所報 No.129 '99-6
[研究解説1]


ヒノキ人工林における土壌の撥水性

森林環境部 小林政広  

1.はじめに
 わが国の人工針葉樹林の一部において,土壌構造の破壊や覆水性の発現による土壌の物理性の劣化が危惧されている。これら土壌の物理性の劣化には,針葉樹起源の堆積有機物の性質が関係していると考えられる。土壌の撥水性に関しては,尾根部の乾性土壌に見られる吸水性の低下など,狭い範囲に現れるものが知られていたものの,斜面における広がりや水の移動及び貯留に与える影響には未解明の点が多い。ここでは,ヒノキ人工林斜面において撥水性発現の実態を調べ,水の移動及び貯留に与える影響を解析した結果について解説する。

2.ヒノキ人工林表層土壌の撥水性の分布
 土壌の撥水性は,風衝地の尾根部などの乾燥の著しい限定された場所では普遍的に観察され,撥水性の原因は主に菌糸であると考えられてきた。しかし,土壌有機物の一部にも,乾燥時に水をはじく性質があることが知られている。このような土壌有機物は,広く林地斜面全体に分布しているにもかかわらず,これを原因とする撥水性の実態に関する情報は少ない。本研究ではまず,ヒノキ人工林及び隣接する広葉樹林における撥水性発現強度の空間分布及び時間的変動の実態を調べ,斜面位置,微地形,堆積有機物との関係を検討した。
 撥水性の強さを表す指標には,WDPTを採用した。WDPTとはWater Drop Penetration Timeの略で,一定量の水滴がサンプル内に浸入するまでの時間を示している。この時間の長短により撥水性の相対的な強弱を表す。この方法を用い,東京営林局天岳良国有林内のヒノキ人工林斜面に設定した200m×60mの試験区内44地点から採取した表層土壌サンブルのWDPTを測定した。サンプリングと測定は,乾燥時と湿潤時の2回行った。また,測定は,始めに実際の撥水性の強度を知るために生土状態(現場の含水率)で行い,その後著しい乾燥にさらされた時に発現し得る援水性,すなわち潜在的な撥水性の強度を知るために風乾状態(室内で2〜3週間乾燥させた時の含水率)で行った。さらに,隣接する広葉樹林にもほぼ同じ大きさの試験区を設定してサンプリングを行い,同様の方法で撥水性の強さを調べた。テスト後のすべてのサンプルについて,炭素及び窒素含有率を測定した。
 乾燥時には(図1a),尾根部と斜面中腹の傾斜変換点上部にWDPT>1000s,すなわち水滴が1000秒を越えても浸入しない撥水性の強い領域が帯状に存在した。全サンプルの約半分はWDPT>100sであった。WDPT<10sの水に濡れやすい状態にあったのは,湿潤な河道の近傍を含む約1/4の地点に限られた。一方,湿潤時には(図1b),斜面のほぼ全域で撥水性が消失し,親水的な状態になった。風乾状態のWDPTにより表される潜在的な撥水性の強度(図2a)にも地点ごとに大きな違いカ溜められ,ヒノキ林では尾根部及ぴ傾斜変換点上部で大きく,河道付近で小さかった。また,隣接する広葉樹林では,潜在的な援水性の強度が全体としてヒノキ林より低かった(図2b)。両斜面における炭素含有率を比較すると,炭素含有率には両斜面の差が認められなかった。一方,炭素/窒素比はヒノキ林で高く,広葉樹林で低かった。以上のように,撥水性は尾根部のみならず斜面の中腹にも広範囲で発現することが判明した。加えて,この撥水性は乾燥時に発現し湿潤時に消失することが明らかになった。さらに,潜在的な撥水性の強さの比較から,ヒノキ林土壌では隣接する広葉樹林土壌より強い撥水性が現れることが示された。本研究で試験区とした二つの斜面の土壌では,尾根部の限られた領域を除けば肉眼的には菌糸が認められず,撥水性は土壌有機物に由来するものと考えられる。しかし,サンプル土壌の炭素含有率,すなわち有機物の量には違いが認められず,両斜面間の潜在的な援水性の強度の違いはヒノキと広葉樹が供給する有機物の質の違いによりもたらされていると考えられる。炭素/窒素比の違いはその一つの現れと考えられる。供給有機物の質的な違いと擬水性との関係をさらに詳しく知るためには,有機物中に含まれる疎水的な性質を持つ成分の存在量に関する情報を得る必要がある。

3.撥水性が表層土壌中の水の移動及び保持に与える影響
 ヒノキ人工林の例では,乾燥時には撥水性が斜面上の広い範囲で発現することが明らかになった。本研究ではさらに,このような撥水性が土壌中の水移動や保水に与える影響を明らかにするために以下の実験を行った。
 ヒノキ林内の乾燥時に撥水性が現れる場所に幅100cm×奥行き30cmの領域を隣接して二つ設け,一方には水,もう一方にはメタノールを,小型噴霧器を用いて一様に散布した。散布した水とメタノールは,土壌中での流動経路を染色するため,あらかじめ色素で着色した。散布終了直後,土壌断面の観察を行い,水とメタノールの染色域の分布を比較することにより撥水性が土壌の保水及び浸透形

態に与える影響を検討した。土壌をよく濡らすメタノールは,地表に達した瞬間に土壌中に浸入した。断面における染色域は深度5cmまでに集中し,連続かつ明瞭な浸潤前線が認められた(図3a)。一方,水の場合は地表に達してもすぐには浸入せず,一部は筋状の地表流を形成し,散布域の下方まで流下した。断面における染色域は,極めて不連続に散在し,A層とB層の境界である深度30cm付近に達した(図3b)。A層下部の染色された部分の」部には,樹木根周辺部あるいは亀裂と明らかに判断できるものがあった。

 メタノールは表面張力が小さく,水をはじく土粒子をもよく濡らすことが知られている。そのため,供給されたメタノールは土壌中の微細な孔隙にも吸収され,一様な浸潤前線を形成したと考えられる。水の場合も土粒子をよく濡らす場合には孔隙に吸収され,同様の浸透形態になると考えられるが,実際には土粒子の撥水性により孔隙から斥けられる。孔隙が水を斥ける力は撥水性が強いほど,また孔隙が小さいほど強くなることが知られている。また,土壌の保水機能が発揮されるためには,小孔隙中に水が保持されて低い流速で流れることが必要である。
 撥水性が発現すると,水が小孔隙に入れなくなり,保持できる水の量が著しく減少する。この場合,供給された水は本実験で観察されたように地表流になるか,地表から連続した樹木根周辺部や亀裂などの大孔隙に入り込むことになる。このように,撥水性発現時には,土壌中の孔隙で大きな割合を占める小孔隙の吸水力が低下するとともに,大孔隙が発達している場合には雨水の大孔隙への集中による不均一な浸透が生じる。そのため,表層土壌中には水の浸透しない部分が多量に残り,表層土壌全体としての保水能力が一時的に低下することが考えられる。

4.おわりに
 ヒノキ林における表層土壌の撥水性が広範囲で発現すること,広葉樹林ではこの性質が弱いこと,撥水性の発現によって土壌中の水移動及び保水に影響を与えることが明らかになったが,限られた場所での実態把握の段階にとどまっている。さらに多くの事例を蓄積して一般的な傾向を把握するとともに,有機物の量,質,存在様式や含水率,水分ポテンシャルとの関係から撥水性発現のメカニズムを明らかにする必要がある。また,降雨一流出過程や雨水と地中水の混合過程など,流域規模の現象への揚水性の影響の有無を明らかにする必要がある。「


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