森林総合研究所 所報 bQ2・2003-1
 
「森林の多面的機能」
解説シリーズ

第5回 沿岸生態系:森林の魚つき機能
気象環境研究領域  吉武  孝
 
魚つき保安林
  魚つき保安林は我が国特有のもので、江戸時代からあり、水産資源の保全のために重要であることが認識されていました。古くには魚附場、小魚蔭林、魚隠林、魚著山、魚付林、魚寄林、網代呂山、魚取場山、魚付山、魚附山、海辺魚附除山、海上網代、海上魚附山、鯨漁場魚附山定漕林、櫓床山、網代黒み山、黒み山、等といわれて、藩によっては禁伐にした森林もありました。魚つき保安林は平成14年3月現在、全国で約25,137haあります。

森林の魚つき機能
  森林の魚つき機能としては、(1)土砂の流出を防止して、河川水の汚濁化を防ぐ。(2)清澄な淡水を供給する。(3)栄養物質、餌料を河川・海洋の生物に提供する等があると考えられています。森林の魚つき機能は古くから漁民にはよく知られていて、水産庁の平成6年度の定置網漁業と森林に関するアンケート調査の結果、全国1400余の定置網業者の約80%が森林の定置網漁業に対する効果を認識していることが分かりました。また、整備して欲しい魚つき林の場所は、海岸沿い、河川上流河畔、山腹、河川下流河畔等であり、育成したい森林のタイプは、落葉広葉樹林、マツ林、常緑広葉樹林等でした。このアンケート結果を裏付けるように、最近は、河川の上流域において漁民や一般市民による魚つき林造成が全国的に行われています。

森林状態と水産資源
  従来、流域または沿岸域の森林の衰退が水産資源の減少と相関が高いという事実を傍証として魚つき機能を論じてきました。明治44年の農商務省水産局の「漁業ト森林トノ関係調査」によると、沿岸域に鬱そうとした森林がある場所は好漁場があり、森林の荒廃した場所では魚が近づかなくなった事例が多くありました。おそらく、我が国では江戸時代以前から、沿岸部の森林の破壊による水産資源の減少と森林の復活による水産資源の回復に深い関係のあることが経験的に知られていたと思われます。
魚つき林と海の関係
  内陸から海に向かって強風が吹く現象(ダシ風)の起きる場所が全国に何か所もあります。このような場所では、魚つき林や海岸林がなければ、海面上に飛砂が降って海水が濁り、魚は逃げると思われます。今後は内陸風に対する海岸林の飛砂防止機能(従来と全く逆の方向の飛砂防止機能)の調査が必要です。また、沿岸の魚つき林や海岸林から海面上に供給される有機物は汀線付近に生息する水生生物の餌や栄養になっていると考えられる(エゾバフンウニがオオイタドリの葉をよく食べることがすでに知られています)ので、魚介類の胃袋中の食物や海草類の体内成分を分析して海岸林由来の餌の種類や摂取量、栄養素等の調査が必要です。
  有機物の窒素、炭素の同位体分析によると、陸上の高等植物のδ13Cと河口から2km上流の干潟の底泥のδ13Cは、ほば等しく、底泥の有機物が河川の上流から運ばれてきたことが示唆され、さらに、そこに生息するゴカイのδ13Cは陸上の高等植物のδ13Cの値を示すという結果が得られています。このことは、近年、全国的に上流域に作られている漁民の森が河口の水生生物の生息に関係していることを証明するために使える可能性があります。将来、沿岸の魚つき林の構成植物と前浜の魚介類の窒素や炭素の同位体分析により、両者が密接な関係にあることが解明されるかもしれません。


山(森林)・川(河畔林)・海(魚つき林)


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