森林総合研究所 所報 bQ・2001-5
 
研究解説

カシノナガキクイムシの穿入・配偶行動
東北支所  衣浦晴生  大谷英児
1.はじめに
  近年,日本海側を中心としてナラ類が集団で枯損する現象が発生している。これらの枯損木にはほとんど例外なく,カシノナガキクイムシと呼ばれるナガキクイムシ科の昆虫が穿入している。このカシノナガキクイムシは,ナラ類が緑葉をつけている段階から集中加害を始めるために,本種がナラ類集団枯損に深く関連していると考えられる。そこでカシノナガキクイムシの行動・生態的特性を明らかにするために,本種の餌木丸太への人工接種を行い,CCDカメラやタイムラプスビデオによって,餌木に穿入する段階から配偶行動に至るまでの長時間の観察を行った。またカシノナガキクイムシには発音器官が存在し,鞘翅先端の裏面と腹部末節の上面を擦り合わせることによって″鳴く″ことが知られている。そこで一連の配偶行動に関しては,ビデオ撮影と同時にコンデンサマイクロフォンを用いてカシノナガキクイムシの発音行動を録音した。その結果,いくつかの興味ある知見が得られたので報告する。

2.材料及び方法
  山形県朝日村のナラ類集団枯損発生林分より,カシノナガキクイムシの穿孔が多量に見られ萎凋・枯死したミズナラ材を伐倒し,森林総合研究所東北支所の網室内に搬入した。次に岩手県玉山村の好摩試験地でミズナラ生立木数本を伐倒し,直径15〜20cmの部分を1mに玉切りして餌木とした。6月下旬より,材内から脱出して飛翔しているカシノナガキクイムシの新成虫を採集し,鞘翅先端と前胸背の形状より雌雄を判定して実験に供試した。



写真1. 配偶行動の録画・録音システム


(右段上へ)

  まずテトロンゴースに1本ずつ餌木を入れ,その中に新鮮な雄成虫または雌成虫を投入して孔道形成の有無を観察した。次に,穿入孔を形成した部分をCCDカメラでビデオ撮影しながら,雄及び雌成虫を翌日,数日後,一週間後に放出し,フラスの排出行動や交尾行動を観察した。配偶行動に関しては撮影と同時に録音も行い,正常な雄・雌成虫のほか,鞘翅先端を切断して発音できないように処理した雌成虫の投入も行った。これらは25℃,12L・12Dの日長制御恒温槽内で行い録音は消音マットを張った水槽内で行った(写真1)。

3.結果
@穿入行動
  雌雄別に餌木に放出した場合,数割の雄は穿入孔を形成することに成功したが,雌の場合,200頭以上の放出によっても孔道は全く形成されなかった。ナガキクイムシ科甲虫は雄創設(パイオニア)であることが知られているが,実験によってもカシノナガキクイムシは雄が先に穿入することが確認された。また,ナガキクイムシが穿入位置を決めてから完全に体が材内に入るまでの時間は,掘り始めから6〜10時間であった。
  未交尾雄によるフラスの排出間隔は,穿入初期には短く(数秒〜10秒)徐々に長くなっていった。これは孔道先端から穿入孔までの距離が徐々に長くなっていくためと考えられた。また成虫の飛翔行動は日出直後から3時間程度がピークで,日中や夜間にはほとんど飛翔しないが,フラスの排出は暗条件でも明条件同様に行われたことから,穿入後の孔道の延長作業は,昼夜関係なく行うと考えられた。

A配偶行動
  穿入孔の形成を確認してから1日経過した未交尾の穿入孔付近に雌を放出した場合,接近した雌は中に入ろうとするが雄は受け入れることなく,外に押し出そうとする排除行動をとった。ところが穿入孔の形成から3日以上経てから雌が接近した場合,未交尾雄は最初に来た雌を例外なく受け入れた。このことからカシノナガキクイムシの雄は,単独でかなりの孔道を形成してから,すなわち雌成虫を受け入れるのに十分な孔道が形成されてからのみ,雌を受け入れると考えられた。また,すでに1頭の雌を獲得している孔道に別の雌が進入を試みることもあるが,この時は雄は新たな雌を決して受け入れずに排除行動をとった。

