成されるキュウシュウジカグループ

さらに大隅諸島(馬毛島、種子島、屋久島、口永良部島)のデータのみを対象としたハプロタイプネットワークにおいても、マゲシカの分布域とされる馬毛島および種子島で検出されたマゲシカグループのハプロタイプ(Hap1-5)と、ヤクシカの分布域である屋久島、口永良部島で検出されたヤクシカグループのハプロタイプ(Hap6-8)の間に明確な塩基配列の違いがあることが明示されました (図3)。

図2 マゲシカ、ヤクシカ、キュウシュウジカの3つのグループに分けられた系統解析の結果を示した図
図2. ニホンジカのミトコンドリアDNAコントロール領域の近隣結合法(Neighbor-Joining Method)による分子系統樹。スケールバー(0.01と書かれた横棒)は遺伝距離(短いほど遺伝的に近く、長いほど遺伝的に遠い)を表し、ブートストラップ値が50%以上の分岐点にはその数値を示した(数値が大きいほどその枝が統計的に確からしいことを示している)。

図3 塩基配列の違いを示した図
図3. 大隅諸島(馬毛島、種子島、屋久島、口永良部島)のニホンジカのミトコンドリアDNAコントロール領域の最節約ハプロタイプネットワーク。黒い太線はハプロタイプ間の一塩基置換を、白い太線は挿入・欠失を、白い丸は未検出ハプロタイプを表している。なおアスタリスク(*)の付いている白い太線は連続する7つの挿入・欠失を表す。

成果の意義

今回の解析結果から、マゲシカの分布域とされる馬毛島および種子島のニホンジカは、九州本島などに生息するキュウシュウジカだけでなく、屋久島および口永良部島に生息するヤクシカとも明確に異なる塩基配列を有することが明らかとなりました。こうした分類学上の基礎的な研究成果は南日本のニホンジカの保全や保護管理を考えるうえで重要な知見となります。
先行研究 (Terada and Saitoh 2018など) ではマゲシカとヤクシカに形態的な差異が存在することも明らかとなっており、共通祖先を持つ両亜種が異なる形態に分化した理由としては、島嶼における孤立とそれぞれの生息環境への適応が仮説として考えられています。マゲシカ、ヤクシカの両亜種を対象とした今後のさらなる遺伝学的、形態学的比較研究は、大型哺乳類の島嶼適応や多様化のプロセスを理解するうえで重要な知見を提供すると期待されます。

著者のコメント

福島大学 共生システム理工学類 准教授 兼子伸吾
研究を始める際、ニホンジカという日本人にとって馴染み深い動物であるにも関わらず、亜種分類がはっきりしていないという現状に驚きました。古い時代に記載された亜種などは限られた標本とその形態のみから命名されたことも多く、遺伝学的な解析によってそれらの認識が支持されるとはかぎりません。しかし、今回のマゲシカについては、予想以上にはっきりとした遺伝的違いが検出され再度驚きました。ニホンジカのような身近な動物においても、分かっていないことはまだまだ沢山あることを示す好例だと思います。

森林総合研究所 野生動物研究領域 鳥獣生態研究室 主任研究員 亘 悠哉
これだけ狭い地域に点在する島々に複数のニホンジカ亜種が維持されてきたことは驚くべきことです。これらの地域でどのように系統が維持されてきたのか、環境や地理的要因を明らかにするとともに、マゲシカが独自の遺伝的特徴を有するに至った進化プロセスの背景ごと保全するために、各生息地において適切に保全管理を実施することが重要です。

北海道大学 北方生物圏フィールド科学センター 学術研究員 および合同会社エゾリンク 業務執行社員 寺田千里
大隅諸島4島はそれぞれ独特な環境を有しており、そこに生息するニホンジカの形もそれぞれ異なっています。今回、大隅諸島のニホンジカの分岐の段階が明らかになったことは、この地域のシカの形の変異をもたらした進化的プロセスを解明する上でも大変役立つと考えています。

北海道大学大学院 文学研究院 特任助教 立澤史郎
本研究は、地元(大隅諸島)の人びとが昔から呼び習わしてきた「マゲシカ」と「ヤクシカ」それぞれの独自性を実証する結果となりました。それぞれの島でそれぞれの“シカ”を長く持続的に利用してきた歴史も踏まえ、各個体群の科学的な保全・管理が進むことを期待します。

