森林総合研究所 所報 bS9・2005-4
 
「森林の多面的機能」
解説シリーズ

第32回 地域の多様性維持(風土形成)機能
森林管理研究領域 田中 伸彦
 
はじめに
  日本の国土の3分の2は森林です。そして、標高や緯度で、森林植生は大きく変化し、地域ごとに多様な風土を培ってきました。
  ただし、地域の多様な風土の形成機能を理解するには、森林を見ているだけでは十分ではありません。なぜなら、地形、気候、森林以外の土地利用などと無理なく噛み合ってはじめて、この機能は発揮されるからです。

地域の多様性(風土)の見方
  志賀重昂は、「日本風景論(明治27年)」で、「気候のたゆまない変化」、「水蒸気の多さ」、「森林植物の美しさ」、「地形の急峻さ」、「火山現象」、「特徴的な海岸線や島しょの存在」、「植生の豊富さ」の7つが日本の特徴だと述べています。
  その特徴を、上原敬二は「風景読本(昭和24年)」で図にしました(図)。遠くの富士山から手前の海上の小島までの間に、火山や滝、田畑、そして神社や民家などが森の中に点在し、よく見ると炭焼きの煙がたなびいています。実に日本らしい風景です。つまり、この図には、わが国の風土の特徴がぎっしりと凝縮されています。皆さんも時間があれば、どこに日本らしい特徴が隠れているのか探してみてください。
  ところで、この図には、日本固有の富士山や神社も描いてありますが、森林をはじめ、火山や滝、田畑や民家など、海外にもあるものばかりです。炭焼きなどは、今や海外のほうが盛んでしょう。つまり、言葉にしてしまうと、日本の風土の特徴は説明しづらいのです。風土形成機能は言葉だけでは表せないのです。

「和辻哲郎」と「現象学」
  「風土」とは、「風土記(8世紀)」に見られるほど古い言葉です。ただ、それを近代の学問として、日本に定着させたのは和辻哲郎の著作「風土(昭和10年)」でしょう。和辻の思想の基本には、現象学という哲学、特にハイデガーの哲学が大きく影響しています。
  現象学の詳しい説明はここではできませんが、重要なのは「自分」と「周りの環境」とを別なものと見なさず一体的にとらえる視点です。物理学や生態学など、デカルトに端を発する近代科学の多くは、調べる「自分」と調べられる「周りの環境」を別々に分けて、「周りの環境」だけを調べる実験や観察をします。これを二元論的手法といいます。この方法では、和辻の言う風土の意味を明らかにできません。なぜなら、「周りの環境」だけではなく、「自分」の心と向き合い、両者の関係を一体的に調べなくては、風土は理解できないからです。
「風土」のイメージ・「風土」の将来
  養老孟司は、脳をキーワードに、自然について発言しています。彼は、日本人が自分の住みやすい場所を脳でイメージし、自然の手入れを続けた結果、今の日本があるのだと指摘しています。つまり、過去の日本人の脳の中のイメージが、今の日本の風土に現れているわけです。
  戦後、日本は都会に人が増え、人手の減った農山村では、自然の手入れがおろそかになりました。そのため、日本中で人々の記憶から、伝統的な風土が消え去りつつあります。そして、日本各地に画一的でおもしろみのない場所が生まれています。上原の図のような、味わいのある風土を将来に残すためには、風土のイメージを正しくとらえ、語り継ぐ調査・研究が必要です。



図 日本風景の模式図
図 日本風景の模式図
(上原 敬二著  風景読本より)


[目次]/[巻頭言][解説シリーズ][報告][おしらせ
[ホームページトップ]