(左段下へ)


図1. カシノナガキクイムシ雌成虫進入に伴う一連の雌雄パルスのオシログラフ

  雄の受け入れ態勢が万全で最初の雌が接近した場合,雌は孔道に入っていった後,中にいる雄の鞘翅先端を引っ張るようにして雌・雄の順に外に出てきて体を入れ替え,今度は雌が先に入りその後から雄が続いて孔道内に戻った。この時には交尾は一切行われていなかった。
  実際の交尾は雌雄一緒に孔道内に入った後,十数秒後から数時問後に観察された。まず雄が小刻みに尾節を振動させて回転しながら徐々に姿を現し,樹皮上まで出てきて穿入孔の上に体をほとんど乗り出したのち,続いて腹部のみを突き出してきた雌に馬乗りになる形で数秒間交尾を行い,その後雌雄とも直ちに孔道内に戻った。またわずか一例であるが,数時間おきに複数回,交尾する場合も観察された。

B配偶行動時における発音
 未交尾雄成虫が穿入している餌木に正常雌を放出した場合,雌は始めキ,キ,キ,・・・と,断続的に鳴きながら孔道を探索した(図1左)。雌は穴を発見すると鳴き止み,一度中に入って外に戻ってきてから再び穿入孔に頭部を突っ込み,ブーという5〜10秒間の連続音を発生した(図1中)。この連続音が鳴ると,雄は腹部から外に出て,雌を招き入れるよう入り口を譲った。雌は直ちに発音を止め,孔道内に入っていった。そして雌に続いて雄も孔道に戻り,穴から腹部未端を覗かせ,キーキーキー・・・と鳴いたのち(図1右),同様に鳴きながら中に入っていった。
  雌の探索時の断続音,雌の連続音,そして雄の雌獲得後の断続音,それぞれの発音はパルスの間隔が有意に異なった(それぞれのmean±sd: 177.5±8.5, 95.3±3.4, 372.0±63.5 msec)。

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  一方雄成虫を放出した場合,穿入孔付近に来た雄は無音のまま孔道内に入ろうとしたが,営巣雄に撥ね付けられてすぐに退散した。この後,同じ営巣雄に正常な雌を放出したところ正常な配偶行動が確認された。
  さらに,鞘翅先端を切断して発音できないように処理した雌成虫を放出した場合,雌は孔道に頭部を突っ込み鳴こうとするが,腹部先端が振動するだけで音は発生しなかった。営巣雄は相手が雄の場合と同様,この雌を撥ね付けようとするのみであった。雌は放出雄のようにすぐに諦めることはなく,その場でかなりの間(数分〜数時間)腹部の振動を繰返したが,雄は排除行動を継続し外に出ることはなかった。またこの後,正常雌を用いたところ正常の配偶行動が確認された。
  これらのことから配偶行動には発音が重要な役割を持ち,営巣雄は雌成虫の連続音によって同種の雌が孔道内に進入しようとしていることを認識し,雌を誘導することが明らかになった。また雌を孔道に導入した直後の雄による断続音の機能は不明であるが,これによって以後の雌の進入を防いていることも考えられた。

4.終わりに
  カシノナガキクイムシは初期のナラ類への飛来から寄生の完了にいたる過程で,雄成虫が性フェロモンを放出して飛来雌を誘引することで,集中加害が加速されることが示唆されているが,今回の観察によって配偶行動には,性フェロモン等の化学物質だけでなく音による情報交換も行われていることが明らかになった。これによって将来的には音の利用による防除法の開発の可能性も示唆された。

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