掲載論文情報

タイトル:マゲシカCervus nippon mageshimaeの遺伝的独自性についての再検討

著者:兼子伸吾1・亘悠哉2・高木俊人3・寺田千里4,5・立澤史郎6・永田純子2

著者の所属:(1)福島大学 共生システム理工学類
(2) 国立研究開発法人森林研究・整備機構 森林総合研究所
(3) 福島大学 共生システム理工学研究科
(4) 北海道大学 北方生物圏フィールド科学センター
(5) 合同会社 エゾリンク
(6) 北海道大学大学院 文学研究院

掲載誌:保全生態学研究(日本生態学会が刊行する保全生態学の研究・情報誌)

公開日:2023年9月8日付でオンライン公開

DOI:https://doi.org/10.18960/hozen.2302(外部サイトへリンク)
(クリックいただくと論文へアクセスできます。)

研究費:本研究は日本学術振興会科学研究費・基盤研究A (20H00652) の支援を受けて実施されました。

本論文は、オープンアクセスとなっていますので、インターネットを通じて(上述のDOI)どなたでも全文をご覧いただくことが可能となっています。

報道機関関係者の方々へのお願い

本研究に興味を持っていただきありがとうございます。本研究成果を取り上げる際には、読者や聞き手が研究の詳細を知り、結果の背景を正確に理解することのできるよう原典の論文を引用していただきますようお願い致します。特にウェブサイト版での記事やSNS(TwitterやFacebook、YouTube等)等での情報発信の際には、上述の論文へのリンク(DOI)を記載いただくことを検討いただければ幸いです。また、このお願いにつきまして2023年2月9日に生物科学学会連合から提出されました「研究成果をメディアへ報道する際のお願い」(https://seikaren.org/wp/wp-content/uploads/2023/02/to-media.pdf(外部サイトへリンク))も併せてご覧いただければ幸いです。

用語解説

注1)亜種
生物の分類学上、種の下位に設けられる分類単位。種のうち、地域によって形態や遺伝的に差がみられる場合に亜種として区別します。そのため同一種にいくつかの亜種が設けられる場合もある。(元に戻る

注2)ミトコンドリア DNA
細胞内に多数存在する細胞内小器官、ミトコンドリアに存在する DNAのこと で、母親のみから子に遺伝します(母性遺伝)。ミトコンドリア DNA の塩基配列に基づく系統やその分布パターンの解析は、過去から現在における雌の系統を把握する目的で利用可能で行われます。 (元に戻る

注3)公開データベース
三大DNAデータベースであるDDBJ(DNA Data Bank of Japan)、ENA(European Nucleotide Archive)、 NCBI(National Center for Biotechnology Information)の協力で運営されている国際塩基配列データベース(International Nucleotide Sequence Database; INSD)のこと。全世界の研究者が実験によって決定した塩基配列データが登録されており、インターネットを通じて公開されています。各データに割り振られるアクセッション番号は、データに対して固有な ID として扱われます。本研究で使用したデータのアクセッション番号は論文中の表1で確認することができます。(元に戻る

注4)ハプロタイプ
種内の同一遺伝子に見られる異なるDNAの塩基配列ごとに分けたタイプ、遺伝子型のこと。本研究では母系遺伝するミトコンドリアDNAの調節領域を用いています。(元に戻る

先行研究情報

Dong Y, Li Y, Wang T, Liu H, Zhang R, Ju Y, Su W, Tamate H, Xing X (2022) Complete mitochondrial genome and phylogenetic analysis of eight sika deer subspecies in northeast Asia. Journal of Genetics, 101: 35. https://doi.org/10.1007/s12041-022-01377-8(外部サイトへリンク)

大泰司 紀之 (1986) ニホンジカにおける分類・分布・地理的変異の概要. 哺乳類科学, 53: 13-17. https://doi.org/10.11238/mammalianscience.26.2_13(外部サイトへリンク)

Terada C, Saitoh T (2018) Phenotypic and genetic divergence among island populations of sika deer (Cervus nippon) in southern Japan: A test of the local adaptation hypothesis. Population Ecology, 60:211-221. https://doi.org/10.1007/s10144-018-0607-8(外部サイトへリンク)

 

お問い合わせ先

研究担当者:
森林総合研究所 野生動物研究領域 鳥獣生態研究室 主任研究員 亘 悠哉

広報担当者:
森林総合研究所 企画部広報普及科広報係
Tel: 029-829-8372
E-mail: kouho@ffpri.affrc.go.jp

 

 

 

 

 

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